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ハチカヅキヒメ
いいな、と思えるひとがいる。
独神さま。
わたしのご主人さま。
収穫祭の宴会。
本殿には色とりどりの提灯が灯され、夜空に浮かぶ満月と相まって幻想的な光景を作り出していた。
どこやかしこで、飲めや歌えの大騒ぎ。笑い声と酒の香りが夜風にのって漂う。
本殿の宴会って、好き。ここは種族も年齢も関係なくみんなが笑っているから。
そんな無礼講な雰囲気の中「どうか隣の席になれますように」と祈っていると、独神さまの方からわたしの隣に座ってくれた。
丁度食べたい食事があったからだとか言っていたけど、理由はなんだっていい。
頭上にあるこの鉢が、わたしの願いを叶えてくれた。
「あの、ご主人さま! わたし注ぎますね!」
「ああ、悪いね。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
いざご主人さまの世話が出来るとなると、手が震えるくらいどきどきする。
ここは慎重に……落とさないように慎重に……。
……そっと……出来たっ。
次はお話をしなきゃ。何を話そう。ご主人さまが好きそうなお話だったら。
「そういえば、遠征に行った時の話なんですけどね、わたしが川で扇を流され、」
突然、爆発した音が響いて、腰かけていた椅子が大きく揺れた。催し物かと思ったけど、それにしては皆がざわざわしていて、ただ事ではないと察した。
「っ、またか。ごめん、ハチカヅキヒメ、ちょっと叱ってくる」
「まっ……」
不思議な話でご主人さまを楽しませたかったのに、残念だけど聞いて貰えなかった。
帰ってきたら、またお酌をしよう。せっかくだから別の話をしよう。
と思っていたのに、ご主人さまは帰ってこなかった。
騒ぎを起こした英傑を叱った後、また別の英傑が喧嘩をしたので仲裁して……って、奔走してたみたい。
せっかく隣になれたのに残念。
他の時もそう。
ご主人さまが腰を痛めた時、お供はわたし一人だった。
肩を貸せるのはわたしだけ。ご主人さまと触れ合える絶好の時。
いよいよ貸すぞ、手当が終わったら貸すぞ、という時。
ご主人さまは手当の最中に新しい術を開発して、自分の腰痛を直してしまった。
ご主人さまは本当に凄い。
身体も大事に至らなくてすごく良かった。
そのはずなんだけど、いい所が見せられなくて残念な気持ちもこっそり持っていた。
今まで生きてきて、こんなに上手くいかないことなんてなかった。
何が悪いのか。
考えるのが苦手なわたしがうんうん唸っていると、他の子たちが悩んでいるわたしに話しかけてくれた。
「主ぃ? だったら、みんなそんなものよ。私だって、いつもならとっくに落とせているはずなのに」
ぎりっと、悔しそうにしていたミコシニュウドウさん。
そっか。みんな同じ。
じゃあしょうがないよね。
わたしだけじゃ、ない、ん、だし。
「好機がいつどこで転がってくるか判らないんだから、普段から女を磨くしかないんじゃなぁい?」
気だるげに言うミコシニュウドウさんだけど、その言葉にはどこか真剣さがあった。
仕方がないと諦めているんじゃない。その上で自分が出来ることを模索している。
わたしはそれに勇気を貰った。
わたしにできることはなんだろう。
大抵のことは剛運でどうにかなったけれど、そろそろ頼らないことも必要かもしれない。
今までだって、剛運のお陰でご主人さまと仲を深める好機がたくさんあった。でも一度も物に出来ていない。
それはきっと自分に何かが足りなかったから。その時、わたしに力があれば変わっていたかもしれない。
具体的には……やっぱり英傑の基本に立ち返って鍛錬だろうか。
そう思い立ったわたしは、早速鍛錬をすることにした。
英傑だからそれなりに鍛錬をしているつもりではあったけど、改めてやってみると週に四日くらいしか鍛錬をしていなかったことに気づいた。
本殿で掃除の手伝いをしたり、お買い物をしたり、近くに出た悪霊の討伐を手伝ったりした日は鍛錬をしていない。
鍛錬の鬼と言われるヤシャさんなんて、毎日朝から晩までびっしり鍛錬している。
これじゃ駄目だ。
わたしは、ヤシャさんを陰ながら見守って、同じ鍛錬をするようにした。
同じだけでも頑張れば、もっとご主人さまに見てもらえるかもしれない。
「……気が散る。鍛錬は構わねぇが他所でやってもらえねぇか」
「ご、ごめんなさ~い!!」
二日経ってヤシャさんから苦情が来た。隠れていたつもりだったけれど、やっぱり気づかれていたみたい。
「だがアンタ、そんな鍛錬をする奴じゃなかっただろ。訳でもあるのか」
真面目なヤシャさんに言うのは恥ずかしいけれど、迷惑をかけたのはわたしだから、理由くらいはきちんと話そうと思った。
「わたし、自分の剛運に頼って基礎を怠ってたなぁ……なんて思って」
「なるほどな。……俺から見てのアンタだが」
ヤシャさんは寡黙で他人と関わらないひとだと思っていたけど、ちゃんと他の英傑のこと、そしてわたしのことを見ていた。
「アンタの長所である剛運がアンタを甘やかしている。敵の攻撃を避ける時はいつだって偶然で、アンタ自身が見切っているわけじゃない。攻撃もそうだ。アンタが頓珍漢な方向に攻撃しても、剛運が捻じ曲げて当てちまう。アンタ自身は……強くない」
ヤシャさんははっきりとわたしの欠点を言ってくれた。
「ありがとうございます! ヤシャさん!」
独神様を守る英傑として「強くない」は存在の否定につながる言葉だ。
だけどわたしにとって、目を覚ましてくれる言葉。
「わたし、頑張ります! ご主人さまのために、変わります!」
ヤシャさんは面食らった顔を一瞬して、少しだけ表情を緩めた。
「その気合があるなら、俺も手を貸してやる」
「よろしくお願いします。師匠!」
「馬鹿言え。俺は教えることは苦手なんだ。だから、とにかくついてこい」
「はい、とにかくついていく、ですね!」
ついていくだけ。
あの本殿一の鍛錬量を誇るヤシャさんに、だ。
わたしが見ていた時の鍛錬は軽めのものだったみたいで、鍛錬に付き合ってもらうようになってから厳しさが増した。
身体は汗でびっしょりと濡れ、服は泥や血で汚れた。
無数の傷が新旧入り乱れて、包帯だらけ。
鍛錬後は毎回吐くので食べたい気持ちが湧かなかったけれど、食べないと駄目だとヤシャさんに言われて泣く泣く食べた。
仲良くしている子たちには、大丈夫と聞かれたけれど、わたしは「大丈夫」とだけ返した。
本当は大丈夫じゃなかった。でも、後悔はしていない。
毎日筋肉痛で起き上がるのも一苦労。でも、少しずつ体が変わっていくのを感じる。
剛運に頼らず、自分の力で動けるようになってきた気がする。
ある日の鍛錬中、ふと気づいた。
以前なら絶対に避けられなかったヤシャさんの攻撃を、体が自然に避けていた。
剛運のおかげじゃない。わたしの目はしっかりと切っ先を捉えていた。つまり、自身が成長したんだ。
「や、ヤシャさん!」
師匠にこの喜びを伝えたかった。
その瞬間、遠くにご主人さまの姿が見えた。
(あっ、こんな姿見られちゃう……!)
恥ずかしさで頬が熱くなる。
ヤシャさんもご主人さまには気づいている。だが攻め手は止めない。わたしもまだ気を逸らしては駄目だ。
と思いつつも、視界の端でご主人さまを見てしまっている。
まだヤシャさんの攻撃は目で追えている。集中しろと一発入れられそうなのに入れてこないのは、ご主人さまの眼前だからと容赦してくれているのかもしれない。
だったら、ご主人さまの目の前でヤシャさんに一打当てる。
いい所を見せるんだ。
私は、傷だらけの腕をあげて、扇を掲げた。
突然、ご主人さまの頭上で枝がバキッと音を立てた。
わたしの体は迷わず動いた。ヤシャさんとは全く違う方向にいるご主人さまに向いて、落ちてくる枝目掛けて『幻狐』を放った。
眩い狐が枝を食い破り、ご主人さまには塵一つ落とさない。
「え!? ハチカヅキヒメ!?」
驚いて私と頭上の木を交互に見るご主人さまだったが、返事をしている暇はない。
枝があった場所には悪霊の姿が。
このひとが枝を落としたみたい。
わたしは躊躇わなかった。ヤシャさんとの鍛錬で鍛えた身体で、悪霊目掛けて突進する。走りながら、扇を振って狐たちに指示する。
狐たちはわたしの言うことをよく聞き、あっという間に悪霊を倒してしまった。
用を終えた狐たちが光の粒になって消えていく。
軽く息を整えながら振り返ると、ご主人さまが満面の笑みで近づいてきた。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
「ありがとうございます!! わたしもすっごく幸せです!!!」
言葉が溢れ出る。でも、はっと我に返る。
「違うんです! 襲われて良かったじゃなくて!!」
慌てて訂正しようとするわたしに、ご主人さまは優しく笑いかけた。
「大丈夫。判ってるって」
真っ赤な顔で首を振りながら、心の中ではほっとしていた。
ヤシャさんとの鍛錬は本当にきつかった。でも、やってよかった。
今のわたしなら、ご主人さまの力になれる。剛運はきっかけに過ぎない。これからは自分の力で、ご主人さまの役に立ちたい。
そう心に誓った。
「満足しているところ悪いが、鍛錬はまだ途中だぞ」
やるのか。
やらないのか。
そう言っているように思った。
わたしはもちろん。
「はい! 引き続きご指導お願い致します!!」
ミズチ
────あの日。
お伽番のミズチは、だるま落しから発想を得た新遊戯『ひょうたん落とし』で遊んでいた。
「あるじぃー、一人じゃつまらないよー。一緒にやっておくれよ。一回でいいからさ」
「ごめん。今吐きそうなくらい追い詰められてる。町づくりって難しすぎる上に多数の職人の予定おさえてその分の給金も出すから予算は膨らんでああ会話してられないごめん」
ミズチが寂しがっているのは判っていた。けれど、悪霊によって壊滅した町を新たに作り直さなければならなかった私に余裕はなかった。
理解していたミズチはお茶を出してくれたり、訪ねてきた英傑の対応を代わりにしてくれた。後で沢山遊ばないとと思っていた。
そんな時に、悪霊が現れた。しかも新型の悪霊を大量に連れて。
本殿には何人も英傑がいたけれど、新型の悪霊は強力ですぐには倒せなかった。
建物がいくつも壊れて、先週草を抜いて綺麗にした庭だって抉れてぐちゃぐちゃになった。
大将である私は、ミズチや他の英傑達が守ってくれた。
けれど、新型の悪霊は私たちの予想を上回っていた。
空間を自在に切り取り、瞬時に移動する能力。気配を感じさせない隠密力。
英傑に囲まれていた私の真上に現れ、その巨体で私を押し潰した。
身体中の骨が砕け、破れた皮膚から内臓が飛び出した。
────一回分の命が消費された。
私の身体が再生する間、本体から離れて転がった眼球で事態を見ていた。
私が"死んだ"と見た英傑達は、現れた悪霊に武器を持って襲い掛かった。
そして辺りが深い苔色した煙幕でいっぱいになった。
ミズチの毒霧だ。新型の悪霊に毒霧は効果があったらしい。英傑たちの攻撃がすんなりと聞いているのが欠けた耳に届いた。
私の部屋以外での戦いも少しずつ音が大人しくなっている。
うちの英傑達は優秀だ。
身体の再生を待ちながら、毒霧が晴れるのを待とう。
そうしたら、みんなのことを褒めてあげないと。
でも、毒霧は全く晴れなかった。
千切れた身体が一つになって元に戻ったが、私は人に抱えられて移動していた。
周囲の毒霧から考えるとミズチだろう。
いきなりの襲撃で、私がぐちゃぐちゃになって、気が動転したに違いない。
少し落ち着いてきたら宥めてあげよう。
……と、思っていたのに。毒霧が晴れると私は水面を突き抜けた。
息が出来ないはずなのに、不思議と苦しくない。
陽の光が遠ざかり、代わりに深い青が私たちを包み込んでいく。
魚の群れが周囲を泳ぎ、私たちを歓迎しているよう。
いや、歓迎されているのは、ミズチだ。
水龍の帰還を喜んでいる。
遥か下方に、幻想的な光を放つ建造物が見えてきた。
私の心臓が高鳴る。これは夢なのか、現実なのか。
ミズチを見上げると、彼は睨んでいた。水底のように仄暗い輝きがある。
城の入口に到着すると、扉が音もなく開いた。
一歩足を踏み入れると、そこは想像を超える美しい世界だった。
城は深海の底に佇み、青く透き通った水晶のような壁に囲まれていた。
天井は高く、波打つ海面が透けて見え、幻想的な光が部屋中を照らしている。
床は真珠の砂で覆われ、歩くたびにキラキラと輝く。廊下には色とりどりの珊瑚が生え、小魚たちが泳ぎ回っている。
大きな窓からは、海底の神秘的な景色が一望でき、巨大な熱水噴出孔や深海生物の姿も見える。
この美しさに圧倒されながらも、私はじんわりと冷や汗が流れていた。
圧倒的な美しさに対し、ミズチの目の冷たさが気になったのだ。
突然、耳に水の流れる音が聞こえた。城内の空間から水が排出されていくのだ。
しばらくして私たちの足元まで水位が下がり、ついに空気で満たされた空間に立つことになった。
深呼吸をすると、潮の香りがした。まるで海辺にいるかのような錯覚を覚える。
「なにここ。どこ。どこなの!?」
慌てて声を上げる私に、ミズチはにへらと笑った。
「ここは僕が作ったおしろー。案内してあげる。ついておいでよ」
その声には、今まで聞いたことのない自信と誇りが溢れていた。
「……ここ、すごくきれいだね」
「そうだろう? えっへん」
「……ところでさ、今って、何時なの? 少しお腹が減ってきちゃったんだけど」
「今は、……うーん。いつか判んない! 海には時間が無いんだ。お腹が空いた時が食べる時だよ」
時間は不明。ここはもう少し泳がせて様子を見た方が良いだろう。
どうにも嫌な予感がする。
「じゃあごはんを用意してあげるね! ちょっと待ってておくれよ」
駆けていくミズチの目はいつもより輝いていた。
海の城は美しかった。おぞましいほどに。
しかし、その美しさの中に潜む孤独と静寂が、私の心を締め付けた。
ヨルムンガンドが「海の底は良いぞ」と珍しく声を弾ませて言っていたけれど、私は……少し肌が合わないかもしれない。
陸の生き物である私は、本来は呼吸もままならないのだから。
ミズチが持ってきた食事は、たっぷりの海藻と魚だった。肉はない。
「ほうら。おいしそうだろう? 食べてみてよ」
毒はないはず。ここで私を殺す必要はないからだ。
私はおそるおそる箸をとり、竜田揚げを一つ口に含んだ。
味は普通だ。拍子抜けする。
「おいしい?」
「うん。美味しいよ」
「良かったぁ。みんな喜ぶよ」
ここには複数の者がいるらしい。城を動き回る際には注意しないと。
「みんな独神様に食べてもらいたいって、順番に油に飛び込んだんだよ。僕が止めなかったら大変だったんだから」
窓の外の魚たちが私を見ている。十匹、百匹、千匹、判らない。
瞼のない開きっぱなしの目が私をじっと見ている。仲間を食べた私を。
胃酸がせり上がって来て、思わず口元を抑えた。
「主? 大丈夫? ……もしかしてまずかった」
糸が切れそうな緊張感が走った。私は慌てて首を振る。
「ち、ちが。ちょっと気管に入りそうになって。美味しいからついがっついちゃった」
少し苦しい言い訳だったが、ミズチはぱっと笑顔を見せた。
「なんだ。びっくりした」
ほっとした私は出された食事を残さず食べた。
お腹がはち切れそうだったが、それでも、食べるしかなかった。
魚たちの目線に耐えられない。
それに、上機嫌のミズチが怖い。
けれどそれ以上に、地上にいるはずの他の英傑達が心配だ。
私は意を決して話しかけた。
「ねえ、ミズチ。地上って」
「ダメだよ!」
ミズチは金切り声で私を怒鳴った。
「外は危険なんだよ! 主、判っておくれよぉ」
その瞳に宿る狂気に、私は一瞬たじろいだ。これまで見たことのない表情だった。
優しく、従順だったミズチが、こんな顔をするなんて。
「でも独神の私が行かないと……! 悪霊たちが今も本殿を襲っているか、」
私は必死に説得しようとした。
ミズチは首を横に振り、私の言葉を遮った。
「主はここで待ってて」
その時、私は違和感に気づいた。身体が崩れ落ちて床に転がる。
目をやると足があった場所には何もない。腰があって、お尻があって、そこから二手に分かれるのに、足の付け根から消えている。
ぶくぶくと泡になって消えてしまったのだ。
「足が……!」
驚きの声を上げる私に、ミズチは優しく微笑んだ。
「足がなければ、危ない陸地に行けないでしょ。これで大丈夫!」
ミズチは満足げに言った。
恐怖が全身を駆け巡る。
「だ、だいじょうぶなわけ、ない。なんで……」
言葉が詰まった。信じられない現実に、頭が真っ白になった。
「水の中は手があれば進むから心配いらないよ。ああ、うまく進めないなら水かきをつけようよ」
そう言うと、私の指の間にカエルのような水かきが出来た。
指で引っ張るとじんわりと痛みが広がる。まるで自分の身体みたいに。
私は震える声で問いかけた。
「どうして……こんなこと……」
ミズチは悲しげな表情を浮かべた。
「主を守るためだよ。僕たちのせいで、主は傷ついてばかりだろう。もうそんな思いはさせたくない」
人は言う。
独神は八百万界の支配者であり、英傑よりも高度な存在である。
実際は違う。
人族の村の一娘だった私に、ある日突然一血卍傑の力を与えられたのが独神。
この器は所詮、人族の女。
古来より生きる神々に翻弄されるだけの、か弱き存在だ。
私は、ミズチをなめていた。
素直で、よく言うことを聞いてくれる、子供っぽい子だからと、子供そのもののように接していた。
精神がどれだけ幼かろうと、神は神なのに。
今更ながら認識の誤りに気づいたが、もう遅い。
彼の力、彼の存在の重さを軽んじた代償を、今、払わされているのだ。
「大丈夫。主はいままで働き過ぎたんだ。ここでゆっくりおやすみよ」
ミズチの声が優しく響く。その声に、徐々に意識が遠のいていく。
何らかの術をかけられているのだろうか。抵抗しようとしても、体が言うことを聞かない。
「み、ず、……やめて…」
濁った海水が鼻腔を刺激し、塩分が口の中いっぱいに広がった。飲み込む空気はどこにもなく、呼吸が苦しくなる。
全身に感じる水圧に耐えられずに、内臓や頭が潰れそうだ。
重力が歪み、上下の感覚がなくなっていく。
意識が遠のいていくのを感じた。
「悪霊は僕たちで倒すよ。起きた主が平和な世界を見られるように、ね」
これが最後なのだろうか。私の役目は、こんな形で終わるのだろうか。
「ごめんね。僕たちのせいで。傷つけてばかりで。もう心配しないで。おねむりよ」
眠れるわけがない。私には使命があるのに────!!!
けれど、身体は重くなるばかりで、私はただ目を閉じた。
その後、八百万界がどうなったか、私は知らない。
送信中です
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