八百万界奉物語~白銀の空に願を重ねて~

◇ササキコジロウ



 ヌラリヒョンからある英傑の鍛錬を見てやってほしい、と独神は頼まれていた。
 なんとなく誰を指しているかは判っていた。
 独神はコジロウを見つけて声をかけた。

「少し良いかしら」

 コジロウはゆっくりと近づいてきた。
 その表情には少しの緊張が浮かんでいる。

「討伐で、」
「待ってくれ。渡すものがある」

 言葉を遮るようにして、コジロウは小さな箱を独神に押し付けた。
 
「日持ちはしないから今日中に食べてくれ。ではな」

 用件だけを簡潔に伝えたコジロウはすぐに立ち去った。
 独神は困惑しながらも、箱を開けた。
 中にはきめ細かな細工が施された結び飾りの形をした和菓子が入っていた。
 独神は一口口にして、その味わいに目を見開いた。

「……なによこれ。こんなに細かい装飾で、しかも美味しい……」

 一見粗野に見えるコジロウだが、その手先の器用さは群を抜いていた。
 繊細な工程を要する装飾が見事に再現されている。
 独神の胸がじんとなった。素直に感想を言いたい気持ちが湧き上がる。

(感想くらい聞いていってもいいじゃないの。自信がなかったのか。照れ臭かったのか知らないけどさ。あとでちゃーんと言ってあげないと)

 独神は意地悪したくなる気持ちを抑えきれず、そう呟いた。



◇アシヤドウマン



 コジロウの和菓子を食べ終わったころ、独神は式神に呼ばれた。

(きっとそういうことだろう)

 独神は式神の導く場所へと向かった。

主人あるじびと)

 待っていたのは、正装をしたアシヤドウマンだった。
 普段の装いとは違い、厳かな雰囲気を纏っている。

「やはりこういう時は普段の服ではない方が雰囲気が出るだろう」

 と、言った瞬間、厳かな雰囲気は少し崩れた。
 だが、その真面目さは伝わってくる。

「受け取ってくれ」

 アシヤドウマンは独神に小さな箱を差し出した。
 独神はその箱を受け取り、じーっと見つめた。

「……あ、開けろと言わないと駄目か?」

 慌てたように言うアシヤドウマンに、独神は少し笑って箱を開けた。中には深紅の和菓子が入っていた。

「アシヤドウマンの髪の色みたいね」
「そう見えるか!?」

 アシヤドウマンは嬉しそうに目を輝かせた。

「オレの思いの丈を主人あるじびと)には判ってもらいたかったからな。オレにした」

 その言葉に、独神は思わず笑みを浮かべた。

(凄いな。綺麗なものが続いていたから、ちょっと、いや結構びっくりした。自分だなんて)

「食べて大丈夫なもの?」
「俗世では茶菓子を食べる以外に何かあるのか?」
「ないけど……」

(私の方が馬鹿みたい)

 独神は和菓子を口に入れた。

「うん! 酸味があって美味しい。いいわね」
「だろ? オレの手にかかればこのくらい当然のことだ」
「当然なの……?」
「そうだ」

 アシヤドウマンの自信に満ちた態度に、独神は思わず微笑んだ。
(これは、他の人に聞いてみたいな)
 どう揶揄おうかと考えていると、ふいにアシヤドウマンが真面目に言った。

「……最近忙しいのは知っている。甘味は疲れにいいのだろうが、あまり食べすぎるなよ。時には酸味のあるものを食べると身体にもいいそうだ」

 と言って、アシヤドウマンは式神に乗って、どこかへ去っていった。
 独神はその言葉に、不覚にも心を打たれた。

(あのアシヤドウマンが私の身体を気遣うなんて)

 独神はぽつりと「揶揄うのはやめてあげるか」と零した。



◇霞月



 夕暮れ時、独神のもとに予想外の訪問者がやってきた。桜霞亭おうかてい)の店主、霞月だった。

「こんにちは霞月さん」
「独神様。ご無理を言って申し訳御座いません」
「無理だなんて。まさか桜霞亭おうかてい)の店主に来てもらってこっちが悪いくらいですよ」

 霞月は微笑み、独神に小さな包みを差し出した。

「いいえ、今日はどうしてもお渡ししたかったのです」

 包みを開けると、中には質素な見た目のまんじゅうが入っていた。
 特別な装飾もなく簡素なそれは、市場で売られているありふれたものにも見えた。

「地味でしょう?」
「いえ、そんなことは」

 独神の言葉に、霞月は穏やかに笑った。

「いいんですよ。……今日は初心にかえったものを、と思ったので」
「……食べても?」
「もちろんです。その為に作ったのですから」

 独神はまんじゅうを一口かじった。
 素朴な風味が、懐かしい記憶と共に広がっていく。

「……美味しいですよ。店で食べるのとは違って」
「家庭的にしましたの。独神様はそういうの、好きでしょう?」

 霞月の言葉に、独神は思わず笑みを浮かべた。

「……さすがですね」
「昔、何個も食べて下さいましたよね」
「出てる茶菓子は全部食べて良いと思ってたんですよ。そしたら、そういうものじゃないって。ただはしたないだけだったとか、最初は気づきませんって」

 そう言いながら、独神はぱくぱくとまんじゅうを口に運んだ。霞月はその様子を優しく見守っている。

「霞月さん、うちの英傑達がお世話になりました。何日も指導していただき色々ご迷惑かけたでしょう」
「いいえ。愉快でしたよ。皆様、独神様のことが心からお好きなのですね」

 霞月の言葉に、独神は少し照れくさそうに微笑んだ。

「……天女の私は、独神様のお傍には行けませんが、ずっと応援していますよ。だから疲れた時はまたうちへいらして」
「ありがとう。また寄らせてもらいます」

 独神が片手を上げると、霞月はなつかしむ気持ちでそれを見つめるのだった。



◇ハットリハンゾウ



 夜になり、独神は一日の疲れを癒すため、部屋に戻った。
 
(さて、もう今日はあらかた返礼の品を貰った。今年はみんなバラバラだったな)
 独神は蒲団に身を横たえた。
 だが、目を瞑ることが出来ない。
 もう一人、桜霞亭おうかてい)へ修行に行った英傑を知っているからだ。
 当人は今朝がた斥候にいってしまった。
 自分は起きて待っていた方がいいのだろうか。
 そう悩みながらも、独神は目を閉じた。しかし、結局朝まで寝られなかった。
 薄明るい部屋に、突然影が現れる。

あるじ)、今日は早いな」

 ハンゾウの声だった。

「まあね」

 独神は微笑みながら答えたが、ハンゾウはじっと独神の顔を見つめていた。

「違う。寝ていないのか」
「少しは寝たよ。途中起きただけで」

 独神は普通に嘘をついてしまった。

「……どうせ何も食べていないのだろう。ちょっと待ってろ」

 そう言って去ると、すぐに戻ってきた。手にはお茶と握り飯。

「和菓子じゃないじゃん!!」

 独神は思わず声を上げてしまった。
 ハンゾウは珍しく驚いた表情を見せ、それから納得したように「そうか」と呟いた。

「そんなに俺の物が欲しかったのか?」
「そんなところ」

 つっけんどんに言うと、ハンゾウはふっと笑った。独神はその表情に驚く。
 ハンゾウがしっかり笑うことなど、滅多にないからだ。

「冗談だ。なら待っていろ」

 すぐにハンゾウは戻ってきた。今度は小さな箱を手にしている。

「これいつの?」
「食べられるものだとは言っておく」

 独神は箱の中の和菓子を口に入れた。それは上品な甘さを持ちながらも、どこか引き締まった味わいがあった。

「あっさりしてる」
「ああ。飽きが来ないものをと思ったからな」

 独神は頷きながら、和菓子の味を噛みしめた。

「……俺の和菓子は時間を置いた方が深みが出るものだ。だから昨日渡すつもりはそもそもなかった。気を遣わせたようだがな」
「それは私が勝手に期待してただけだから気にしないで」

 ハンゾウはふっと笑うと、次の言葉を告げた。

あるじ)。これからも役に立ってやる。だから。……しばらく世話になる。他の忍たちもろともな」

 そう言い残して、ハンゾウは去っていった。
 独神は安堵の表情で寝転んだ。

(…………私も和菓子、作ろっかな)

 春の日差しの中、独神はそっと目を閉じた。
 桜霞亭おうかてい)での修行は終わりを告げた。
 だが、和菓子を通じて結ばれた絆は、これからも続いていく。

◇◇終◇◇





オマケ-設定-



『霞月(かづき)』

八百万界で最高の和菓子職人として知られる天女。
外見は20代後半くらいに見える清麗な美人だが、実際の年齢は数百歳。数千歳かもしれない。聞くと笑顔で圧をかける。
物腰は柔らかいが、和菓子作りに関しては厳格。
「和菓子は食べる人の心を映す鏡」が口癖。
独神のことは昔から知っており、密かに応援している。
ちょっとおっちょこちょいな一面もあり、たまに失敗をする愛らしさも。


天女の菓子処『桜霞亭(おうかてい)』

常に桜が舞う幻想的な空中庭園の中心にある和菓子処。
外からは普通の老舗和菓子屋に見えるが、中に入ると別世界が広がっている。
菓子を作る部屋は四季の気配が同居する不思議な空間。
材料は天上の畑で採れる特別なもの(例:月光で育つ小豆、天の川の水など)
庭には様々な和菓子の妖精たちが住んでいる。
廃棄商品は畑の肥料に使われる。SDGs。

はい、2025年ホワイトデーの話でした。祭事的な。

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