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◇◇第一話◇◇
春風が吹き始めた八百万界。
梅の花が咲き乱れる中、英傑たちの耳にある噂が届いた。
「おい、聞いたか? 主人は、最近和菓子に目がないらしいぞ」
「へえ……」
アシヤドウマンが身を乗り出すように語りかける。
コジロウは面倒そうに返事をするだけだった。しかし、その目は興味の色を宿していた。
別の場所ではキッショウテンが梅の木の下で興奮気味に語っていた。
「そうなんですよ! 昨日も桜霞亭の和菓子を召し上がってたって!」
「桜霞亭か……」
ヌラリヒョンは目を細めて「ふむ」と逡巡した。
「最近評判の和菓子処だな」
本殿で警備をしていたハンゾウの耳が、わずかに動いた。
人間離れした鋭い聴覚は独神に関する話題を決して逃さなかった。
────桜霞亭。
ここ最近、独神の手元にその店の和菓子が度々届いていることはハンゾウも把握していた。
「天女の霞月様が作る和菓子は絶品だとか。この前なんて、月見団子を食べた人が本当に月が見えたという噂も。そしてなによりベンザイテンさまが絶賛していたそうなんです!!!!」
キッショウテンが目を輝かせて語った。
梅の木の上空にいたアタゴテングがふと笛の演奏を止め、風が運んできた香りを味わった。
「……あの辺りから甘い香りが漂ってくる」
ただの甘い香りなのではない。
独神を魅了した和菓子の香り。
様々な思惑を抱いた英傑たちは、噂の桜霞亭を訪れることにした。
静かな路地の一角に佇む和菓子処。そこから出てくる独神を、英傑達は各所物陰から見守っていた。
道端で白玉をそっと口に運ぶ独神の表情は、この上なく穏やかで幸せそうだった。
「あんな表情をさせるなど……羨、ではない! オレが菓子如きに遅れをとるわけないからな」
冷汗をかきながら高笑いをするアシヤドウマンを、コジロウは適当に受け流した。
しかし、視線は独神から離さない。いくつも頬張る様子をじっと見ていた。
ハンゾウは物陰に身を隠したまま、独神と英傑達の様子をじっと見つめていた。
忍としての義務と、個人的感情が複雑に交錯する。
「決めましたわ!」
キッショウテンが突然声を上げ、立ち上がった。
「先月の血代固のお返しに和菓子を作りますわ! 主さまに美味しい和菓子を召し上がっていただければきっとお喜びになられるはずです!」
その大きな一言が、英傑達の運命を変えることになる。
早速とキッショウテンは桜霞亭へと歩を進めた。
ヌラリヒョンがそれに続く。
「和菓子ならば、儂でも喜ばせてやれそうだ」
まんじゅうの雪辱を果たすべく進んでいった。
「……今度ばかりは上手くいくだろう」
懸念材料はありながらも不安を振り払い、桜霞亭へと入った。
それを見ていたアシヤドウマンは立ち上がった。
「ヌラリヒョンだと! おい、行くぞ!」
「俺を巻き込むな……!」
抵抗空しく、コジロウはアシヤドウマンに引きずられる。
「そう言うな。乗りかかった船と言うだろう。貴様は主人へ捧げるオレの雄姿を見て語ればいい」
「面倒な……やらないからな」
そんな彼らを見て、アタゴテングは小さく笑う。
「面白そうだ」
ひょいと地へ降り立ち桜霞亭へ。
空を自由に飛ぶ天狗らしい、軽やかな動きだった。
全員が桜霞亭へ行くのを見ていたハンゾウは沈黙した。
(忍の、それも組頭が行くようなことではないだろう。だが……)
独神の幸せそうな表情を思い出すと、その場を去ろうという気に慣れなかった。
(……主には伊賀の下忍まで世話になっている。だからこれはその礼だ。そういうことだ)
そうして自分を納得させ、音もなく桜霞亭へと入店した。
かくして、天女・霞月に弟子入りを志願することになった六人の英傑たち。
これが、八百万界で最も甘く、そして深い物語の始まりだった────。
◇◇第二話◇◇
「失礼致します」
キッショウテンが店の扉を開けると、優しい香りと共に、異世界が広がっていた。
通の和菓子処の店構えだったはずが、扉の中は広大な日本庭園のような空間が目に飛び込む
頭上には常に桜が舞い、その花びらは地面に落ちることなく、ゆらゆらと宙を漂っている。
(これは幻……?)
キッショウテンが目を凝らすと、桜の木々の間から小さな光が飛び交うのが見えた。
しっぽのついた小さな光の束が、風に乗って戯れている。
店内は四季の気配が混ざり合っていた。
東の窓からは春風が、南からは夏の陽射しが差し込み、西には紅葉が舞い、北には雪が降っている。
その光景に見とれていると、甘い香りに誘われるように奥へと足が向く。
奥には見たこともない材料が美しく並べられていた。
あの銀色に輝くものは小豆だろうか。乳白色の壺の中から淡い光を放ち、まるで月の欠片を砕いて集めたかのような神秘的な輝きを湛えている。その隣の水晶のような壺はまるで星々が瞬いているかのように見える。
神であるキッショウテンすら見たことがない品々を不思議そうに見つめていると────
「なっ!?」
キッショウテンは既に店内の縁台に腰を下ろしていたコジロウを見つけて驚いた。
彼の背後では夏の蝉が鳴いている。
「うるさいぞ……」
「え、だって、どうしてここへ。コジロウさまは桜霞亭の常連さまでいらっしゃいますの?」
「……違う。アシヤドウマンに引きずられただけだ」
コジロウは溜息を吐きながら、背中に止まったセミを払っていた。
「賑やかになってきたね」
天井付近から声が聞こえたので見上げると、アタゴテングが店の梁に腰掛けている。
紅葉が羽の周りを舞っていた。
「何故そんなところに!?」
「風に乗ってきたのさ」
アタゴテングの答えは、いつものように飄々としていた。
「はっはっはっ。抜け駆けは出来ぬものだな」
ヌラリヒョンも雪の降る縁側で優雅に座っている。
「ここを選んだということは、すなわち皆同じ考えなのだろう?」
ヌラリヒョンの言葉に、全員が黙った。
言葉にしなくとも、皆が同じ目的を持っていることは明らかだった。
「……」
そして春風の漂う物陰から、ハンゾウの気配を感じ取ったキッショウテンは目を丸くした。
「まさか、ハンゾウさままで!?」
「……偶然だ」
ハンゾウは短く答え、再び気配を消した。
和菓子屋に集まる予想外の組み合わせに、店内は妙な空気が流れる。
和菓子の妖精たちはそんな彼らをからかうように、キラキラと光を放ちながら舞い踊っていた。
そのとき、不意に風が強まった。
四方から吹き込んでいた風が一点に集まり始める。
春夏秋冬の風は、螺旋を描くように渦を巻き、その中心で一つとなった。
風は白く輝きながら人の形となり、やがて、一人の女性の姿を結ぶ。
若くも見えるが、年老いてもいるような。不思議な美しさを持つ女性が、そこに佇んでいた。
彼女はゆっくりと口を開いた。
「ようこそ。桜霞亭へ」
澄んだ声が響き渡る。琴のような清らかな音色だった。
「私は店主の霞月。天女ですが、ここではただの和菓子職人として扱って頂くようお願いしております」
白い着物に身を包み、長い黒髪を風になびかせている。
その姿は神々しくありながらも、どこか庶民的な温かみも持っていた。
「それにしても、珍しいお客様たちですね」
霞月はそう言って、一人一人の姿を目に焼き付けるように見つめた。
英傑たちは言葉もなく、ただその場に佇む。
先程まで目を奪われていた幻想的な空間も、神秘的な材料たちも、霞月の前では影が薄く感じられた。
有無を言わさぬ存在感は独神に似ている。
「貴様が店主か。今日は頼みが──」
アシヤドウマンが勢いよく一歩を踏み出そうとした時。
「独神様に和菓子を作りたい、ということでしょう?」
霞月の言葉に、英傑たちは驚きの表情を見せる。
物陰に隠れていたハンゾウの気配も、わずかに揺らいだ。
「なぜ、それを?」
「判りますよ。あなたたちの目に映る独神様の姿を見れば。ねぇ」
その瞳の奥で、何かが揺らめいているように見えた。
「あの方の笑顔には、不思議な力がある。心を揺さぶられずにはいられませんから」
霞月は口元に手をやり微笑んだ。
英傑達は独神の姿を思い思いに頭に描いた。
自分たちの手で作ったもので、彼女が笑顔になって欲しいという想いは同じ。
霞月はゆっくりと歩みを進め、窓辺に立った。
部屋では相変わらず桜が舞い続けている。
「ここにいる方たち全員、私に和菓子作りを教えて欲しいということでよろしいですか?」
「はい!」と、キッショウテンの力強い答え。
「一つ修行させていただこうか」とヌラリヒョンは頷く。
「オレが作るのだからな。最高のものが出来るに違いない」とアシヤドウマンは熱心に頷いた。
「仕方ない」とコジロウはぼやきながらも同意を示した。
ハンゾウだけが沈黙を守っていたが、その姿勢は「否」を示すものではなかった。
霞月は英傑たちをじっと見つめ、そして柔らかな微笑みを浮かべた。
「では、明日からここへ来なさい」
その言葉と共に、店内を漂っていた和菓子の妖精たちが一斉に舞い上がる。
きらめく光の雨が、これから始まる物語の幕開けを祝福するかのように降り注いだ。
そして霞月は、ふと独り言のように呟いた。
「独神様への想い、どこまで強いのかしらね」
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