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◇◇第六話◇◇
「心を映す、と言われましても」
キッショウテンは空へ昇っていく餡を必死で押さえながら言った。
その表情には戸惑いが浮かぶ。どれほど力を込めても、キッショウテンの思いとは異なり餡はふわりと宙に浮かぼうとする。
「本来なら、数年かけて少しずつ心を整えていく修行なのです」
霞月は妖精たちに目配せをする。
妖精たちは喜んで舞い降り、英傑たちの餡に光を放った。
キラキラと輝く光の粒子が、それぞれの餡に降り注ぐ。すると、それぞれの餡が一旦元の状態に戻った。
透明だったものは白く、浮かんでいたものは手元に、霧に包まれたものはくっきりと姿を現わした。
「練習のために補助します。ですが、すぐにまた元の状態に戻ってしまいます」
霞月の言葉通り、餡は再びもにゅもにゅと動き始めて、異変の兆候を見せていた。
「なぜ、こうなる?」
アシヤドウマンが問う。
透明になった練り餡を、不満げに見つめながら。
「そうですね。では、一つずつ見ていきましょうか」
霞月はまずアシヤドウマンの元へ。
「あなたの場合、自分の想いを隠そうとしているため、練り餡まで透明になってしまう」
「オ、オレが!? そんなはずは……!」
周囲もまたあれだけ主張が激しいのに何を隠すのかと疑問だったが、アシヤドウマンが黙り込んだ様子を見て指摘が本当のことだと気付いた。
となると、自分たちも言い当てられてしまう。
霞月はキッショウテンの元へと移動した。空へ舞い上がろうとする練り餡を、必死に押さえ込もうとしている彼女の姿に、優しい視線を向ける。
「キッショウテン様は、想いが強すぎるあまり、舞い上がってしまう」
「そ、そうなのですか?」
キッショウテンは顔を赤らめた。
ベンザイテンと独神の間で揺れる心が、練り餡を羽ばたかせていたらしい。
それは彼女自身も気づいていたことのようで、その言葉に深く頷いた。
「ハンゾウ様の練り餡から立ち上る霧は、きっと何かを包み隠そうとする心の表れ」
ハンゾウは答えず、ただ練り餡を見つめている。
「あら? コジロウ様の餡は少し安定してきましたね」
霞月は驚いたように目を見開く。
確かに、先ほどまで縮こまっていたコジロウの生地は、わずかながらも柔らかさを取り戻していた。
「……刀と同じだ。余計な事は考えるな、と」
コジロウは、真剣な眼差しで練り餡に向き合っていた。
(主に余計な重荷を背負わせてはいけない。この菓子も、アシヤドウマンのついでで考えて貰えば良い。そう思っていたが、どうやらそれは見抜かれてしまうようだからな。俺も自分の欲に正直になってしまおう。あの主だからな。俺がどれだけ心配しようと、笑顔で受け取ってくれるだろう)
霞月は表情の変わったコジロウに微笑むと、次はアタゴテングの作業台……の上空を見た。そこでは練り餡が風に乗り、形を変え続けている。
「アタゴテング様は、むしろ才能かもしれません。コツがあるのですか」
「風が全て教えてくれた」
アタゴテングの練り餡は、風に乗って美しい模様を描いていた。
余計な力を入れることなく、ただ風の流れ、つまりは心の流れに身を任せているようだった。
「ヌラリヒョン様は……相変わらずですね」
最後に霞月が訪れたのは、月見だんごが並ぶヌラリヒョンの作業台。
彼は楽しげに笑いながら、自分の作品を眺めていた。
「はっはっは。これはこれで美味しいのだから、良いではないか」
確かに、月見だんごは完璧な出来栄えだった。
本来の目的とは違えど、その仕上がりは一級品と言えるものだった。
月光小豆は本来心の機微に看過されて変化するものなのではあるが。
本当の心を隠しきり、本人さえも自覚出来ないものならば、あるいはこういうこともあるのかもしれない。
霞月は深入りせず、見守ることにした。
餡に苦戦する英傑たちであったが、これから幾度となく壁にぶつかることになる。
はたして、独神が食べられる和菓子が出来上がるのか。
◇◇第七話◇◇
それから数日が経過した。
英傑たちの修行は続いていたが、進捗は芳しくない。
「はぁ……」
キッショウテンは、また空へ浮かんでいく練り餡を見上げながら溜息をつく。
何度試しても、練り餡は彼女の手を離れ、天井へと舞い上がろうとする。
「あ、でも昨日より浮く高さは低くなりました!」
「そうですね。少しずつ、でも着実に進歩されています」
霞月は励ますように微笑んだ。
アシヤドウマンの作業台の前では。
「くっ! オレの餡が、また透明に……!」
いくら睨みつけても、練り餡は姿を消したまま。
手の中にあるはずの練り餡は、まるで空気のように見えなくなっていた。
毎日この調子でアシヤドウマンは苛立っていた。
「主人への想いを、隠す必要などないのに」
その呟きに、ハンゾウが一瞬だけ視線を向けた。
「……」
ハンゾウの練り餡からは、相変わらず霧が立ち込める。
その霧は、まるで彼の心を表すかのように、誰も近寄れない壁となっていた。
独神の名が出る度に、その霧は僅かに揺らめくのだった。
(厄介な。原因に見当はついているがどうすることも出来ない。まあ、他のヤツらも似たようなものだがな)
アシヤドウマンは舌を打ちながら、自分より先へ進んでいこうとするコジロウに話しかけた。
「貴様は何故そうも出来るようになった?」
「さあな」
コジロウの返事は素っ気ないが、その手元は安定している。
「ただ、目の前のことだけを考えればいい。俺だって判っているわけじゃないから話半分に聞いておけよ」
「オレは毎日餡のことしか考えていない! ……って、オレの餡がまた!」
透明になった餡を探すアシヤドウマンとは違い、アタゴテングは空中で楽しそうにする餡と戯れていた。
初日から彼は他の英傑達よりもずっと、和菓子との相性が良かった。
「アタゴテング様の腕前は、目を見張るものがありますね」
霞月は感心したように見ている。教えることは殆どなかった。
「風は正直でね。余計な迷いを寄せ付けない」
アタゴテングの練り餡は、初日よりも本物に近い桜の形を作り出していた。
「む? 今度は大福になってしまった」
ヌラリヒョンの作業台では、相変わらず予定外の和菓子が次々と完成する。
だが、そのどれもが完成度の高い仕上がりではあるが、指示されたことは一切達成できていない。
「これはこれで、面白い才能かもしれませんね」
霞月はこの現象に首を傾げながらも、その出来栄えの良さに目を細める。
そんな彼らの様子を、和菓子の妖精たちが興味深そうに覗き込んでいた。
小さな光の粒子となって、英傑たちの周りを飛び回る。
時折、手助けをしようと舞い降りては、霞月に制止される。
「今は、自分たちの力で乗り越えてもらわないと」
修行の道は、決して平坦ではない。だからこそ、自分の力で乗り越えることに意味があるのだ。
和菓子を作ることは、自分の心と向き合うこと。
想いを形にすることは、その想いと正直に向き合うことなのだから。
英傑たちは、それぞれの壁に直面しながらも、少しずつ前に進んでいた。
◇◇第八話◇◇
「もう駄目だ!」
アシヤドウマンが突然、作業台を叩いた。
その音は作業場全体に響き渡り、一瞬の静寂をもたらした。
「オレには無理だ。透明になるだけで形を作る以前の問題だ!」
いつもは自信に満ち溢れているアシヤドウマンの弱気な言葉に、他の英傑たちも驚きと納得の表情を浮かべる。
アシヤドウマン以外、進捗はずっと良くないのだ。
「まぁまぁ」
ヌラリヒョンが諭すように声をかける。
「焦るでない。儂なんぞ自分ですら何ができるか判らぬくらいだ」
ヌラリヒョンは、自分の作業台に並ぶ和菓子を指差した。
指示されたものは一切作れないが、和菓子の形はしていた。
「菓子が出来た奴に言われたくない! くそっ。このままでは主人に」
言葉を途中で飲み込む。
アシヤドウマンの表情には焦りの感情が浮かんでいた。
もう三月十四日が迫っていた。
「あの。少しいいですか?」
キッショウテンが作業の手を止め、アシヤドウマンを見る。
キッと睨まれたが臆さず、キッショウテンは述べた。
「アシヤドウマンさまは主様への想いが、強すぎるのではないでしょうか?」
「強くて何が悪い。問題ないだろう」
うんうんと、キッショウテンは頷いた。
「判りますよ。うちも七福神への想いは強いのが当然ですもの。ですが、一生懸命すぎて周りが見えなくなっている、とよく言われております。アシヤドウマンさまも同じく、想いの強さゆえに見えなくなっているから、餡が見えなくなっているのではないでしょうか」
アシヤドウマンは一瞬、動揺したように目を見開いた。
そして、すぐに否定しようとする。
「いや。しかし……」
アシヤドウマンは考え込むと、ぼそりと言った。
「確かに。判らんでもない」
コジロウはふっと笑った。言葉の意味を理解したのだろう。
アシヤドウマンはキッショウテンに向かって指を指した。
「借りは作らない主義だ。よく聞けよ。……貴様の浮く餡だが、霞月は想いが強すぎると言った。だがオレとは違い、貴様の場合は浮ついているのだ」
「浮ついている!? うちが!? そんないい加減な気持ちじゃありませんわ!」
「ここにいる奴は主人に和菓子を作るためにいる。何故貴様はベンザイテンの名も出す?」
興奮していたキッショウテンがすっと口を閉ざした。
「ベンザイテンの嗜好など関係ない。今回の件は主人の為のものだ」
そう言い放つと、アシヤドウマンは自分の作業台へ向かった。
キッショウテンはふわりと浮く餡をぼうっと眺める。
(ベンザイテンさまがこの店のことを良いとおっしゃってた。でもここに決めたのは主さまがお好きでいらしたから。主さまを喜ばせたかったから)
◇◇第九話◇◇
言葉を交わしたアシヤドウマンとキッショウテンの様子を、他の英傑たちは黙って見守っていた。
しかし、その沈黙はやがて破られる。
「風が言っている」
アタゴテングが作業台から離れ、窓辺へと歩み寄った。彼の周りには、いつも通り微風が漂っている。
「君たちは、自分の想いばかりに気を取られている」
その言葉に、英傑たちの視線が集まる。
アタゴテングは窓の外を見つめたまま続けた。
「風は何も主張しない。だからこそ、全てのものの形を感じ取れる」
彼は手のひらを広げると、そこに自分の生地が風に乗って舞い降りた。
柔らかな曲線を描き、花びらのような形になる。
「ヌラリヒョン。君の餡は思い通りにならないのではなく、君自身が何を作りたいのか決めていないのではないか」
ヌラリヒョンは、自分の作業台に並んだ様々な和菓子を見つめた。
確かに、どれも美しく美味しそうだが、どこか統一感がない。
「はっはっは。言われてみれば、そのようなものかもしれぬ」
彼は静かに笑うと、自分の餡に触れた。
「儂は主に喜んでもらいたいとただそれだけを思っていた。しかし何が喜ばれるかは、あまり考えてなかったな。いや考えすぎていたのかもしれぬ。決められなかった」
その正直な言葉に、他の英傑たちも何かを感じ取ったようだった。
コジロウは、自分の縮こまった餡を見つめながら、ハッとしたように顔を上げた。
珍しく普段は話しかけない忍に声をかけた。
「ハンゾウ。お前が隠そうとするのは忍ならば仕方がないだろう。だが、和菓子に秘密がいるか? たかが菓子だぞ。大層な秘密などどこにもない。もうお前がここにいる時点で、主に何かを返したいのは周知の事実だ。諦めろ」
黙々と作業を続けていたハンゾウが、わずかに動く。
餡の周りの霧がわずかに震えた。
「……フッ。確かにな」
ハンゾウは自分の餡を見つめ、そして静かに手を動かした。
すると霧が少しずつ薄くなり、その下に柔らかな形が現れ始めた。
「貴様もさっさと無意味な卑下をやめてしまえ。どうせ気づいているんだろうが吹っ切れていないぞ」
「余計なお世話だ」
コジロウは薄く笑った。
「皆さま、気づかれたのですね」
今まで黙っていた霞月が、作業台の前に出た。
「和菓子は、自分の想いを形にするもの。でも同時に、その想いを受け取る人の心に寄り添うもの」
霞月の言葉に、英傑たちは思わず息を呑んだ。
「自分だけの想いに囚われていては、本当の美味しさは生まれません。相手を思いやる心、そして仲間の言葉に耳を傾ける謙虚さ。それが、和菓子作りの真髄なのです」
その言葉が、作業場に静かに降り注いだ。
和菓子の妖精たちが、霞月の周りを喜びの光を放ちながら舞い踊る。
アシヤドウマンは、透明だった餡を見つめた。
今、その表面にはかすかな色が浮かび始めていた。
「強く想うあまり、見えなくなっていたのか……」
キッショウテンの浮かぶ生地も、少しずつ高度を下げていく。
彼女は両手で優しく包み込むように餡を抱えた。
「主さまだけを想う。今はそれだけに集中します」
コジロウの縮こまった生地は、少しずつ膨らみを取り戻していた。
彼は生地に力を入れすぎないよう、意識して手の力を抜いた。
「刀のように鋭くなくていい。柔らかくても、強さはある」
ハンゾウの餡を覆っていた霧は、まるで薄布のように優美に変わり始めていた。
もはや隠すためではなく、美しさを引き立てるための霧へと変化していく。
ヌラリヒョンは、自分の作業台に並んだ和菓子を一つ一つ見つめた。そして、餡に触れる。
「主が見上げる夜空のような、静かで優しい和菓子を作ろう」
アタゴテングは、風に乗せた生地を手のひらに戻した。
彼は誰に言うでもなく、しかし確かな決意を込めて呟いた。
「風も、僕も、主君のために」
霞月は、そんな彼らの姿を見つめながら、優しく微笑んだ。
「明日からは、新たな気持ちで。互いの言葉に耳を傾けながら、それぞれの和菓子を作り上げていきましょう」
その言葉に、英傑たちは静かに頷いた。
作業場に漂う和菓子の香りは、いつの間にか優しく、そして力強いものへと変わっていた。
明日への希望を予感させるような、そんな甘い香り。
和菓子の妖精たちは、英傑たちの周りを飛び回りながら、この変化を喜んでいるかのようだった。
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