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オジゾウサマ
「爺なもんでな。はっはっはっ」
老年の英傑が笑っている。
同じく長生きのボクはそんなこと言ったことがない。自分からおじいちゃん呼びするなんて可愛くない。それに背の低いボクを勘違いして子供扱いしてくれる方がお菓子を貰えて得だ。
なのにキミの前ではどうしてだか。
「いやぁ。ボクもそれなりにおじいちゃんだからねえ」
するりと自称してしまう。キミはふうんと言って可愛い目をしぱしぱ輝かせてボクを見るのに、遠慮なのか踏み込んでこない。それが寂しいようでほっとするんだ。
怖いんだ。
万一キミが受け入れられなくても澄ましていられるように予防線を張っている。
自分と向き合うことが年々苦手になっていく。
あーやだやだ。歳はとりたくない。
*
「ボクはこっちだと思うよ。……ほら、一応これでもおじいちゃんだからね。無駄に経験があったりするんだよ」
オジゾウサマに指摘され、私はやってしまったと後悔した。
惨めだ。
独神なんて担がれても、中身はただの子供で、知識もなければ経験もなく、オマケに頭も良くない。一血卍傑が出来るだけなのだ。
なのにどうして、私より能力の秀でた英傑たちを統率する立場に立たされるのか。言い伝え通りにと丸め込まれて今に至るが、時折不満を思い出してしまう。
もっと相応しい者が他にいるのに。
先程のオジゾウサマの進言には、私を傷つけないようにとの配慮が感じられ、そのことでいっそう情けなく感じた。
そのような機微に富んだ対応を自然に行える者こそ、真の統率者としての資質を備えているのだろう。
オジゾウサマは見かけは子供だが、発言は思慮深く、緊急時こそ平静を崩さず堂々としている。
私はそんな彼を尊敬し、感謝し、……心が沈んでいく。
*
独神くんが久しぶりにボクたちの遠征についてきた。なんでも現地の有力者に呼びかけ、町の一つを補給地として提供して欲しいんだとか。
「でもボクらに任せてくれて良いんだよ? ここらへんも結構危ないんだから」
「相手に信用されるには、私自身が行くのが良いと思って。補給地なんて悪霊に優先的に狙われる場所を作らせてもらうのに、私が安全圏でぬくぬくしていちゃ協力なんて仰げない」
「それはあるけどね~」
勇ましいけれど危なっかしいのが難点だ。
独神くんは旗手なのだから、怪我一つで英傑の士気を下げ、周囲の者たちの不安を増幅してしまう。
安全圏でぬくぬくしてくれた方が、ボクらは安心だけれど、やる気のある若者の邪魔をするのは憚れる。
それに、独神くんがこうやって表に出てくれると、英傑たちのやる気は上がる。実際ボク自身もお出かけみたいで嬉しくなってしまう。
町へは特に何事もなく到着し、有力者との話し合いもこちらが望んだ形で終わった。
やはり独神くん自ら足を運んだことがきいたようだ。立場に胡座をかいて慢心せず、不撓不屈の精神で物事に取り組む彼女の仕事ぶりは尊敬に値する。ボクは過去に得た知識や経験でなんとなく上手く世の中を生きているだけだから。
話し合いを終えた独神くんは町民たちに今後のことをお願いしに各家を訪問し、世間話や今後の不安や疑問について根気よく言葉を交わしていた。ボクら英傑はその間は帰還に向けて休憩をとる。
その時に皆と雑談すると、誰もが独神くんの働きを称賛した。普通の統率者はここまでやらない。民と近づきすぎれば、その分心ないことも言われるし、様々な立場の感情に触れることで悩む事も増えてしまう。
でもボクらの独神くんは、それを理解した上で民の言葉に耳を傾ける。凄いよ、彼女は。
「ごめん。遅くなっちゃった」
「大丈夫だよ。夜までには本殿に着くからね」
荷物をまとめて町を出ようとしていた時だった。空気が凍りつくような悪寒が走った。それぞれが武器を構えると想像通り、悪霊たちが襲来してきた。独神くんの声が町中に凛と響き渡る。
「皆は悪霊をお願い。町民の避難は私が!」
その声に応じるように、英傑たちが素早く動き出す。独神くんは慌てふためく町民を宥めながら的確に誘導している。ボクらが手を貸す必要はなさそうで、目の前の戦闘に集中できた。
悪霊の数はそれなりにいたが、全員が怪我をすることなく戦いが収まった。静寂が戻ってきた頃、ボクは独神くんの姿を探した。町の片隅で彼女を見つけたとき、ボクの心臓が跳ねた。彼女の美しい着物が、鮮やかな赤で染まっていたのだ。
血の気が引く思いで駆け寄る。
「怪我してるの!?」
独神くんは腕を押さえながらも、凛とした笑顔を浮かべた。
「全部返り血。だから心配しないで」
ボクの直感は違うと告げていた。
「嘘。いいから見せて」
ボクの懇願に、独神くんはついに折れた。おとなしく腕を差し出す彼女を見て、胸が締め付けられる。
ボクは手当てに使っても良い家を借りた。ボク以外の英傑は、他の町民の傷を確認したり、壊れた家屋の修復をしている。
床に座り込んですっかり大人しくなってしまった独神くんの手当てをしながら、ボクは静かに語りかけた。
「独神くんは頑張り屋さんで凄いけど、ちゃんと人を頼るべきだ」
独神くんは首を振った。その瞳は強い意志が見える。しかしボクには、その奥に不安が隠れているような気がしてならない。
「意固地だなあ」
ボクは優しく諭す。
「若いんだから気にせず頼っちゃえば良いんだよ。みんな喜んで手を貸すんだからさ」
独神くんの表情が曇る。眉を顰め、口元を歪めて言った。
「人を頼ることを前提にしたくない。いつまでも若くいられないんだから」
その言葉に、自分の言葉が彼女を傷つけてしまったことを悟った。言葉を探る間もなく、独神くんは悔しそうに続けた。
「若輩者の私じゃ主なんて務まらない。今の私じゃ、皆の期待に応えられない……」
その言葉に、ボクの中で何かが弾けた。
「違うよ!」
思わず叫んでしまった。その勢いのまま続ける。
「独神くんは今のままで良いんだ。だってキミまで歳をとったら立派過ぎて、ボクの格好悪いアレコレがバレちゃうじゃん!」
言葉が口をついて出た瞬間、後悔が押し寄せた。
顔を両手で覆う。
隠しようのない自分の浅はかさに、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。
長い沈黙の後、独神くんの驚いた声が聞こえた。
「……え。オジゾウサマってそんな子供みたいな、あ、いや違うけど」
「悪かったのう。見た目通りの子供で」
ボクは恥ずかしさのあまり、ふてくされるように言った。独神くんの表情が緩む。
「意外」
柔らかな笑みが浮かんだ。
さっきまで自分のことで苦悩していたはずなのに、今やこの情けない老人を、優しさと親しみの混ざった目で見ている。
「強がってたのが馬鹿らしくなっちゃった」
独神くんは大きく伸びをした。
「……やっぱりオジゾウサマにはかなわないなあ。さっきのだって、私の気を紛らわせるための冗談でしょ」
その言葉に、ボクは複雑な思いを抱いた。独神くんは、ボクの本音を立ち直らせるための演技だと勘違いしている。独神くんより少しだけ大人なボクは、にっこりと微笑んで嘘をつく。
「ふふ。お陰で肩の力が抜けたでしょ?」
「まんまと転がされちゃったよ」
すっかり機嫌を直した独神くんは、ボクの肩に寄りかかった。その温もりに、ボクは安堵と共に、ほんの少しの後ろめたさを感じた。
独神くんはまだまだ素直でいて。何にも真面目に突っ走って欲しいよ。その輝きを見ているとボクまで若返った気になるんだ。
……なんて、年寄りの我儘だねえ。
そう思いながらも、ボクは独神くんを支える腕に力を込めた。
「……そうだ。町の皆は不安がってる。今後はこういう襲撃が当たり前になるんだから対策を練らないと。いや、その前にみんなの不安を聞く方が大事だよね。急がなきゃ」
ボクから離れて走っていく独神くんは、最高にかっこいいボクらの主だ。
カグツチ
執務中、ふっと来訪者が途絶えた。
廊下の足音は消え、静寂が二人を包んだ。緊張が走る。
人の気配がないと確信した二人は顔を見合わせてそっと指を絡ませた。
独神の頬が薄紅色に染まって女の顔に変わりゆく様子にカグツチは息を呑んだ。普段は威厳に満ちた姿をした統率者が、今は柔らかな果実を思わせる。
炎のように一気に広がる衝動を理性で抑えるが、長く持ちそうにない。掠れた声で尋ねた。
「……やっぱ、ダメだよな? でも主がいると、オレ」
カグツチの言葉に、独神もまたそわそわした様子で首を振った。
「そういう顔しないで。ずるいよ」
甘ったるさと切なさが声に滲む。
二人は甘い緊張感の中周囲に気を配り、相手の顔を何度も見た。目が合う度に期待が高まる。
誰も来そうにない。
大きかった心臓の音が気にならなくなった頃、二人はゆっくりと顔を寄せた。唇が触れ合う寸前。息遣いが荒くなり、互いの温もりを感じる。
ギシッ
床板が軋む音と同時に二人は離れた。
互いに顔を背けて何もない素振りを見せるが、赤い顔が隠せていない。
廊下を駆ける音が遠くに行くまで、二人は微動だにせず感情を抑え込む。
再び他人の気配が消えると、独神が零した。
「……こっちだけにしよ」
繋いだ右手の人差し指でトントンとカグツチの手を叩いた。人の気配を感じた時も手は離さないままだったのだ。
「けど、これじゃオマエ書けなくねぇか?」
「大丈夫。左でも書けるから」
左手で筆をとり、さらさらと書き始めた。紙の上ではみるみる達筆な文字がつづられる。
カグツチの視線は筆先ではなく、指の方に釘付けだった。
「作って良かった」
カグツチの言葉に、独神はややあって視線が注がれていたものに気づいた。左手の甲を傾けると、薬指にはめられた銀の輪が光を反射した。
「指輪ね。面白い文化よね。誓いを形にするだなんて。指に着けるというのがまた良いよね。日常生活で邪魔にならないし、作業の時にも目に付くし、金属の重みや硬さが存在感を放っていて、とにかく良いのよ」
アスガルズ界の風習で結婚した相手とお互いに指輪を交換し、左手の薬指にはめるのがある。
鍛冶の神であるカグツチは、独神の為にと自作したのだ。
目立ち過ぎないようにと白銀だけを使い、凝った意匠が施されている。大雑把なカグツチであるが、制作の時には細かな作業を物凄い集中力を持って行うのだ。
「オレも自分のが欲しいんだけど」
独神は言葉に詰まった。
「い、いやぁ、カグツチにあげるんだし? ちゃんとしたものにしたいなーって……」
「オレは主がしてくれるならなんでも良いって言ってるだろ!」
「なんでもってわけにはいかないでしょ?」
カグツチが作ったように、自分も作ると言った独神であったが、日々の仕事もあって制作は殆ど進んでいない。一生大事にすると言われているのに下手なものは作れない。それに自分が貰った指輪の技術を見せられては、子供の玩具のようなものをあげるわけにはいかない。加えて独神は、あまり手先が器用ではなかった。意匠も思いつかない。
そんな要因が重なり、未だに渡せていない。
「それについては、もうちょっと待って」
「頼むぜ。オレめちゃくちゃ楽しみにしてんだからな!」
太陽のような笑顔を向けられると余計に重圧なのだが、独神は笑みを浮かべてうんうんと大袈裟に頷いた。
「指輪の代わりに今日は別のものをあげる。手を出して。目も瞑ってね」
カグツチは言われた通りに手を差し出した。独神は素直に手を出すカグツチにときめきながら、左手で筆をとった。さらさらとその手に書いてやる。
「いいよ」
そっとカグツチが目を開くと、手のひらには「だいすき」と書かれていた。
「主……」
カグツチは声を震わせて呟いた。
独神の仕草の一つ一つが胸に響く。痛いくらいに。
飾らない好意が惜しまず自分に向けられ、独神の全てが愛おしい。
「オレも、主のこと、すっっげーーー大好きだ!」
カグツチは精一杯の想いを言葉に乗せた。
「つか、可愛すぎてどうしたらいいか判らねぇ」
繋いだままの手をぎゅっと握った。にこにこ笑う独神を見ていると、なにかがぷつんと切れたような気がした。カグツチは獣のように独神に飛びつき、組み敷いた。
呆けた顔をする独神に口付け、舌を差し入れた。ぬるついた舌を擦り合わせて吸い付く。
独神はカグツチの身体を押し返していたが、カグツチはびくともしない。構いもせず、口付けを繰り返した。乱れていく衿をなぞり、胸の膨らみを掴んだ所で、舌に痛みが走った。反射的に引っ込めると血の味が広がった。
「駄目。カグツチ。駄目だよ」
独神は、主の目でカグツチを射貫いた。
カグツチは急いで独神から距離をとり、背筋を伸ばして正座した。
独神は襟元を直しながら、優しく話しかけた。
「うん。がまんできてえらいね。あと、びっくりさせちゃってごめんね。痛かったでしょ」
ぶんぶんと、カグツチは首を振った。目を見開き機械のようにぎこちない。
「後でたくさんさせてあげるから。お昼の間はがまん。……いい?」
「判った……りました」
主に叱られしゅんとするカグツチに、独神はゆっくりと語りかけた。
「判ったなら大丈夫。おいで」
両手を広げるが、カグツチはすっかりへこんでしまってやってこない。
来ないのならばと、独神がカグツチに近づき、頭を胸に引き寄せて抱きしめた。
「悪いことしたわけじゃないよ。時間が早すぎただけ」
ぎゅーっと腕の力を込め、わしゃわしゃと頭を撫でてやった。
「主……悪ぃ」
「いいって。私のこと、好きでいてくれただけだもん」
「……いや、そっちもだけど、そっちじゃなくって……」
「どうしたの?」
判っていない独神に、言いづらそうに言った。
「そうやって押し付けられると、また…………っちまう、から」
「あ」
独神はさっとカグツチを解放した。ちらっと見ると確かに膨らみが大きくなっており、気まずい空気が流れた。
「なあ主。やっぱオレお伽番向いてねぇ」
「なんで!?」
「生殺しすぎるだろ! こんなに近くに主がいるのに何も出来ねぇし! 主のことしか考えられねぇし! ……けど、離れてても主のことばっか考えちまう」
「………………。ご、ごめん、ね?」
独神は嬉しさと困惑の中間の顔を向けた。
「…………でも、お伽番はやめちゃ駄目」
カグツチはぎゅっと目を瞑った。
生殺しの辛さと、独神と二人きりでいられる時間とが天秤にかけられ、カグツチを大いに悩ます。
「いや……でも……」
「主は私よ。私が良いなら良いでしょ?」
「本当に良いのかぁ……?」
「いいって」
「そっか。……へへっ。オレも主といる方が楽しいからな。嬉しいぜ」
カグツチは満面の笑みを浮かべた。
……しかし、他の英傑たちからうらやまけしからん、気まずい、むかつく等の苦情が大量に寄せられ、結局カグツチは二度と御伽番に任命されることはなかった。
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