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オオワタツミ
オオワタツミは、いつものように八百万界の海を見守っていた。遠くの砂浜では娘であるタマヨリヒメが波と戯れる姿が目に入る。
その光景に微笑みながら、彼は独神が同じようにはしゃぐ姿を想像していた。柔らかな海風が髪をなびかせる中、ふと思いついた。
「……ふむ。次の休みに共に海に行こうと誘ってみるか」
きっとタマヨリヒメも喜ぶだろう。
まずタマヨリヒメに声をかけることにした。
「タマヨリヒメよ。次の休みに海に行かないか。独神様も連れて」
「え」
タマヨリヒメの驚いた様子にオオワタツミは首を傾げた。
「何かおかしいか?」
「いいえ。……貴方が良いなら」
「決まりだ。次は独神様に声をかけてこよう」
タマヨリヒメは躊躇いがちに尋ねた。
「あの。お誘いのことなのですが、もし、主サマが何か……その……要望がありましたら、私は合わせますので」
「ああ。判った」
オオワタツミは娘の言葉を深く考えることなく、独神のもとへ向かった。
書庫に到着すると、オオワタツミは丁重に挨拶をし、海への誘いを告げた。独神は嬉しそうに微笑んだ。
「いいよ。タマヨリヒメも一緒ね。海なんて久しぶりだな」
次の休みに遊びに行くことがすんなりと決まった。
それをタマヨリヒメに報告すると、タマヨリヒメは遠慮がちに言った。
「あの、私がいて良かったのですか」
「何を言う。儂が誘いたい相手を誘っておかしいか」
「いいえ。そういうことでは……」
タマヨリヒメはそれだけ言うと姿を消した。折角独神もいるのだからもっと嬉しそうにしても良いものを。理由は思い当たらなかったが問題はないだろうと、頭を切り替えその日の討伐へ出かけた。
日々の任務をこなしていると、約束の日はすぐだった。
三人は予定通り海へ向かった。オオワタツミは少し離れた場所からタマヨリヒメと独神が楽しそうに海で遊ぶ様子を見守っていた。
この二人を誘って良かった。
オオワタツミは可愛い娘と、敬愛する独神に癒されていた。
潮風が強くなってきたのを感じ、彼は二人に近づいた。
「二人とも。少し風が出てきた」
そう言って、オオワタツミは用意していた上着を二人に手渡した。
休憩もかね、浜辺に座り込んで砂弄りをしながら雑談をしていたが、オオワタツミはこのまま引き上げるべきだと判断た。
「……今日はこのくらいにしよう」
まだまだまだまだ遊びたさそうにする独神に、オオワタツミは気を利かせて付け加えた。
「町で美味しい団子屋を見つけてな。ごちそうしよう」
その言葉に、独神とタマヨリヒメの顔が明るくなった。速やかに片付け、団子屋に到着すると、独神は嬉しそうに言った。
「私、前々からここ行きたかったんだよね」
オオワタツミは内心で喜びを感じたが、表情には出さず、二人に好きなだけ食べさせてやった。
楽しい一日はあっという間に過ぎ、それぞれの日常に戻った。しかし、その日の出来事はオオワタツミの心に残り続けた。
数日後、タマヨリヒメが再びオオワタツミを訪ねてきた。
「海は楽しかったですよね」
「ああ。思い切って誘って良かった」
「それで、なんですけど。私はご迷惑じゃありませんでしたか?」
「くどいぞ。どうして其方は儂が迷惑がっていると思っているのだ。訳を話してみよ」
言いづらそうにしているタマヨリヒメであったが、ゆっくりと口を開いた。
「……私と主サマ、どちらが大切ですか?」
「愚問だな。選べるわけがない」
オオワタツミは呆れている。タマヨリヒメは首を振った。
「私は、主サマに嫉妬しているわけではありません。もしも、オオワタツミサマが、主サマと仲を深めたいのならお手伝いをしたくて」
オオワタツミは深く考え込んだ末、答えた。
「儂は、タマヨリヒメが大切だ。独神様もまたそうだ。あのお方が欠けてはこの世に平和は訪れないだろうからな」
「では主従を超えた感情はないと?」
「ああ。あの方のことは尊敬している。悪かったな。気を遣わせて」
「い、いえ。私の方こそ。出過ぎた真似をしてすみません」
「ここにいる者たちはみんな独神様に懐いているからな。間違いでもない」
手で顔を覆うタマヨリヒメに、オオワタツミは優しく微笑んだ。
「先日のお団子屋さんのこと、主サマが行きたがっていたから選んだようだったので。深読みしてしまいました」
「誰かが美味いと話しているのを聞いてな。それで覚えていただけで、独神様のことはたまたまだ」
タマヨリヒメが立ち去った後、オオワタツミは自身の感情について考え込んだ。タマヨリヒメの言葉が、やけに引っかかる。そしてその夜、思わぬ衝動に駆られて独神のもとを訪れた
「あら。どうしたの」
独神は少し驚いた様子で迎えた。
「夜分に突然すまない」
「それは良いけれど。何かあった?」
「それが……何もないんだ」
独神は少し笑った。
「そう。じゃあお茶でも飲んでゆっくりしていったら」
オオワタツミは黙って独神の後ろ姿を見つめた。時間が過ぎ、独神が仕事を始めても、彼はずっと黙ったままだった。
「はいどうぞ」
茶は啜るが何も話さないオオワタツミの前で、そのうち独神は仕事を始めた。
本来なら失礼な行為であるにも関わらず、オオワタツミはぴくりともしない。
独神は、その時が来るまで敢えて構わずにいた。
「独神様」
「ん。長考は終わった?」
独神は筆を置き、大きく伸びをするとポキポキと身体が鳴った。
「長考? そんなに長かったか」
「自覚ないの? ここに来てからずーっと黙ってたよ。仕事が捗っちゃった」
自覚のないオオワタツミは少し困惑した表情を見せたが、すぐに真剣な顔つきになった。
「儂は、独神様のことを目の中に入れても痛くないと思っている」
「そんなに? ありがと」
「笑っていてくれれば、それが何よりの幸福だ」
「……ありがとう」
独神は少し戸惑いながらも、優しく微笑んだ。
「独神様」
「はい」
「大海原の真珠のようだな」
「ん? ……うん。ありがとう?」
オオワタツミは立ち上がり、部屋を出ようとした。
「長く滞在して悪かった。おかげで儂も答えが見つかりそうだ」
「少しでも力になれたなら良かった。何かあればまたおいで」
「こらこら。年頃の娘の部屋には、特別な理由もなければ早々入らないさ」
オオワタツミは独神の部屋を出ると、心の中で呟いた。
「(まだ儂は其方と波打ち際で戯れていたいのだ)」
真珠は時間をかけて大きくなり、より美しく輝く。
自分の抱く独神への感情もそうだ。ゆっくりと時間をかけて大きくなる。
今はまだ採取する時ではない。そう思いながら、オオワタツミは次はいつ誘おうかと思案していた。
スネコスリ
主はいつも、足にぴったりと沿った長袴を好んで着ている。
それはいつも冷静な主によく似合っていて、ワタシは見る度に「かっこいいなぁ」とため息をついている。
けれどその服のせいで主のスネを見たことがない。
着替えを他人に見せないし、お風呂だって一人で入っていることから、主のスネは本殿七不思議のひとつになっている。
八百万界一スネが好きなワタシは、主のスネを目撃するべく、作戦を打ち立てたのであった。
ある晴れた日、ワタシは主に話しかけた。
「ねぇ、主。海行こーよ!」
主はワタシを見て「いいよ」と言った。
「海なんだから水着忘れちゃ駄目だよ」
と念を押すと、
「判ってる。じゃあ日取りはこっちで調整するね」
「よろしく~」
と、嘘みたいに呆気なく海に行く約束を取り付けてしまった。
こんなに上手くいくなんてワタシってば軍師の才能があったのかもしれない。
ワタシは主の光り輝くスネを想像しながら、期待を胸いっぱいに膨らませてその日を待った。
待ちに待った海水浴の日。
早起きしたワタシは荷物を三回も確認して、現地で主を待った。
そして、主が現れた瞬間、ワタシの目は点になった。
「え゛……主、なにそれ。水着は」
「これだけど」
主は長袖、長裾で、全身を覆う水着だった。顔と首以外見えない。
思ってたのと違う。全然違う。
「……と、とりあえず泳ごっか!」
でも主と遊ぶのは楽しくて、その日一日海を楽しんだ。
波と戯れ、砂で理想のスネを作り、かき氷を食べた。
私の隣で楽しそうにする主を見ると、スネがなくても幸せに思えた。
でも、スネを見る機会を逃すまいと、ワタシは常に目を光らせていた。
「じゃあ帰ろっか?」
主の声に、ワタシは素早く反応した。
「あっちで着替えられるみたいだよ」
ワタシは少し離れた場所にある掘っ立て小屋を指した。そこでは海水浴に来た人たちが着替えをしている。
ここでならきっと……。
ワタシは再びワクワクし始めた。手のひらに汗がにじむのを感じる。
主と一緒に小屋に向かうと、中は胴体部分が見えないように仕切りがつけられていて、一人ずつ入るようだった。
ワタシは勿論主と隣同士で着替えをする。少し視線を下げれば足が見えるのだ。
独神様である彼女の着替えを盗み見ることへの背徳感で心が苦しいが、それ以上に興奮している。
だってだって、今まで秘密にされていて主のスネが今日明かされるのだから。
ワタシは手早く着替えようとする主の足をまじまじと見ていた。上から脱いでいるのが雰囲気で判る。仕切りの下、手が見えた時だった。
突然、隣から甲高い声が響いた。
「きゃあ! 可愛い! 素敵な尻尾ですね!」
他の海水浴客に尻尾を触られ、ワタシは猫が前足を踏まれた時の声を出してしまった。
お姉さんは驚いて、すぐさま謝ってくれた。
「あ。すみません!! 触るつもりなんてかったんです。当たっちゃって」
「だ、大丈夫だよ。尻尾なんて勝手に揺れちゃうから。のあっ!?」
主はもういつもの服を着て、仕切りのある空間から出ていた。ワタシがちょっと他の人と話していたあの一瞬で着替え終わってしまうなんて。
「じゃあ私外で待ってるね。スネコスリも着替えて終わったら来てね」
主はそう言って小屋を出ていった。
残されたワタシは、まだ水着姿のまま、折角の機会を逃してしまった悔しさを噛みしめていた。
本殿に帰る道すがら、主は言った。
「ねえ。私のスネを狙ってるでしょ」
見透かしたような言葉にワタシは慌てふためいた。
「ち、違うよぉ!?」
それをにやにやしながら主は言った。
「どうしてもスネを見たいのなら、魔元帥でも倒してらっしゃい!!!」
びしっ。人を指差しちゃいけませんと教えられていないのか、主はワタシをずびしっと指した。
「……そしたらご褒美に見せてあげてもいいよ」
主の手がスネを撫でた。心臓の高鳴りが止まらない。
ワタシは決意した。
「判った!!! じゃあワタシ、魔元帥倒すよ!!」
「その意気だー」
悪霊の美スネを探すつもりだったけど、予定変更。
主のスネのために、魔元帥を倒しちゃうよ!!
主がちょーーーっと棒読みっぽいのが気になるけど、でも魔元帥を倒したら本当に見せてくれるよね。見せてくれないと許さないよ!
その夜、ワタシは寝られなかった。魔元帥を倒す計画を練りに練った。本や巻物を引っ張り出し、魔元帥について調べまくった。主のスネを見るためなら、どんな苦労だって惜しくない。
翌日から、ワタシは特訓を始めた。体力をつけるために走り込み、技を磨くために木を相手に戦いの練習をした。主は時々様子を見に来ては、励ましの言葉をかけてくれた。
「頑張ってるね、スネコスリ」
「スネのために頑張る!」
「うんうん。でも無理はしないでね」
そんな日々が続いた後、ついに私は魔元帥との対決の日を迎えた。主はワタシを見送ってくれた。
「行ってきます、主!」
「うん、気をつけてね。待ってるから」
ワタシは主の言葉を胸に刻み、魔元帥の城へと向かった。
険しい道のりをこえ、ついに魔元帥との対決。激しい戦いの末、ワタシは勝利を収めた。
……ってなるのが理想だけど、現実はそう上手くいかない。
魔元帥のベリアルは各地で暴れていて、その度に神代八傑が派遣されて戦っている。
ワタシは各地に行って悪霊に悩まされている人たちを救ってる。主に貢献出来ているかって言ったらそれほどでもない。行った先で喜ばれるのは嬉しいけど。
「主。スネはまだ?」
「まーだまだ。頑張れスネコスリ」
「うにゃぁん」
主は約束を守る人だ。だから魔元帥を倒さないワタシにスネを見せてくれない。
「すりすり」
でもいつも頑張るワタシにご褒美だと言って、スネをすりすりする権利をくれた。布越しにしか出来ないけれど、これも十分幸せ。
もし生スネをすりすりしていいって言われたらおかしくなっちゃうかもしれない。
「はい、おしまい。昼の討伐に行っておいで」
「ええ! もう!?」
もっとスリスリしたいけれど、仕方がない。
働かざる者スリスリするべからず。
「いってらっしゃい。良い報告待ってるよ」
さわやかな笑顔でそう言うから、ワタシも前向きになれる。
帰ったら本殿には主がいる。
いつでもワタシを「おかえり」と言って迎え入れてくれる。そして生じゃないスネを触らせてくれる。
ずっと我慢させられていて辛いのは、ほんの少しだけ。
主の横でスリスリしながらお話するのは、とっても幸せ。
討伐だって頑張れちゃう。
ワタシは飛び起きて、元気よく声を上げた。
「いってきます!」
カネドウジ
『八百万料理王決定戦』
それは、英傑達による独神のための料理大会。
優勝者には食神たち選りすぐりの食材を一年分と、独神へいつでも料理が振る舞える権利が与えられる。
今回は第三回大会にあたる。
「(まさか、こんな面倒なものに参加することになるなんて)」
カネドウジは溜め息をつきながら、会場の喧騒を見渡した。色とりどりの料理が並ぶテーブル、審査員たちの真剣な表情。すべてが彼女にとっては異質な世界だった。
「(シュテンドウジ様が言わなけりゃワタシもホシたちと食べ荒らしてたんだよなあ……)」
彼女は心の中で呟いた。
憧れのシュテンドウジから「カネドウジならイケんじゃねェの? やってみろよ」と、言われれば参加せざるを得ない。憧れのひとからまっすぐに向けられた期待には応えたい。なんせ、あの憎きイバラキドウジには出来ないことだ。ここで手柄を立てて、シュテンドウジに沢山褒めてもらうのだ。ついでに自分を第一の子分に取り立ててもらえば完璧。
自分自身、料理が得意だとは思っていなかったが、本気で頑張れば優勝なんて簡単だろう。そう思っていた。
「優勝は、ヤヲヤオシチ・イッシンタスケ・ヤマオロシ!!!」
観覧者たちが一斉にわいた。
一方のカネドウジは顔を引きつらせた。まるで時間が止まったかのように、周囲の歓声が遠くに感じられた。
自分としては最高の料理を出したはずだった。優勝と言われる自分を疑わなった。それが。
胸の奥で何かが音を立てて崩れる感覚。喉元まで込み上げてくる悔しさを必死に押し殺す。
「……んでだよ」
震える唇から漏れた言葉を、歓声に沸く会場の誰も気づかない。
カネドウジは拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込む痛みも、心の痛みに比べれば些細なものだった。
納得いかないと抗議しようと決めた時、最高審査員である独神が拡声の術を使って、会場の人々に伝えた。
「私が選んだ理由はね。単純明快。文句なしで一番美味しかったから。
それに食べる人のことをよく考えてる。野菜や魚って苦手な人が多い食材だけど、これなら食べられるんじゃないかな。
天候や戦でなかなか食料の供給は安定しない現在の情勢を考慮して、身近な食材で飽きが来ない、尚且つ誰でも真似できる料理を出したところに、私は良いなって思ったんだ。
独神の立場から言うと、文句の付け所無し。百点満点!」
独神のありがたい言葉はカネドウジの耳に入らない。
完膚なきまでに打ちのめされた。
料理なんて、ぱっとやってじゃっとすれば、みんな美味しい美味しいと言って喜んでくれる。どうして今日はそうならない。
表彰式の後、大江山の鬼たちに胴上げまでされたが、ぼけーとして身が入らない。
シュテンドウジに「よくやった。二位だって大健闘だろ」と褒めてもらったのに、カネドウジの心は晴れなかった。イバラキドウジも何か言っていた気がするが一切記憶にない。
一番美味しかった、と独神は自分に言ってくれなかった。
二位おめでとう、と言われた気がするが、なにも嬉しくない。
一位に向ける笑顔と二位に向ける笑顔には圧倒的な差がある。
自分にあの笑顔を向けてもらいたかった。そう思うと、ぎりぎりと拳を握りしめてしまう。
このままだと何かを壊してしまいそうだ。
いてもたってもいられないカネドウジは、部屋で休んでいた独神に直撃し直訴した。
「頭! あのさ、も、もう一回!! そう、審査! もう一回してくれね?」
「いやあ……大会自体はもう優勝者は決まっているから覆らないよ」
「いいよ! ただのジコマンゾクってやつ!!」
必死の思いで訴えると、独神はふむと考えてこくこくと頷く。
カネドウジの心に小さな希望の灯が灯った。
「判った。それならいいよ。でも熱心だね。やっぱりシュテンドウジの推薦だから? 実際めちゃくちゃ美味しいもんね!」
────でも頭はアタシの方に札を上げてくれなかったじゃん。
カネドウジの心の中で、複雑な感情が渦巻く。
「あ、アタシは! 二番は嫌なんだ! だって、か、シュテンドウジ様の顔にドロを塗るみたいじゃんよ!」
────アタシは。頭に一番美味しいって、言ってもらいたいんだ。
カネドウジの本心が、ようやく形になったが即座に隠した。
独神はカネドウジの焦りに気づく事もなく、微笑を浮かべた。
「じゃあ、皆には内緒。こっそり延長戦ね。いつ食べる? 今晩? 明日の晩? 明後日なら昼空いてるよ」
「とりあえず今晩! で、駄目だったら明日! それも駄目だったら」
「明後日ね。じゃあ、毎日空けとくから気軽に挑戦してよ」
カネドウジの目が輝いた。
「進化したアタシの料理に吠え面かかせてやるからなぁ!」
「はいはい。頑張ってー。シュテンドウジも喜ぶよ」
この喜びをシュテンドウジのためのものだと思い込んでいる独神は、手をひらひらとさせて退室を促した。
眠そうにする独神の横顔を見ていると、カネドウジはカチンときたがぐっと堪えた。
昼夜忙しい中、毎日時間を取ってくれるのは紛れもなく独神の優しさだ。ありがたいと思わなければ。
そして突然、ある考えに行き着いた。
「(……ん?
ちょっと待って。
まてまてまてまてまてまてまて!!!!
てことはアタシ、毎日、頭と二人っきりの中で飯を食わすってか!?(※二人きりとは言ってない)
じゃあじゃあ! 食べさせるのもアタシ!? アーンってやつ、アタシがするのか!?(※しない)
ままマジかよ……。
え。ヤバ。
料理だけじゃなくそっちの練習もしなくちゃいけねぇじゃねーか!!(※しなくていい))」
カネドウジの頬が赤く染まる。想像の中で、独神に料理を食べさせる自分の姿が浮かび上がる。
「(く~~~~頭めぇ!
次から次へと。どうしてアタシを悩ますんだ????)」
カネドウジは複雑な気持ちを抱えながら、誰もいない台所で料理の準備に取り掛かった。
「(よし、今度こそ絶対に勝つ。頭に認められてやる)」
包丁を手に取り、野菜を切り始めると、不思議と心が落ち着いてくる。
「(頭、アタシの料理の虜にしてやるからな)」
そう呟きながら、カネドウジは独神の『一番』を目指して腕を振るい始めたのだった。
キドウマル
べたっとした空気に悩まされる夏の午後。
襦袢を脱ぎ捨て、浴衣だけになった独神が真っ赤な顔でひたすらに手紙に目を通していた。
手汗を手拭いで何度も拭いながら、暑さにへこたれることなく取り組んでいた。
そこへひょっこり、キドウマルが独神の顔を覗き込んだ。
「……何」
独神は抑揚のない声で問いかけた。
「なんでもねぇ!」
キドウマルは顔をぷいと背け、ズガズガと床板を踏み鳴らして歩き去った。
傍に控えていたアギョウとウンギョウたちが彼の背中を目で追いながら、こそこそと内緒話を始めた。
「あのひと、まだ判っていないのね」
「いい加減覚えなよ。独神サマは鬼じゃないって、ね」
「しつこいひとは嫌われるのに。それだけでなく、怒らせれば鬼になると信じているとか」
「これだから乱暴な鬼は困るよ、ね」
「いっそ、兎耳や犬耳が生えれば良いかもね」
「だよね。独神サマならどっちの耳も可愛いよ。ボクの次に、だけど」
「ねえ」
二人の会話に独神が割り込んだ。
「それいい考えじゃない? 私も二人みたいに耳生やすから教えてよ」
突拍子もない案に二人は顔を見合わせ、同じ笑顔を浮かべた。
「いいよ」「いいですわよ」
後日、二人に用意してもらった”つけ角”を装着し、キドウマルを待ち構えた独神であったが。
「オレのことバカにしすぎだろ!!」
キドウマルは、べちんと可宙紗を床に投げつけた。ぼよんと跳ねた可宙紗はころころと部屋の隅へ転がっていく。
「え!? 偽物だって判ったの!?」
「いや。普通に判るだろ!!!」
判ると思っていなかったことが読まれたのか、キドウマルは更に苛立った様子で詰った。
「大分失礼だぞオマエ。オレのことガキだと思ってんだろ」
そうだよ。
と、アギョウやウンギョウがいれば言っていただろうが、今は部屋に二人きりであった。
若干の気まずい空気が流れると、キドウマルが「だーかーらー」と声を張った。
「オレはさー頭が鬼じゃなくても良いつってんだろーがよ」
キドウマルは目を細めて睨むように独神を見た。
「……本当に鬼じゃねぇの?」
「何度も言ってるでしょ」
どこが鬼じゃなくても良いなのか。
独神は疲れたように答えた。
「聞いても信じられねぇっつーか。なんでオレはこんなに頭が気になるんだ?」
キドウマルは首を傾げている。
「頭もオレのこと気になれよ。不公平だろ」
「そう言われても」
じっと動きを止めたキドウマルは、何を思い立ったか独神に近づいた。
「本当に角、ねぇんだな。隠してねぇよなぁ?」
キドウマルは、独神の額、多くの鬼に角がある辺りを無遠慮に触った。
注意されないのを良いことに生え際をこねくり回しているのを、特に咎めず好きにさせていた。
それがどうしたのか。
キドウマルは急に猫のように飛び跳ね、独神と距離をとった。
「頭! 罠か!?」
「何のこと? 勝手に触っておきながら……」
理解の出来ない行動に呆れて独神は、報告書を一枚とった。
目を通して、必要ならすぐに英傑を派遣しろと言われていたのを思い出したのだ。
「……じゃあもう一回。角じゃねえとこ触っていいか」
「いいけど。触ったからって生えるわけじゃないよ」
「うっせーな。判ってる」
もしゃもしゃもしゃもしゃ
髪の毛が右へ左へと移動し、少しずつ絡まっているような感触を覚えた。
だが相手にしていられない。独神はひたすらに報告書をまとめ、どの英傑をどこに派遣するかを考えていた。
その間、何度も汗を拭い、何杯もぬるい茶を飲んだが、キドウマルの手はまだうろうろと独神の頭部をまさぐっていた。
作業が一区切りし、一息つくと、未だに触り続けるキドウマルに困惑しながら声をかけた。
「えっと。……長くない?」
「はっ」
すぐに手を引っ込めたキドウマルは、弁明の一つもなく部屋を飛び出した。
それからというもの、キドウマルは「角探し」と言って、独神の頭を触りにくるようになった。
「触ってたら生えてくるかもしれねぇだろ」
不審がる独神に圧をかけ、なかなか現れない角を探す。
最初は、探すことが目的だった。
今はそうとは言い切れない。何かしらの衝動に押されて、触ることをやめられなくなっている。
独神は最初こそ嫌そうにしていたが、だんだんと作業の邪魔をしなければ何も言わないようになっていった。
触り方も変えた。
前は思うままに掻きまわしていたが、今は髪が乱れないように流れを気にするようになった。
犬や猫に触れるように、撫でてやることもする。
絶対に角のない後頭部にも手をやるようになった。
仕事に夢中な独神は何をしても無反応だが、時折身体を震わせた。
「生えそうなのか!?」
その度に嬉々として聞くキドウマルに、
「違うよ」
と独神は若干苛立ったように答え、また黙るのだった。
ある日、キドウマルはいつものように独神の頭をぐるりと触っていると、指が耳に触れてしまった。
独神はキドウマルの手を払いのけて声を荒げた。
「なにするの!?」
赤面しながら耳を抑える独神に、キドウマルは狼狽した。
「わ、わっかんねぇ……」
絞り出すように言った。
独神の耳に触れた手が痺れる。
独神の耳の生温かさ、柔らかさが、何度も蘇る。
赤くなった横顔を見ていると、胸がざわめいた。
(なんだこれ……オレ、どうしちまったんだ)
まるで自分の手ではなくなったような手を見つめ、また独神を見た。
今までろくな反応を見せなかった独神が、必死になって冷静さを保とうとしている姿を見て、妙に心臓がうるさくなった。
「悪ぃ……」
小さな声でキドウマルは謝った。
「なんか……当たっちまって……」
「こっちもごめん。くすぐったくって。つい」
いつも通り許してくれているのに、ぎゅっと胸が捕まれたような苦しさを覚えた。
今日はいつになく可愛く見える。
こんなに綺麗な目をしていただろうか。こんなにつやつやとした髪をしていただろうか。
今日まで無遠慮に弄っていた自分に、国宝級の壺を汚い手で触ったような悪行をしでかしたような気がしてくる。
「どうしたの?」
我に返ったキドウマルは独神に怒鳴った。
「なんでもねぇよ!! じゃあな!!」
ただ部屋を出ただけなのに、まるで逃げているように感じていた。
それからだ。
キドウマルはぱたりと執務室に現れなくなった。
アギョウとウンギョウは、ようやく鬼でないと理解できたかと、こそこそ小馬鹿にしていた。
独神はというと、日々の執務に忙殺されてキドウマルのことは考えていなかった。喧嘩をしたわけではないので気にすることはないと思っていた。
一週間程経ち、キドウマルは唐突に執務室へ現れた。
妙に周囲を警戒し、アギョウやウンギョウが不在で、他の英傑もいないことを確信して、ずかずかと独神の前に立った。
「オレ以外に触らせてないよな」
「なにを?」
「角だよ。角!!」
腑に落ちた独神は頷き、自分の額をそっと撫でた。
「ないよ。ないない」
キドウマルは大きな息を吐いた。独神は呆れて言った。
「疑ってるのはキドウマルだけだよ。みんなは私が鬼じゃないって知ってんだから」
「そうじゃねぇ」
怪訝そうにする独神を、キドウマルはわしゃわしゃわしゃと撫でまわした。
「オマエって、頭良いのにバカだよな」
キドウマルは再び大きな溜息をついた。
「他のヤツが適当抜かして触ろうとしても許可なんてすんなよ絶対」
「だから誰もしないって」
「万が一ってことがあるだろうが!」
キドウマルは真剣な顔で言い返した。
「万が一ねえ」
独神は相手にするのを止めて仕事に戻った。
しばらくして、キドウマルは独神の頭を捏ね回し始め、ゆっくりと口元を緩めた。
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