全英傑小話-楽士-【桜代+降臨】(ウシワカマル追加)

ザシキワラシ    

「陰の気がすごいんだよねぇ」

 ザシキワラシは私の肩を軽くぱしぱしと叩きながら、心配そうな顔をしていた。

「肩こりとかすごくない?」
「いつも固いって言われる」
あるじさまいっつも、きゅっ! ってなってるもんね~」

 確かに、気がつくと肩に力が入っている。
 考え事をしていると、いつの間にか身体が緊張してしまうのだ。
 私は少し肩の力を抜いた。またすぐ力を入れてしまうのだろうが。

「ふふ。僕がいると幸せでしょ~?」
「あ、うん。多分そうだと思う」
「多分じゃなくて、そうなの!」

 ザシキワラシは不満そうに頬を膨らませた。彼の表情を見ていると、確かに心が軽くなる気がする。
 でも、それが本当の気持ちなのか、ただの気のせいなのか、いつも疑ってしまう癖があった。

「ほら。僕が言ったこと繰り返してね。ザシキワラシさまがいて幸せです。はい」
「ザシキワラシ……がいて、しあわ、せです」

 言葉がぎこちないのは恥ずかしいからだ。
 こんなことを言っている自分が滑稽でだんだんと不愉快な気持ちになってくる。

「ぎこちなさすぎるよ~」

 ザシキワラシは苦笑いを浮かべながら首を振った。

「じゃあ次ね。今日は良い日だった。はい」
「今日は良い日? だった」
「良い日だったでしょ! も~」

 これを毎日繰り返させられた。最初は何をしているのか判らなかったし、気恥ずかしさもあった。なぜこんなことを言わなければならないのか、疑問に思うこともあった。
 けれど何日かすると、気恥ずかしさや疑問もなくなり、そういうものだと思って何も考えずにつらつらと唱えるようになった。

「今日も僕と一緒にいられて嬉しい」
「今日も僕と一緒にいられて嬉しい」
「僕は大切にされている」
「僕は大切にされている」

 言葉を繰り返しているうちに、不思議と気持ちが軽くなっていく。
 最初は嘘くさく感じていた言葉も、受け入れ……ることはないが真っ向から否定する気は起きなくなった。

あるじさま、表情が柔らかくなったよぉ」

 ザシキワラシは嬉しそうに微笑んだ。

「そうかな」
「うん。前よりもずっと。僕の言葉、信じてくれるようになったでしょ?」

 確かに、以前ほど疑い深くなくなった気がする。

「でも。他の人は違うよ。本当のことを言っているかどうかなんてきっと言ってない。合わせているだけじゃないかな」
「え~、そんなに合わせられないよぉ。めんど~」

 私はその言い方にむっとした。

「例えば『好き』っていう方が角が立たないでしょ? だから空気を読んでみんな言うんだよ。本当は好きじゃなくても」

 正直な気持ちを口にした。

「いや、いいと思ったら好きっていうでしょ」

 ザシキワラシは当たり前のことを言うように答えた。

「本当に嫌いだったら合わせられないんだから、その好きも嘘じゃなくて、ほんとなんだよ」

 その言葉に、はっとした。
 そうか、完全に嫌いだったら、空気を読んでも「好き」とは言えないだろう。
 だって嫌いだから。意地でも肯定したくないものだ。
 ほんのかすかでも良いと思う気持ちがあるから、「好き」という言葉が出てくるのかもしれない。

「私は、もしかしたら欲張りだったのかもしれない。私ばかり見てくれる『好き』が欲しかったから、がっかりしてたのかも……」
「うんうん。僕はねぇ、あるじさまがそうやって自分に素直になってくれて嬉しいよぉ」

 ザシキワラシは満足げに頷いた。

「素直というか、裏表関係なく話していると言うか。考えて話してないだけだよ」
「それが大事なんだよ。難しく考えすぎると、せっかくの幸せも見えなくなっちゃうからねぇ」

 私は深く頷いた。
 ザシキワラシといて、私は以前より暗い気持ちになっただろうか。絶対になってない。
 前よりは絶対に明るくなった。
 太陽ほど明るいとは言えないが、木陰くらいの明るさ分は変わった。
 気のせいじゃない。

「今日も良い日だった」

 今度は、ザシキワラシに言われる前に、自分から口にした。

「あはは、そうだね。今日も良い日だったよぉ」

 ザシキワラシは嬉しそうに微笑んで、私の手をぎゅっと握った。
 こんな面倒なことに付き合ってくれたひとのことは、疑いたくても疑えない。
 私の疑心暗鬼が発動しないなんて、ザシキワラシはすごいなあ。

ウシワカマル    

 ほんの気紛れだった。
 たまには八傑全員で海でも行こうかと思い立ったのは。

「ねぇ、釣りもいいけどみんなで泳ぎに行かない? 折角だから八傑で」

 スサノヲは大きな口を開けて「いいぜ」と言うと私の手を取った。

「なんなら二人で行かねぇか? ちょうど良い場所見つけたんだよ」

 そんなつもりはなかった。みんなでわいわいと楽しめたらいいなと思っていて。
 言葉を探していると、シュテンドウジが全速力で走ってきて、

「どっか行くのか! おれも連れてけ!」

 スサノヲは私の前で盛大な舌打ちをしていた。
 申し訳ないが、シュテンドウジに心の内で感謝した。
 そこから一人、二人と集まっては賛同し、残るはウシワカマルだけになった。

「ウシワカちゃんはどうかしらね。バカばっかりだもの」
「あ? 当然そのバカにはおまえも入ってるよな、バカヨミ」
「なんですって!!! シューちゃん! 口の利き方を教えてやるわよ!!!」
「だはは! バカヨミだってよ!!」
「キーーー!!!!!」
「ツクちゃん落ち着いて!」
「はぁ。これだからバカって言われるんでしょ……」
「全くだな」
「ぐー」

 せっかく七人まで誘えたのだ。出来ることなら全員で行きたい。
 神代八傑の内七人が騒いでいたからだろう、向こうからやってきてくれた。

あるじ様? それに皆さんは……」

 あのね。
 と言う前に。

「ウシオも来い。明日。ゼッテー遅れんなよ」
「はい」

 場所も聞いていないのにあっさりと返事をしたウシワカマルにぎょっとした。
 慌てて説明する。

「明日。海に行こうって話をしててね、八傑で行こうかと思うんだけど……」
「ではベンケイは留守番ですね」
「あ、どうしてもって言うなら来てくれても」
「置いていく」

 スサノヲがおすすめだという海はとても静かだった。
 きめの細かい白砂が素足にくすぐったい。悪霊に襲われなかった海岸は自然が産み出した芸術だ。
 独神である私がここで楽しんでいいのか、少しだけ罪悪感を覚えた。

あるじちゃん行くわよ!」
「先行ってて。すぐ行くから、みんなは海の中にいてね!」

 八傑全員が海の中へ行ったのを確認してから、私は浜辺に等間隔に呪を埋め込む。
 なにが襲ってくるか判らない。戦闘になっても良いように簡単な結界を張っておく。
 とはいえ、ここに集まっているのは八百万界でも最強と呼ばれる者達だ。
 私の術などおまじない程度だろうが、備えあれば憂いなし。
 張り終えた頃には額の生え際が汗ばんでいた。

あるじさーん。早く来なよ」

 モモタロウに呼ばれて振りかえった。
 少しだけ肌を焼く太陽光に照らされた仲間たちは笑顔に溢れていて、私は眩しくて仕方がなかった。
 その中にはウシワカマルもいた。
 普段なら輪に加わらず、少し離れたところから私たちを見ているのに。
 今日は高い位置で結い上げた髪がぐっしょりと濡れてしまうくらいに輪の中にいる。
 スサノヲやシュテンドウジに混じって口角を上げる姿に、少しだけ心が揺れた。

あるじ様」

 なかなか来ない私を迎えにウシワカマルがやってきた。

「一人だけ観客はずるいですよ」

 私は笑って。

「じゃあいっぱいかけちゃおうかな」
「どうぞ。できるものならね」

 いつもなら遠慮して狙わないけれど、今日はみんなと同じように水を掛け合い、ナマコを投げたり、術で海を真っ二つに割ったり。
 好き勝手して遊んだ。


「遊んだあとって楽しいけどだるいー」

 全力で遊んでくたくただ。
 ヤマトタケルだけは途中ずっと寝ていたので一人だけ元気に帰路についている。
 ツクヨミとモモタロウは少し目がとろんとしていて、アマテラスが二人の様子を見てくれている。
 スサノヲとシュテンドウジはどっちが速いかと争い出して、先に行ってしまった。
 元気が有り余っているなら荷物を少し多めに持たせておくんだった。
 右手に持った手提げを左手に持ち替えた。

「持とうか」

 ふいにウシワカマルに言われた私は咄嗟に。

「いいよ。分担してるんだもん」

 と返した。冷たくならないように言い訳を続けて。

「これは失礼」

 ウシワカマルがさっと退いたのでほっとした。
 大柄な者が多い八傑の中では小柄なのに、私よりも重い荷物を軽々と持っているのは凄いなと思う。

「ウシワカマル。今日、楽しかった?」
「ええ。とても」

 何の比喩もない真っ直ぐな言葉が、私には気持ち良かった。
 きっと本当に楽しんでくれたのだろう。

「じゃあ良かった。今日のこと、ウシワカマルには気を遣わせたかと思ってた」

 言わなくて良い事を言った気がした。
 ウシワカマルは小さく笑った。

あるじ様、飛燕は決して空ばかり飛んでいるわけではない。皆とこうしてはしゃいで羽を休めることができた。誘ってくれて感謝している」
「ううん。こっちこそありがと」

 未だに接し方の判らないウシワカマルだけど少しだけ、仲良くなれた気がした。







 僕は静かすぎるのだろう。
 自分の見る世界と、主様の見える世界は大きく違う。
 主様は僕をとらえきれていない。
 それを残念に思う。
 囚われたくないが、捉えてほしい。
 なんと身勝手なことだろう。
 気付けば、いつも主様たちを遠くから眺めるばかりだ。

 八傑で海へ行く話も聞こえていた。あまりに大声だったので判らない者はいまい。
 僕は、少しだけ迷った。
 主様は僕を苦手に思っている。
 僕もまた、主様とどう接していいのか悩んでいる。

 主様と海へ行きたい。
 僕は行くことに決めた。違和感を抱かれないように、一番最後に登場しながら。
 それは正解だった。主様は八人そろって行けることを喜んでいるようだった。

 海に来てからは、不思議と開放的な気持ちになり、僕は海の中へと足を運んだ。
 足を撫でる波を楽しんでいると、空気を入れた水球をモモタロウ様が投げつけてきた。
 山で天狗と遊んだ時を思い出して、僕は水球を思い切りスサノヲ様の後頭部へ投げつけた。
 そうやって騒いで待っていたのに、主様はなかなか来ない。
 結界を張り終えただろうに、なかなか沖へ来ないで僕達を見ている。
 聖母のように慈愛にあふれた微笑みを浮かべている。
 輪の外で眺めて満足そうにしている。いつもとは逆だ。
 僕は思い切って主様に話しかけた。

あるじ様。一人だけ観客はずるいですよ」

 主様は眉をぴょんと上げて、やがて唇を引き上げた。

「じゃあいっぱいかけちゃおうかな」
「どうぞ。できるものならね」

 なんだか、自然に言葉が出てしまった。
 わざとかかると、主様は大きく笑った。
 行儀よく笑うばかりの主様が今日は楽しそうで。僕も悪くないと思った。
 水に濡れぬように羽ばたいていただけでは、主様の笑顔はなかっただろう。

「ウシワカマル。今日、楽しかった?」

 主様が僕の名前を呼んで、心配そうに見つめている。
 ああ、僕が楽しめていないと思われているのか。
 やはり、気を遣わせてしまっている。

「ええ。とても」

 嘘ではない。主様が僕を気にかけてくれただけで、十分楽しかったのだ。
 胸をなでおろす主様を見て、僕も同じく安堵した。

「じゃあ良かった。今日のこと、ウシワカマルには気を遣わせたかと思ってた」

 主様は僕を騒がしいところが苦手だと考えているのだろう。
 神代八傑が七人も集まれば、いや二人集まるだけでもがやがやと騒がしいのは事実だ。
 だが僕はすぐさま主様の考えを否定した。

あるじ様、飛燕は決して空ばかり飛んでいるわけではない。皆とこうしてはしゃいで羽を休めることができた。誘ってくれて感謝している」

 悪ノリをした方々に海月の集中砲火を食らった時には少し、……ではあったが、概ね楽しんだ。
 なにより、主様が僕の傍にいてくれる。
 なのに、僕ときたら、ひらひらとした布に飾られた可愛らしい水着の主様が眩しくて、正面から見ることは終ぞ出来なかった。

「ううん。こっちこそありがと」

 主様の綺麗な微笑みに僕は「いいえ」と小さく否定した。
 感謝を述べるのはこちらだ。
 今日は少しだけ、主様との距離を縮められたような気がした。

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