元・八百万界の救世主は、今日も影から世界の平和を守っています

 数ヶ月に渡る略奪と征服の末、オオタケマルはついに行き詰まりを感じていた。
 そんな時、ある噂がオオタケマルの耳に入った。深い山中に隠れた村が、莫大な銀を隠し持っているというのだ。
 懐が寂しくなっていたオオタケマルは気紛れにその村に向かうことにしたのだが、思った以上に繁茂した緑に阻まれ、目的地になかなか辿り着けずにいた。

(こんな辺鄙な場所なら領主の助けも来ねェ。野盗どもに先越されてるかもなァ。銀はおろか、食料すらねェまである。とはいえ、ここまで来た手前手ぶらで帰るってわけにはいかねェよなァ)

 辛抱強く木々の間を踏み歩いていると、ようやく人の気配を感じ取った。
 一軒の粗末な小屋が見える。周囲には貧相な畑があり、痩せこけた鶏が一羽歩き回っている。物干し竿には、くたびれた着物が二着干してあった。
 オオタケマルは身を潜め、様子を窺った。鍬で耕す男が一人。薄汚れた姿で不慣れな様子で振るっている。

「おい」

 振り返った男は巨漢のオオタケマルに大層驚き、身を捻って反対方向へ大きく足を踏み出した。
 しかしオオタケマルは子猫のを扱うように首根っこを掴んだ。

「つれねェなぁ。ちィとばかし話を聞きてェだけだ。……逃げんなよ」

 凄んだだけで歯を鳴らして震える男は喚き散らした。

「どど独神なら家の中です!! 用があるなら直接お願いします! あっち! あっちです!!」

(ああ? 独神?)

 思わず手を離すと男は脱兎のごとく駆けていった。逃げた先にも何かあるだろう。調べる必要がある。
 だが今は、壊れかけた小屋の方が重要だ。
 オオタケマルは気配を殺し慎重に近づいた。確かに中には人の気配がある。
 所々腐った引き戸をそっと開けると、建付けが悪かったのがそのまま奥へ落ちてしまった。
 腰の刀を掴んだ。

「あらら。また壊れちゃいましたね、あとで直しますからそのままで結構ですよ」

 間延びした女の声が奥から聞こえた。朽ちた小屋には似つかわしくない、訛りのない上品な言葉仕草。

「今行きますから少々お待ちになって?」

 穴の開いた薄汚れた手拭いで手を拭きながら現れた女は、大男を見上げて口を開けた。

「あら……驚いた。オオタケマルじゃないの」
「こりゃたまげた。本物じゃねェか」

 かつての主は、みすぼらしい姿をしていた。
 ろくに手入れされずごわごわになった髪。土で汚れ日に焼けた肌。あかぎれを繰り返して毛羽立った手先。
 美の化身とも言われた面影が極僅かにしかない。
 しかし声や態度はまさしくかの有名な独神そのものだ。
 本殿を解散して何年も経ち、世間では独神の名を聞くことはなくなっていた。
 身を潜めて界を操っているかと思えば、一息で壊れそうな家なんかに住んでいるとは。
 表の着物は二着だったが、まさかさっきの使用人と住んでいるのか。
 黙りこくっていると、独神の方から遠慮がちに声をかけた。

「……せっかくだからお茶でも飲む? でもごめんなさい、オオタケマルが満足できそうな品はここにはないの」
「そんなことより、手前てめえ)ここでなにしてんだ」
「なにって。私結婚したのよ。外でうちの主人に会ったんじゃないの?」
「主人? あんなのが? 手前てめえ)の亭主だと?」
「あんなの、って言わないでくれる。失礼でしょ。もう」

 言葉を失った。
 独神といえば、界を救った英雄であり、
 八百万界の王と言う者もいる。
 三種族の有力者たちから厚い信頼を向けられながらも、本人は力に対する欲が薄く、悪霊を退けた後は人をまとめる立場は向いていないと言って姿を消した。

「陰に引っ込んだにしても手前てめえ)はもっとマシな暮らしをしてると思ってたんだがねェ」
「民の生活なんてこんなものよ」

 独神は膝の上で手を握りしめた。醜い指先を隠すように。

「殆どの奴が手前てめえ)よりマシな生活だろうよ」

 人目を憚るように建てられた家屋には察するものがある。英傑たちとも接触していないことだろう。
 受け入れがたい事実にオオタケマルは長式台にどかりと座った。持っていた酒を最後まで飲み干し口を拭った。気を静めた所で尋ねた。

「腐っても独神。手前てめえ)の情報なら高く売れるだろ。解散後のこと全部吐きな」
「素直に気になるって言えばいいのに。良いわ。ざっと話してあげる」

 ────もう、やめてもいいかしら。
 そう言って、引き留める英傑を振り切り姿をくらました独神は、旅人となって各地を回り、某所で農民の男と仲を深めた。
 独神であることは結婚の色が濃くなってから話した。別れるのも致し方ないと諦めていたが、男は結婚を了承した。
 結婚してすぐに、独神を狙う賊が現れた。村には火を放たれ、金になる物や女が根こそぎ強奪された。
 独神と男は逃げ切り、別の場所で居を構えた。
 しかしそこでも賊に襲われる。
 独神は疫病神と呼ばれ、人里から追い出されて今のように隠れ住むようになった。
 男だけは近隣の村に行くことを許されているので、生活は質素ながらも出来ているそうだ。

「私がここにいることを知っているのは一部の忍だけね。独神暗殺の依頼を毎回断ってくれているそうよ。いつまでも迷惑かけっぱなしね」

 裏社会に通ずるオオタケマルだが独神の噂は聞かなかった。外に漏れないように各々が握り潰しているに違いない。
 独神の人望は凄まじいものがあった。病的に人を惹きつけ、思うように動かしてしまう。これが術の一切を使っていないというのだから羨ましい限りである。

「判らねェな。手前てめえ)のやりてェことがこれか?」

 過去、オオタケマルは独神を誘った事がある。
 自分と一緒に八百万界を治めてやらないかと。
 独神は気が進まないと言って、賛同しなかったが、今の生活よりはずっと良いはずだ。
 何故こんなつまらない生活に身をやつしているのか理解に苦しむ。
 指摘を受けた独神も曖昧に笑っている。

「コタくん……フウマコタロウね、忍の。覚えてる? あのこが、言ってたわ。別れろって」
「そりゃこんなゴミ溜めならそう言うだろうよ」
「それだけじゃないの」
「勿体ぶってねェでさっさと言いな」

 独神は答えなかった。目を伏せたまま。

「……つまんねェな。どうだ御大。今度こそ俺と来ねぇか」
「主人を置いては行けないわ」
「そんないい男かね。見る目ねェなァ」
「人の亭主を悪く言わないの。ほら、帰った帰った」

 自分より二回りは大きいオオタケマルをぐいぐいと押して無理やり追い出した。
 振り返ったオオタケマルに笑顔を返す。

「久しぶりに会えてとても嬉しかったわ。じゃあね。お元気で」

 みすぼらしい女に見送られたオオタケマルは、興味本位で独神の亭主が逃げた方向へと進んだ。
 予想通り村があった。
 村を堂々と歩いていると、いかにも悪人面のオオタケマルに気圧されてか、おどおどと村人が道をあけた。
 服装や手にした農具を見る限り銀で潤っているようには見えない。

「おい」

 怯えた顔で見ていた女の首を掴むと、女は弾けたように叫んだ。

「ひぃっ! 独神なんて知りませんよ! あの化け物女、さっさと連れてってくださいよ!」

 銀のことを聞きたかっただけだが、オオタケマルは黙って女を下ろした。
 周囲を見回すと、家屋の影に独神の亭主を見つけた。傍には女がいた。

(なるほどねェ……)

 そのまま村を去ったオオタケマルは日を改めてまた村を訪れた。


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