全英傑小話-剣士-【双代】

マガツノヒノカミ    

「マガツヒくん!」

 外出時。独神はマガツヒノカミの腕を抱いて歩き回る。

「我が愛しの君」
「恥ずかしいから二人の時だけにしてよ」
「では続きは夜にしよう」

 二人は町の視察を行っていた。
 最近不穏な噂が流れているので直接見にきたのだ。

「……不幸が匂う」
「そう?」

 独神が見回すと、子供が屋根の上で修理をしていた。

「……そう言われると、落ちそう、かも」

 独神が走り出すと、子供は落とした釘を拾おうとして体勢を崩した。
 屋根から落ちそうになったところを独神は寸前で受け止めた。

「独神様ありがとうございます!」
「いえいえ。安全には気を付けて」

 さっとマガツヒノカミの元へ戻って来た。
 ひそひそ。
 町人たちがマガツヒノカミを見て、何やら話している。

「どうする。場所変えようか」
「いや。このままで。我が有名過ぎるのが悪いのだよ」

 厄神はふふんと得意げに言った。

「見たいものは見たしあっち行こ!」

 二人は人気のない所へとやってきた。

「植物相手では我も無力よな」

 腰を下ろせそうな倒木を見つけ、並んで座っている。
 ここにはマガツヒノカミのことを悪く言う者はいない。
 恐れられず、マガツヒノカミは不満げだった。

「観念神は生物の感情に左右されるからね。植物から見れば、マガツヒくんもただの神だよ」
「我神ぞ? ただの神とは是如何に」
「私はうだうだ耳に入るの嫌いだから、こういうところの方が良いよ」

 独神からすると、好きなひとを悪く言う者は誰だって嫌いだった。
 共に過ごしている英傑でもぎりぎり許せず、見つけ次第咎めている。

「マガツヒくんは平気って言うけどさ、私はやっぱ慣れないよ。マガツヒくんのことだもん」
「我が君は心優しき者だからな」
「私多数派の自信あるよ。クシナダヒメだって櫛折ってたもん」

 マガツヒノカミが声を上げて笑った。

「あの豊穣の神も見かけによらぬではないか」
「それだけ好きってことでしょ」

 じっと独神は隣の厄神を見つめた。一切の曇りのない瞳にマガツヒノカミはたじろいだ。

「我が君に言われるとむず痒い気持ちになるな」
「自分は私のことベッタベタに褒めるくせに。言われるのはまだ慣れてないの?」
「我にとっての我が君は、聖域なのだよ。到底我には触れられぬ真なる神域よ」
「その聖域が君を選んでるんだから、もうちょっと土足でズカズカ入ってきなさいよ」
「おいおいな」
「いつよそれー」

 マガツヒノカミが座り直そうとすると、独神の指にふと触れそうになるが、慎重に避けた。

「……。困ったひとだね君は」

 一部始終を見ていた独神は呆れていた。

「君も含めて周りは私を過大評価しすぎだよ。悪霊と共に出現する独神も災厄の象徴なのにさ」
「いいや。我が君は光だ。厄神に恐れず触れる度胸には恐れ入るのだよ」
「同じ厄災同士。恐れるものでもないでしょ」
「それが、闇に微睡む我の中に光を落としたのだ」

 マガツヒノカミは、独神の髪の毛一つにすら触れない。
 まるで触れた瞬間に相手が焼けただれてしまうことを恐れるように。
 大切にしているが故の行動と判っていても、独神は不満だった。

「ねえ神様。もうちょっと我儘でも良いんじゃないかと思うんだけどー」
「我は黄泉の穢れで」
「それだ!」

 指を指した。

「よし! じゃあ悪霊を倒した後はこの八百万界を支配しよう!」
「な。なんだその案は……」

 と言いながらも、マガツヒノカミは落ち着かなさそうにうずうずしていた。

「黄泉の主催神はイザナミ。これは覆らない。でもその次に偉いひとって特にいないよねー。どう、私たちで目指してみない? 八百万界支配に向けてまずは黄泉を手中に収めようよ」
「我が君はおもしろい事を考える。だが我が君を黄泉へは連れて……」

 独神は得意げに笑った。

「独神、無敵だから。というか、私には生も死も似たようなものだからね」

 突然。独神との間に風が吹いた気がした。
 マガツヒノカミを震わせる。

「────輪廻。英傑の魂を他の英傑に取り込ませることだよ。産魂《むす》ぶことばかり注目されるけど、昇天も輪廻も私にとっては同列に使える力だよ」

 体温が戻ると、マガツヒノカミは大きく息を吐いた。

「我は我が君を侮っていたようだ。我が君こそ、災厄の神のつれ合いに相応しい! 当然、我の隣から逃げぬよな?」
「良いけど? 君こそ、英傑の頂点に立つ私を飼いならせるの?」

 独神はマガツヒノカミの手を取った。逃がさないように強く握った。
 厄神と恐れられ、どこにいることも拒まれる存在を素手で包み込んでくる。
 独神は末恐ろしいひとだ。

「我は力の全てを我が君に見せてはいない。退くなら今だぞ」
「勿体ぶってないで出せるだけ出しちゃって。もっと災厄の神らしくないと八百万界を滅亡の危機に陥れた戦犯と釣り合わないでしょ」
「良いだろう。我に溢れる闇の力を解放してみせようぞ」
「その意気! 私も闇用の衣装を作ろう! 見た目は大事だもん!」

 誰もいない森の中、血塗られた者同士で明るい妄想に耽った。

ワカウカノメ    

「大変だ! 頭ぁ! 河が!」
「出動しまーす」

 大雨の中独神は行く。
 護謨製の防水靴を履いてぬかるんだ道を行くのも慣れたもの。
 イバラキドウジにもすいすいついていく。

「あそこだ!」

 島に唯一ある河川では橋が流れ落ちていた。
 土嚢の間から水が噴き出している。
 河の真ん中では水色の髪をした少女が虚ろな目で浮き上がっていた。
 濁流が轟音を響かせる中でぶつぶつ呟いている。

「何故ですか。靴下は丸めて入れないでって言ってるじゃないですか」

「ご飯粒は最後まで食べてって言ってるのに。なんで毎回言わせるんですか。調子が悪いって言うならお酒を何升も飲むなんておかしいですよ言い訳じゃないですか」

「みんなで協力して倒そうって言いながら真っ先に走って行って怪我して戻ってきてその後戦えないってなんなんですか何がしたいんですか」

「独神さま。私とお出かけしようって約束したのに。おめかしして待ってたのに、二分も遅れてきました。忙しいのは判りますけど……私ばっかりみたいじゃないですか」

「お頭! これは」
「ううむ。日頃の鬱憤ですのう。怒るのが嫌だからって溜め込んじゃタイプなんだよね」

「独神さまってどうしてわたしをおかしくするんですか。今日も見ているだけでどきどきしてしまっていい加減にして下さい」
「いやあ照れますなあ」
「照れる前にどうにかしてくれ!! もうもたない!! 決壊する!」

 ワカウカノメは河の氾濫に同調していた。
 このまま放っておけば怒りと共に地面を抉り、川下のものを食い殺していく。
 独神はこれを止めなければならない。

「ワカウカノメー!!!! 機嫌悪いのー? 美味しいもの食べてぱーっと忘れちゃおうよ!!」

 河の勢いが増した。

「機嫌が悪いからってお花や甘味を買えば帳消しになるって思われているんでしょうか。心外です。不快です」
「もうすぐ君と会って三年でしょ! そんな素敵な日まで綺麗なものや美味しいものや素敵なものに囲まれながらお祝いしたいんだ!! 今は言えないけれど、当日はワカウカノメを驚かせるようなことを用意してるから!! 今日は仕事サボって私と楽しくやろうよー!」

 ぴくりとワカウカノメの口元が動いた。

「……わ、私は誤魔化されません。……仕事だって……おさぼりはよくありません。でも独神さまと過ごせるのはやぶさかではない、です……」

 満更でもなさそうな態度になると河が落ち着いてきた。
 そこへ本殿から応援と思われる英傑がやってきた。

「主《ぬし》様! 無理はなさらずお逃げ下さい! カグヤとのお出かけはどうなるんですー!!!」

 ワカウカノメはギロっと独神を睨んだ。

「……独神さま。それ、どういうことですか」
「え? 仕事の一つだよ。ちょっと悪霊の情報を得たもんでね。カグヤが協力してくれるんだ」
「はい! 私、精一杯恋人役を努めますのよ! 折角楽しみにしているんですから、お風邪を召されないようにしてくださいましー!」

 あっけらかんと独神が答えたせいか、カグヤヒメの無自覚な発言のせいか、河はとたんに酷くなった。

「……ふうん。楽しみなんですか……」

 ワカウカノメは笑いだしたが、どう見ても良い意味ではなかった。

「あら。カグヤ何かやってしまいましたか?」
「頭(かしら)逃げるぞ! アンタも走れ!」
「走ると泥が着物に飛び散りますわね……」
「そんな場合か!!!」

 イバラキドウジはぼんやりしているカグヤヒメを抱え、独神に手を伸ばす。
 しかし独神は手を取らなかった。
 顎で撤退を命じる。

「頭……。死ぬなよ」
「ちょっと! 姫の私をもっと丁寧に扱いなさ、!」
「喋ってると舌噛むぞ」
「(かみまみたわ)」

 川岸の岩が水流に押し出される。
 周辺地域には避難命令を発令し、田畑が気になり外出する者達の監視に英傑を配置しているとはいえ、これ以上酷くなれば住民たちにも被害が及ぶ。
 ここで止めなければならない。

「ワカウカノメ……」

 独神はふっと笑った。
 ぬかるんだ泥の上で膝を折った。

「ほんとーにごめんなさい」

 土下座した独神の上にワカウカノメの剣がぐっさりと刺さった。

 ────後日

「いくら私でも串刺しは遠慮願いたいがね。主《ぬし》は本当に面白い。……好きだよ」
「ごっめーん。私ワカウカノメと付き合ってるから。惚れさせちゃってごめんねー」
「恋はいくつしても良、」

 フツヌシの首が曲がってはいけない方向に曲がった。

「あら。申し訳ございません。私ったら。うふふ」

 モミジが意味ありげに笑って、独神の包帯を解いた。

「いけませんよ。主《ぬし》様。ふらふらしてばかりではワカウカノメが可哀想です」
「私もそのつもりはないんだよ。気付いたら怒られてるけど」
「……お気の毒。勿論主《ぬし》様のことじゃございませんよ」

 こういうことは一度や二度ではない。
 一部の英傑は独神の奔放さに呆れている。

「ワカウカノメは今はぐっすり眠っておられますよ」
「ありがと。流石はモミジだね」
「お戯れはよして下さい。また河が氾濫してしまいますよ」
「それは……良くないね」

 腹に空いた穴に触れた。

「三日後にはなんとか閉じそうだ。良かった記念日には間に合う」
「主《あるじ》は嫌にならないのか」

 と、イザナギ。

「河の氾濫で機嫌が上下し、鎮められるのは自分だけ。しくじれば腹に風穴。……儂だったらとうに投げておるだろうよ」

 楽しそうに独神は言った。

「嫌なわけないじゃん! だって私にしか止められないってことは、私だけを必要としてくれてるじゃん。滅茶苦茶嬉しいけど、違うの?」
「うむむ……。やはり主《あるじ》は儂の子供らを率いる器の持ち主だな」
「イザナギだって、イザナミが殺しにきてくれるの嬉しくないの? 滅茶苦茶愛されてるじゃん」
「おぞましい。誰があんなの」
「あんなのとは、こんな顔か?」

 顎下の埴輪がイザナミの顔を照らした。

「ギエー! 化物!!!」
「安心しろ。黄泉へ行けばそなたも化物の住民だ」

 ふふふと笑いながら斬りかかっている。それを器用に逃げているイザナギ。

「やっぱ楽しそうじゃん。ねえ?」

 執務室の英傑達は誰も独神と目を合わせなかった。

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