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フウジン
ウチ、主《あるじ》様が好き。
主《あるじ》様はウチの悪戯を笑って許してくれて、いっつもひっかかってくれる。
ウチはここに来てから毎日楽しく過ごせてる。
でもね、いつからだろう。少し怖くなった。
主《あるじ》様、ほんとはウチをどう思ってるんだろうって。
ウチみたいな子、本当は好きじゃないかも、なんて。
でもウチはウチだからしょうがない。
無理して可愛くなってもきっとすぐボロが出ちゃう。
それに主《あるじ》様なら、どんなウチでも良いよって言ってくれるもん。
だから大丈夫。
そう思ってた────。
「大人しい子って良いよね。お淑やかな子。好きだなあ……」
執務室に入ろうとしたウチはぴたりと柱に身を隠した。
そっと聞き耳を立てる。
「……やっぱさ、あたしこんな仕事じゃん? しょーじき疲れるよ。ひとと話すの好きだし、世話も好きなんだけどさ、偶に『あ無理』みたいな時もあるわけ。そうなった時、誰かあたしのこと癒してくれるひとが家にいたらなって思うよ」
嘘っ! ちょっとそれ初耳なんですけど!
「んー? ああそうね。あたしは、相手には家にいて欲しいと思ってる。お金はがっぽがっぽ稼ぐし、好きな物なんでも買ってあげるから、その代わり家にいてって……あー最近はこういうこと言ったら駄目なんだっけ? だからあたしは自分の好みはちゃんと隠してるよ。そりゃ独神だもん。みんなの思う独神像は崩さないよん」
がっかり……。だってこれだとウチ、全然主《あるじ》様の好みじゃない!
どうしよう! ちょっとヤバイって!
じっとするなんて無理。
悪戯やめるのもむーりー。
風邪だって流行らせちゃうし、作物だって引っこ抜いちゃう。
なんでも買ってくれるのは嬉しいけど、でも風のない生活なんてそんなのウチじゃない。
で、でももしかしたら。
ウチ主《あるじ》様のことめちゃめちゃ好きだし、少しは我慢出来る、かも。
ウチはまず深呼吸をして、おしとやかと手のひらに書いて呑む。いっぱい呑む。
その後はゆっくり足を床につけて、服の裾が膨らまないように素早くそっと執務室へ入る。
「ごきげんよう。主《あるじ》様」
「フウちゃんどしたの!? 可愛いけどさ」
作戦は失敗した。
「ウチ、っじゃなかった、わたくしはわたくしですのよ?」
「馬鹿でしょ。女は我儘で身勝手で笑顔で全部チャラにするくらいが可愛いって言ってるでしょ!」
嘘吐き!
「聞いたよ!! 主《あるじ》様ほんとは大人しくて癒し系が好きなんでしょ」
「え。へへへへ」
その笑い、本当のことなんだ……。大人しい子が好きって……。
「やだやだ! ウチそんな主《あるじ》様無理! 好き勝手やってる子が良いって言ってよ!」
「そういう子も好きではある」
「でも、好みは大人しい子なんだ」
「へへ」
かっちーんときた。いつもと言ってること全然違う!
「主《あるじ》様なんて!!!!」
風袋を主《あるじ》様に向けて上空に吹き飛ばす。
「天罰!!!!」
袋を閉じると、主《あるじ》さまはぴゅーっと落ちていった。
地面にめり込んでるけどギリギリ死んでいない。
独神は首を斬られても死なない程度には頑丈だって言ってた。
「ウチじゃ、主《あるじ》様に好きになってもらえないの?」
頭だけの主《あるじ》様に聞いてみた。
「その感じ超可愛いけど、悪いけど出してくんない? 身体半分イってるんだけど」
「答えてくれなきゃ出してあげないもん」
頭だけ主《あるじ》様がふっと笑った。
「十分可愛いよ。盗み聞きした挙句に勝手にキレて地面に埋めるような子なんだもん。ほっとけないし、見てて飽きないでしょ」
「……良い感じに言ってるけど、好きとは言ってなくない?」
ぎくっという顔になった。
「主《あるじ》様!!!」
袋の力を目一杯使って地面から主《あるじ》様を引っこ抜いて、また上空に放り投げる。
「台風に呑み込まれちゃえ!」
風袋の力を最強にすると、本殿の真上に新しい台風が出来る。
その中に主《あるじ》様を落してあげた。
ぐるぐる。目を回してる。
袋の口を縛ると台風が消えて、主《あるじ》様もまたぴゅーと地面に落ちて、今度は青白い顔をしていた。
今にも吐きそうにしてるけど知らない!
「……主《あるじ》様最低」
げっそりした顔。いつもだったらおかしくて笑ってるけど、今日はそんな気分じゃない。
自分が好きなひとの好みになれないのは悲しかった。
だってもうウチは諦めなきゃ駄目ってことなんだよ?
そんなのすぐに受け入れるなんて無理だよ。
死にかけ主《あるじ》様がウチへ手を伸ばした。助けてあげる気にはなれなくてすっと避けると、勢いよく主《あるじ》様は起き上がってウチに突進、もとい口付けた。
「そんな顏しなさんなって。今度はもっと強烈なもんやっちゃうよ」
あわわわわわ。
う、ウチ、主《あるじ》様とちゅ~したの!?
「さっきも言ったけど、今のまんまで良いんだよ。好み通りの子になるのも歓迎だけどね」
顔がかあっとなって、すぐに言い返した
「ウチ絶対ならないから!」
「それが良いんじゃない?」
よっこらせと起き上がった主《あるじ》様は、何事もなかったかのように本殿の方へ帰って行った。
縁側から上がって、執務室でいつも通り机に向かっている。
さっきまで何があったのかきっと誰にも判らない。
「……結局どっちが良いんだろう。ウチ大人しくなる?」
考えてみたけど、やっぱりウチは大人しい神様にはなれそうになかった。
風を司るウチは死ぬまでこのまま変わらない。
多少は大人しくて良い感じの風の神になれるが、一時的なものだ。
「主《あるじ》様の方がウチよりずっと意地悪じゃん」
でもなんとなく、主《あるじ》様がウチに変わって欲しいと本気では思っていないような気がする。
そのままでいいと、何度も繰り返してたから。
「……本当はもう、ウチのことが好きだったりして?」
人たらしの主《あるじ》様のことだから本音は判らない。
でもウチに振り回されている主《あるじ》様は仕事と違って色々な顔をしているから、きっと嫌いではない。はず。
「ちょっとだけ、主《あるじ》様の前では良い子でいてあげよ」
大きくは変われないけど、好きなひとの為だから、少しだけ変わってみる。
だからウチのこと、ちゃんと好きになってね。
あ、もっともっと好きになれって変化ならいつでも歓迎だよ。
ウチ、主《あるじ》様のこと毎日大好きだもん。
ライジン
「主《あるじ》様。こういう服可愛いと思いませんか?」
ライジンが持ってきたのは天将の英傑たちがよく着る服であった。
「可愛いとは思うけどさ……。私は着ないよ」
「どうしてですの?」
「お腹出すの好きじゃないんだよね。他の人がやる分にはいいけど」
「どうしてですの?」
「だから、お腹出したくないって」
「どうしてですの?」
「お腹冷えちゃうでしょ」
「どうしてですの?」
「……何。これ尋問なの?」
「いえ。本当はどういう理由なのか、お聞きしたくて」
にこにこするライジンとは対照に、眉を顰めて嫌そうにする独神。
そんな態度屁でもないと、ライジンは態度を崩さない。
仕方なく独神は言った。
「……私、ずっとここにいるだけじゃん? なのにご飯だけは皆と同じじゃん? そりゃ……肉付きだって良くなるよね。
判った? 太ってるのが見られるのが嫌なの! ここの英傑誰も太ってないから余計目立っちゃうでしょ!!」
「なるほどですの。でしたら私と運動でもいかがですか? 仕事の合間に気分転換になると思いますわ」
独神はジト目だった。
「……なんか下心が見えるの気のせい?」
「気のせいですわ」
「じゃあさ、この服着たとして、お腹は出して良いけどおへそだけ隠していい?」
「いけませんわ!!!!!!」
あっと口を押さえた。
「ほら見ろ! おへそ目的じゃんか!!!! 私絶対やらない!!!! 私のおへそは私のもんだから!!!!!」
「主《あるじ》様のいけず!! 主《あるじ》様のおへそを誰にも奪わせたくない私の気持ちも汲んで下さい!!」
「誰であっても私のおへそは触るな取るな!!!」
「じゃあ他の英傑のものは良いんですか?」
「いいよ。私のが取られないなら」
あっさり贄を差し出した。
「てかさ、盗ったおへそでどうすんの」
「い~~~っぱい見ます。この子は小さいな、この子は上向き、この子は皮を被ってる、この子はくしゃくしゃの恥ずかしがり屋さん」
独神はドン引きした。
「……深すぎて理解出来なかったわ」
「本当はそれも寂しいんです。フウジンちゃんはお友達ですけれど、おへその話では盛り上がれませんの……」
「(フウジンでもへそ話は無理なんだ)」
「私だって寂しいですの! 皆さん、刀や本や囲碁や観劇など多趣味ですのに、どうしておへそ趣味はいないんですか!?」
「(知らんがな……)」
じわじわライジンが泣きだすと、外では黒い雲が近づいて来ていた。
遠くでヤマヒメが手で大きなバツ印を作っている。
今日は外に蒲団を干す日であった。
今夜英傑達が蒲団で寝られるかどうかは、独神の腕にかかっている。
やれやれと、独神は肩を竦めた。
「……確かに、私はライジンのへそ友にはなれない。でもへそを紹介する事は出来る。それも大量にね」
甘やかな誘いにライジンの涙が一時的に停止した。
「まずは下準備だ。仕事サボるから適当に言い訳しといて! よろしく!!!」
独神は良くも悪くも仕事が出来るひとであった。
準備もすぐである。
そして独神の言う事を全て聞いたライジンは、指示通り町へ出かけるのであった。
「あのー、ここでへそ占いが出来るって聞いたんですけど……」
いたって普通の村人が一人、暗幕で入口を塞いだ小さな小屋を訪ねてきた。
「どうぞ。こちらへ」
部屋には簡素な机と椅子があり、蝋燭の心許ない光が辺りを僅かに照らす。
村人は椅子に座ると、服をめくってへそを見せた。
「む。むむむむ。これは……大変ですわ」
「先生! どういうことですか。私は病なんですか!?」
「心を静めて下さいまし。奥にご案内しますわ」
黒子は不安がる村人を奥へ奥へと誘った。
そして────────
一週間後。
町ではへそ占いが流行し、他の町からも客が訪れるようになった。
へそを見てもらったものは口々に言った。
「雷先生が言ったんだ。汚いへそは病になっていずれ死ぬって」
「へそを雷先生に納めると浄化してもらえるんだ。そして俺たちは死なないって」
「独神様もありがたいと思っていたけれど、雷先生はもっとありがたいよ。庶民の味方だ!」
『へそ教』と呼ばれる宗教は爆発的人気を誇り、それは当然英傑の耳にも入る。
「……という報告があがっておりますが。主《あるじ》様はそれでよろしいのですか?」
独神はウシワカマルに詰められていた。
「え、あ、ほら! ライジンの調子最近とっても良くない? 討伐数激増だし、いつも笑顔で」
「主《あるじ》様。いずれ『へそ教』は君の統治を揺るがしますよ」
「またまた。ご冗談を」
「冗談を言っているように見えるとは。主《あるじ》様の目は汚泥で洗っているのかな」
視線でひとを射殺す勢いだった。
本殿で一番偉い独神だって怒ったウシワカマルは怖いのだ。
「……えーっと。…………う、ウシワカマル様。この状況をどうすれば良いのか、馬鹿な独神めにお教えて下さいませ」
迷わず土下座をした。ちなみに独神、土下座は朝飯前である。
「仕方ありませんね。僕の手を貸そう」
大盛況のへそ教本部にウシワカマルが訪れ、教祖であるライジンに物申した。
「ええ!? おへそ集め駄目なんですか?」
「勿論ただで手を引けとは言いませんよ。ですから……」
ごにょごにょごにょ。
「はい!! 判りましたわ! 今日でへそ占いは閉業いたしますの!」
ウシワカマルの仕事は迅速で完璧だった。すぐに独神へと報告した。
「これでもう民がおへそを気にすることはありますまい」
「ありがと、ウシワカマル。お礼といってはなんだけど、お茶でも飲んでいかない?」
「折角のお申し出ですが、用があるのでこれにて失礼します」
「あっそう? ……とにかくありがと。じゃあね」
入れ替わるようにライジンが執務室へやってきた。
「主《あるじ》様~」
「おかえり。どう? 少しは楽しめた?」
「はい。とっても! それに、主《あるじ》様がご褒美用意してくれてたなんて驚きましたの!」
「ん。……ごほうび? なんの?」
「では。……失礼いたします。……とう!」
ライジンの動きは、何かを投げたような動作だった。
「……え。何したの。私見えなかったんだけど」
「ご安心を。それでは、失礼しますね」
ライジンは素早く退室した。
これにて一件落着である。独神は大きく息を吐いた。
「へそ教ねえ。段取りを組んだのは私とはいえこのご時世宗教って流行るよねえ」
そっと腹に触った。
凹凸がない。
「……ない。ない!?」
腰の紐を緩めて白衣や襦袢をかき分けていくと、そこにはあるはずのものがなかった。
「私のおへそ!!!!!!!!」
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