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◇◇最終話◇◇
白い返礼の日の朝。
春の日差しが、八百万界に降り注いでいた。
◇キッショウテン
キッショウテンが独神の元を訪れたのは、朝一番のことだった。朝日が昇り始めたばかりの清々しい時間、彼女は庭先で深呼吸を繰り返していた。
「主さま!」
清らかな声で呼びかけると、独神が姿を現した。
キッショウテンの胸は高鳴る。
(早朝なのに。もう貰っているの!? どうしよう。今渡すのは迷惑じゃないかしら。相手のことを考えるって霞月さまもおっしゃってたし。でも、うちが作ったこの和菓子どうしても食べてもらいたい)
心の中で葛藤しながらも、キッショウテンは勇気を振り絞った。
「こ、ここここれ!! もらってくだひゃぁあ!!」
緊張で変なことを言ってしまった自分に赤面するが、後には引けない。
独神は両手で箱を受け取り、ありがとうとキッショウテンの目を見て言う。キッショウテンは思わず視線を逸らしそうになった。
「どれどれ〜。へえ、和菓子なのね! 良かった。最近ハマってるのよ。桜霞亭って言って────」
(存じております……。多分、主さまよりもず~っと。言った方が良いのかしら。うち一人が作ったってわけではないから…)
少し迷った後、キッショウテンは言った。
「はい。桜霞亭の霞月さまに師事しましたの」
「そうなの!? すごいわね」
独神は箱を開け、中の和菓子をじっくり見てくれる。キッショウテンの少し変な形の和菓子を。
頑張らなかったわけじゃないが、彼女はやっぱり不器用で、整然とした形は作れなかった。花びらだって不揃いだ。
(才知溢れる英傑達をとりまとめる主さまには、子供の泥団子の方が綺麗に見えるかもしれない。……やっぱりうちは、離れて見ている方が良い。自分が当事者になんてならなくていい)
いつもならそう思って一歩下がっていただろう。
「うち、すっごく頑張ったんですの!」
本音をしっかり口にすると独神は……笑った。優しさに満ちた笑顔だった。
「じゃあ今食べてもいい?」
「そ、それは…………!!」
キッショウテンは少し考えた後に頷いた。
「ど、どうぞ……お口に合うかは判りませんが」
「大袈裟ねえ」
独神はぱくっと和菓子を口に入れた。一瞬の静寂の後。
「……。ほら。大丈夫だったでしょ」
「良かったぁ……。ってちゃんと味見はしていたので危ないものはお渡ししていないんですけれど!」
独神は笑っている。その笑顔にキッショウテンの緊張も少しずつ溶けていく。
「形作るの大変だったでしょ。キッショウテンは細かい事苦手だから」
「う」
そこを指摘されると痛い。キッショウテンは思わず顔をしかめた。
「見てびっくりした。キッショウテン、凄く頑張ったんだなって。このツバキなんておしべのところもしっかり作ってる」
「ないとツバキに見えなかったのと、うちが思うツバキには必要と思って……」
(難しいなら手出ししない方が良い。基本的なところも下手くそなのに、余計なことをしないほうが幾分見られる物になる。でもそうじゃないって思ったから……)
改めて見る自分の不器用さに嘆くキッショウテンに、独神は優しく微笑んだ。
「こんなにしてもらって、私は幸せものね」
独神は微笑んだ。その笑顔に、キッショウテンの心が軽くなる。
「あ、あの主さま」
言い淀むキッショウテンが話すのを、独神は静かに待っていた。
キッショウテンは息を整えた。
「また、作ったら食べてもらえますか?」
「勿論」
間髪入れずに返って来た返事に、キッショウテンの心は春の花のように明るく開いた。
◇アタゴテング
風の気配とともに、アタゴテングの姿が現れた。
まるで風と一体化したかのように、独神の側に静かに佇む。
「主君。探したよ」
「アタゴテング。用なんて珍しいじゃない」
するとアタゴテングは少しだけ視線を落として。
「それは僕が主君を必要としていないということか」
「違うよ! だってアタゴテングって私が探す時ほぼ見つからないし……。気付いたらいるのは確かだけど」
「僕は風といるから」
「そういうところよ……」
呆れながらも笑っている独神の表情に、アタゴテングの心も穏やかになる。
アタゴテングは箱を差し出した。風に乗せるようにして、独神の前に捧げる。
「開けて貰っていいだろうか」
「ええ」
独神が箱を開けると、中の和菓子が優雅に空中を舞い、独神の手のひらへと静かに降り立った。
掌の和菓子は踊っているようだった。
「……可愛い」
その和菓子は澄んだ青と深い緑が混ざり合い、森の中の風を感じさせる色合いだった。
「風と共に作った。山の香りを、主君へ」
アタゴテングは少し照れくさそうに微笑んだ。
独神が一口頬張ると、表情が明るく輝いた。
「木の実を入れたのね。良いわね、香ばしくて。しっかり香ってくる」
「それは、僕の気持ちが届いたということだろう」
アタゴテングの顔に、嬉しそうな表情が広がる。
独神の周りに風が優しく渦巻いていた。
まるで独神を抱きしめるように。
「いつも僕は傍にいる。困った時は必ず。約束するよ」
言葉を残すと同時に、アタゴテングの姿は風と共に消えていった。独神はその場所をしばらく見つめていた。
「……すぐいなくなるのも、照れ臭いのかな」
答えはない。
だが、独神の髪を撫でる風の中に、彼の返事があるようだった。
◇ヌラリヒョン
日も高くなったころ、ヌラリヒョンは花廊にいた独神に話しかけた。
「主、茶でもどうだ。いいものが手に入ってな。一杯目は其方と飲もうと待っていたのだ」
(さっきから続けて和菓子を食べたし、少し口をすっきりさせたいかも)
独神はそう思いながら、笑顔で応じた。
「うん。行くよ」
「丁度良い時にくるなあ」と思いながら、独神はヌラリヒョンの案内で部屋へと向かった。
そこでは既にお茶の準備が整えられており、ヌラリヒョンは独神に一服のお茶を丁寧に淹れて差し出した。
「……。うん。今回のちょっと苦いね。そういうもの?」
「其方最近よく寝てしまうといっていたのでな。少し癖のあるものにしておいた」
「ありがとう。気が利くね」
独神の言葉に、ヌラリヒョンは嬉しそうに目を細める。
「ついでに茶菓子はどうだ」
口もさっぱりしてきた独神は、差し出された白玉のぜんざいを口に運んだ。
「美味しい。お茶が進むね」
白玉をよく見ると、その表面はきらきらと輝いていた。月光を閉じ込めたような神秘的な煌めきだ。
「……凄く綺麗」
じっと見つめる独神に、ヌラリヒョンも満足げに微笑む。
この微笑んでばかりの妖に、独神はぴしゃりと言った。
「……これが血代固の日の返礼だって気付いているからね? お茶まで出して誘導してたけど」
「はは。やはり気づかれていたか」
二人は顔を見合わせて笑った。
お互いを良く知る者同士の、温かな空気が流れている。
「ありがと。色々考えてお茶も組み合わせてくれたんでしょ」
ヌラリヒョンは明言しない。だからこそそうなのだろうと、独神は思った。
「おまんじゅうにならなかったの?」
「なったぞ。大量にな。だが最終的には」
目の前の物をさしながら、ヌラリヒョンは意味深に微笑む。
「そっか」
独神は優しい目をしてヌラリヒョンを見つめた。
長い付き合いの中で培われた信頼が、その眼差しには込められていた。
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