元茶道部の現代産独神がリキュウにしごかれたりハンゾウを振り回したりする話

 ひょんなことから『八百万界』にやってきた私。
 いわゆる異世界転生の転生抜き。つまり、異世界……なんだっけ、えーっと死なない転生?

 ……で。

 私は『独神』っていう救世主的なナニカになって、英傑とかいう美人とイケメンに囲まれながら世界を救うことになったんだけど…………。

「こんな話聞いてなくない!?」

 あばばばばばばば。
 あの"千利休"?が目の前にいる……!?

「独神殿。センノリキュウだ。ご縁に感謝を」

 白のような銀のような髪が太陽光を受けてきらめいている。
 エメラルド色の瞳に見つめられて、息が止まりそうになる。
 整った顔立ち、凛とした佇まい、一挙一動に品がある。
 ものごっつイケメンだ!!!!
 これがアレ(千利休画像 堺市博物館蔵)になるなんて…………。
 時の流れって残酷すぎる。それとも絵師がヘタだったのかな。

「ところで独神殿は、茶の湯はご存知か?」

 元茶道部です。一通りやっていました。
 けど……現代茶道の基礎を築いたレジェンドオブお抹茶の前でやるもんじゃないんだわよ。
 しっかり隠しておかなくちゃ。

「お茶を飲む?ってことだけは知ってますけど、後は一切合切全く知りません」
「左様か。ならば、歓迎を兼ねて一席設けよう」
「ありがとうございます」

 初めてのお茶会は特に問題なく終わった。
 英傑達って歴史上の人物だったり神様だったり妖怪だったりするけれど、茶の作法をきちんと知ってるのは一部だけ。
 お茶会というより、途中から飲み会のような感じになって終わってしまった。
 最初だけが私の知る茶の湯の世界だった。
 いや……知ってるというと烏滸がましいのかな。
 見覚えのある作法だったけど、千利休様の所作は洗練されすぎていて、あんなの見たことがなかった。
 歩く姿は無駄がなくて、優雅さを兼ね備えていた。
 見てて思わず息が止まるって、本当にあるんだね。
 頂いた一杯も美しくて、飲むのが勿体ないと思うくらい。
 ……けど途中から、誰かが自己流の作法を披露して、そこからなんだかぐだぐだになっちゃって、乱闘が始まって、飲み会になった。
 勿体ない。
 あんなにしんとした、引き込まれるお茶会なんて見たことないよ。
 その凄さ、ここの英傑さんたちは知らないのかな。
 利休様は呆れるだけで怒りはしなかったけど、少し背中が寂しく見えた。


 独神とはなんぞや、と英傑達に教えられて一ヵ月。
 私はすっかり八百万界とやらに慣れ親しんでいた。
 基本ちやほやされて、悪霊退治はみんながやってくれて、毎日のんびり過ごしている。
 ……けど、時々思い出す。
 あの茶会での、利休様の背中。
 ふと廊下を歩いていると、茶室の前を通りかかった。
 中を覗くと、誰もいない。
 茶道具だけが、静かに並んでいる。
 入っちゃダメかな。
 でも、誰もいないし……。

 そっと障子を開けて、中に入った。
 棗、茶杓、茶筅。
 全部、見覚えのある形。
 在りし日の先輩や後輩たちが脳裏に蘇る。
 茶道部に入れば毎日お菓子が食べられると誘われて即入部した。
 作法なんて面倒臭いと思って、適当にやった日々。
 OGで今はお茶の先生をしているという方の所作に目を奪われて、皆で真似しようとした。
 そういえば嫌なことがあった時、友達が淹れてくれた。
 お茶は心を落ち着かせてくれるよ、って。
 少しだけ、……やってみようかな。

 畳に正座し、茶碗を前に置く。
 棗から茶杓で抹茶をすくい、二杓。慎重に茶碗へ。
 湯を注ぎ、茶筅を手に取る。
 縦に数回振ってから、手首のスナップを効かせて素早くシャカシャカと。泡が立ち始めたら、中心で「の」の字を描くように。
 表面が滑らかになったところで茶筅を引き上げ、茶碗を回す。

「……できた」

 それっぽくできたけど、まだまだ。
 私が憧れたひとたちには遠い。

「ほう」

 背後から声。
 ぎくりと振り返ると、利休様が静かに立っていた。

「い、いつから……!?」
「茶筅を取られた時から」

 詰んだ。

「勝手に借りてすみません。退散しまーす……」

 がしっと腕を掴まれた。

「独神殿、貴殿は茶の道を極まるべきだ……!!」
「遠慮します」

 文化人に似つかわしくない怪力が私を逃がさない。

「独神殿の茶を、もっと見たい」

 くっ。ミキシンボイスした美形がキラキラした目で私を見つめる……!
 眩しい!! 逃げられない!!
 断る理由も特に思いつかない。

「じゃ、じゃあ……偶にならいいですよ」

 この時は、たまにお茶会に参加するくらいだろうと思っていた。
 少なくとも私は、お茶会を飲み会にするようなことはしない、割と真面目な参加者になるだろうと自負していたから。
 それに「もっと見たい」と言う利休様のビジュが良かったのもある。
 ────甘かった。
 私はなーんにもわかっちゃいなかった。
 利休様の「もっと見たい」が、どれほど恐ろしい言葉だったのかを。

「まず、布巾の選び方から」
「布巾!?」
「布巾は茶の湯の要。糸の織り方、厚み、吸水性、全てが茶碗を活かすか殺すかを決める」
「そ、そうなんですか……」
「では、この三枚の中から選びなさい」

 どれも白い布巾。
 私には同じにしか見えない。

「えっと……これ?」
「何故それを?」
「な、なんとなく……」
「却下」

 即答。

「布巾は感覚で選ぶものではない。茶碗の材質、その日の湿度、水の温度、全てを考慮して選ぶのだ」
「そんなこと部活で習ってない!!」
「では今から学べばよい」

 利休様が爽やかに微笑んだ。
 この人、絶対Sだ。

「では三十分後にもう一度選びなさい。理由も添えて」
「さ、三十分!?」

 利休様はマジで判らん。
 言っている内容も判りそうで判らない。拘りがあり過ぎる。宇宙と交信してるのか。
 普通ならはいはいって聞いておけば逃げられるのに、利休様は「理由は?」「それで?」とイケボでガン詰めしてくる。

「ふわふわだから水分の吸収が良いような……」
「それで?」
「え、えっと、茶碗が……」
「何故その結論に至る?」
「だ、だから……」
「根拠は?」

 イケメンの問い詰めって、こんなに恐ろしいものだったのか。
 しかも怒ってない。ただ、純粋に答えを求めてくる。
 逃げ場がない。

「も、もう一回考えます……」
「よろしい。では次は茶碗の拭き方だ」
「布巾選びまだ終わってないんですけど!?」
「並行して学ぶのだ」

 鬼だ。この人、絶対鬼だ。
 面倒臭いのは道具に限らず。
 ようやく点てた茶を利休様が無言で飲む。

「泡が粗い。もう一度」

 何度やっても「もう一度」。

「茶筅の振り方が悪い……こうだ」

 と、後ろから利休様が手を伸ばしてきた。
 私の手に、そっと重なる。

「っ」

 心臓が跳ねる。
 温かい手が、優しく導いてくれる。
 こんな近距離で、利休様の息遣いが聞こえて────

「集中せよ」

 冷静な声。
 はっと我に返って、また最初から。

「ちょっと休憩……」
「美を追う者に休息はない」

 ちらっと廊下を見ると丁度ハンゾウが通りかかって、こっちを見て首を振った。
 精々頑張れって顔してる。くそう。
 何十回目かのお茶を利休様が飲んで、ふっと息を吐いた。

「……少し、形になってきた」
「え、褒められた!?」
「まだ道半ばだが」

 やっぱり厳しかった。
 付き合ってらんない。
 適当に言い訳を作って、何度か逃げようとした。
 でも。

「…………私の顔に何かついているか?」

 ビジュは良いんだよなぁ。
 声も良い。
 厳しいけど、あの千利休と思えば怒りもそこまでじゃない。
 それに────。
 ふと、あの茶会での利休様の背中を思い出す。
 少し、寂しそうだった。あの背中。
 ……もうちょっとだけ頑張ってみるか。

 そんな日々が続いて、数日後。
 スパルタ指導はまだ続いていた。
 茶筅の素振りは一日千回やらされる。
 お湯の温度を手の感覚だけで当てろとか。
 座禅しながらお茶と一体化しろとか。
 利休様が投げた茶杓(を模したお手玉)をキャッチしろとか。
 文化部の皮を被った体育会系だこれ。

「独神殿、少し休まれよ」

 私は当然びぐっっと身体を震わせる。
 鬼教官が「休め」というのだ。
 この言葉に警戒しないヤツは、やる気がないなら帰れと言われて本当に帰るヤツに違いない。

「大丈夫です!! まだやれます!!!!」
「いや、休め」
「本当に平気です!!!!! やれます、コーチ!!」
「楽にしてくれないか」

 利休様が、少し困ったような顔をした。

「……私が言える立場ではないが」

 え。
 本当に、休憩……?
 恐る恐る腰を下ろすと、利休様が最中を差し出してきた。
 利休様のお気に入りの店で売られている最中だ。
 最中の食べ方テストが始まったらどうしよう。
 とにかくまず、手に取る。
 軽い。
 一口齧ると餡が口の中になだれ込────まない。
 餡が控えめで、皮の割合が多い。

「……あれ?」
「お気に召さなかったか?」
「いや、その逆で……だってこの店の最中、いつもなら餡ぎっしりで……」

 利休様が静かに微笑む。

「そのように作らせた」
「え」
「独神殿はいつも、最中を召し上がる際には後半、少しだけ手が止まる。そして最初と最後の皮はゆっくりと味わっているだろう」

 見られてた。恥ずかし。
 餡がまずいわけじゃない。ただ私はたい焼きも皮の方が好きで、餡の方がオマケなのだ。
 そしてこの利休様のご贔屓の店は、餡に力を入れていていつもびっしりと入れてくれる。
 皮好きには少し多すぎた。

「……さっき作らせたって……わざわざ私のために……?」
「いかにも」

 頬が熱くなる。
 利休様は何でもないことのように茶を点て始めた。
 慌てて足を直そうとする。

「そのまま、楽にされよ」
「でも、作法……」
「茶の湯は、客をもてなすためにある」

 利休様が茶碗を回す。

「今は貴殿の為に点てている。貴殿がくつろなければ意味がない」
「そうは言っても、利休様を不快にさせるわけには」
「動くな」

 静かな、けれど有無を言わさぬ声。

「今は、飾らぬ貴殿と共にありたい」

 利休様が茶碗を差し出した。

「私の望みだ」

 真っ直ぐな視線。
 私は何も言えなくなって、頷くしかなかった。
 いつもの厳しさはどこにもなく、ただ静かに茶の前に佇む姿がある。
 最中をもう一口齧った。
 皮の香ばしさが口いっぱいに広がる。
 …………おいしいな。
 流石にカスをポロポロ零すマネはしなかったが、肩肘張らずに食べることが出来た。

「独神殿の茶は、良い」

 唐突に言われて、顔を上げる。

「……え?」
「飲む者を、楽しい気分にさせる」

 利休様が、柔らかく微笑んだ。
 いつもの厳しさはどこにもない。

「技巧は未熟だが、そこに確かな喜びがある。共に過ごす時を楽しもうという、心が」
「そ、そんな……」
「私の茶は、政の道具にもなった。年々その比重が多くなった」

 少しだけ、寂しげな声。

「だが、独神殿の茶には、そのような陰りがない」
「利休様……」
「眩しいな」

 言葉以上に眩しい瞳に見つめられて、胸がドクンと跳ねた。

「え、えへへ、そうかな。うふははは」
「独神殿、湯が零れている」
「うそ!? すみません!!」

 床を拭きながら、ドクドクと痛い心臓に耐えていた。
 ……あの顔は反則だよ。


 それからしばらくして。
 私はお茶のお稽古合間に、独神業を行っていた。
 と言っても私には政治も経済も判らない。うんうんと頷くだけ。
 よっぽど変なことじゃなければ反対することはない。
 お飾りってやつだ。

あるじ。俺は暫く本殿での警備に従事する、判ったな?」
「判った!」

 ふうん。今度の護衛はハンゾウか。ま、誰だろうとあまり変わらないんだけど。
 順番にやってくる英傑達の話に頷きながら、昨日何度も利休様に指摘されたことを思い出していた。
 同じ失敗なんてしたら無言で見下ろされる……。あれ、怖いんだよ。

「上様! 上様!」
「え、あ、はい」

 やっば。意識がトリップしてた。

「リキュウ殿は、上様を独占しすぎではないか」

 ベンケイが眉をひそめた。他の英傑たちも頷く。
 私の方はというと、ぽかーんとしていた。
 独占?
 なにが?
 だって、しごいてるだけだよ?

「上様には為すべきことが山ほどあるのだ。茶ばかり点てさせている場合では────」
「いいや意味はある」

 利休様が静かに遮った。
 いつの間に出てきたんだ……。

「独神殿が世を救うには、何が必要か。貴殿らはどう考える」
「それは……やはり力。知恵も必要だ。その為には戦略を」
「違う。心だ」

 凛とした声が響き渡る。

「乱世にあって心乱れぬ者のみが、正しき判断を下せる。茶の湯とは、雑念を払い、己と向き合う修練。独神殿が為すべき決断の重さを思えば、この鍛錬こそ必要不可欠」
「しかし」
「それに」

 利休様は私を振りかえり、ふっと笑みを浮かべた。

「独神殿は、嫌とは仰らぬ」

 一同、私の方を見る。
 うわ、視線が痛い。

「……楽しい、ので」

 小さな声で答える。
 英傑たち、沈黙。
 ベンケイは溜息をついた。

「……判った。だが、あまり無理をさせぬように」
「心得ている」

 利休様が頷いて、英傑たちは去っていった。

「利休様……」

 私が見上げると、目を細めた。
 どきっとする。
 最近、何度もある。
 利休様のことを変に意識してしまう。
 あの優しい笑顔とか、真っ直ぐな視線とか────

「稽古の時間だ」

 うっわっ。
 稽古となると話は別。はぁ……辛。
 二人で茶室へ向かっていると、廊下の先に人影が見えた。
 あれはたしか、千利休に「しね~」って命令した豊臣秀吉!?
 相変わらず年下好きにウケそうな可愛い顏して。……ハゲネズミって誰が言ったのよ。
 この世界では不仲ではないみたいだけど、念の為利休様とは近づかせないようにしておこう。

「利休様、こっちにいきましょ!」

 咄嗟に腕を掴んで九十度方向転換。
 ぎゅっと腕を組んで引っ張っていく。

「っ。独神殿、待たれよ。そちらではない」
「だぁーいじょうぶです! 急がば回れと言うでしょう?」

 利休様の声が少し震えている。

「利休様? 随分顔が赤いですが、あまり歩くのはお得意でないとか?」
「そうではない。……気のせいだ」
「ならいいのですが」

 千利休って虚弱体質だっけ?
 なら今度から、手を引いたり、背中を押したり、台車に乗せて押してあげなくちゃ。
 別の廊下を通って、ようやく茶室に到着。
 腕を離すと、利休様が深呼吸している。

「大丈夫ですか?」
「……ああ、問題ない」

 障子を開けると、そこには巨大猫を抱えたハンゾウが座っていた。

「……ハンゾウ?」
「今日は実際に客人を置いての稽古だ」

 利休様が穏やかに言った。

「本番に近い環境で稽古をすることが、肝要だ」

 ハンゾウが無表情でこちらを見ている。
 なんとなく判る。
 何故忍びの自分がこんなことを~な顏だ。
 ハンゾウは毎日小言でうるさいけれど、なんだかんだ付き合ってくれるから良いでしょ。

「良いか。独神殿。茶の湯の席では皆平等だ。どんな相手にも心を込めて茶を点てなければならない。人の外見や所作で惑わされてはならない」
「はい」

 私は早速茶を点て始める。
 ハンゾウが急に態度を変えた。
 足を崩して、がさつに座り直す。

「おい、茶ぁまだかよ!!」

 思わず噴き出し、手が止まる。

「輩の解像度が高すぎて世界観に入れなかった」
「やり直し!」

 利休様の声が響いた。キッと睨んでくる。

「独神殿。惑わされるなと申したはずだ」

 え、ええ…………。
 あの演技見て笑わないの? 嘘でしょ……。
 凄腕の忍は、その後も様々な人間の演技をしてくれた。

「ひっく……この茶ぁ、うめぇなぁ。もう一杯くれよぉ」

 ナバリまで千鳥足している。芸術点が高い。

「まあ、素敵なお茶ですわ。ホホホホホ」

 この顔で言うのか。

「ふむ、この茶、なかなかに見事」
「普通じゃん! これなら集中できる!」
「それでは意味がない。ハンゾウ殿やり直し」

 ……あ、そっち。
 今音立てないで舌打ちしてたけど。

「ねぇねぇ、このお茶苦いよー。お菓子もっとちょうだい!」

 この顏、この装束のまま動作付きで言う。

「へっへっへ、こんな上等な茶、いくらで売れるかなぁ」

 舌を出して茶器を舐めている。ナイフじゃないんだから。

「やり直し!!!!」

 鬼教官の声がいつもの倍響き渡った。
 もう何回目か判らない。
 ハンゾウの演技力に翻弄されっぱなし。
 一通り終わって、へとへとになっていると。

「独神殿」

 利休様が静かに言った。

「今度の茶会には、独神殿に茶を振る舞っていただく」
「……え?」

 寝耳に水。

「私が? お、お客様に?」
「いかにも」
「む、無理です! まだ全然できてないし!」
「独神殿の茶は、既に人を楽しませる力がある」

 利休様が真っ直ぐに見つめてくる。

「技巧は未熟でも、心がある。それで十分だ」
「でも……」
「案ずるな。私が傍にいる」

 優しい声。
 その眼差しに、何も言えなくなる。

「……はい」

 頷くしかなかった。
 ハンゾウが無表情で見ている。
 助けを求める視線を送っても、そっぽを向かれた。
 猫め。

 利休様はああ言うが、私はあまり自信がなかった。
 部活とは違う。
 私の失敗で、今後の討伐活動に支障をきたすかもしれない。

 ────私が傍にいる

 ……うん。私は最高の師匠に師事しているのだ。
 絶対に大丈夫。
 今はポンコツでも、きっと本番までにはうまくいく。
 絶対。

「私は必要なものを集めに行ってくる。貴殿はよく練習をするように」

 と、利休様は私を置いて行ってしまった。
 大事な茶席に弟子を出すのに無責任じゃない???
 本番まであと一週間しかないんだよ!!!
 やばい。けど、なんとかしないと。
 私がすべきことは……。

「ハンゾウ!」
「はっ」
「お茶の練習に付き合って!!」
「はあ?」

 さっきの威勢の良い返事はどうした。

「しばらく私の傍にいてくれるってゆぅったじゃぁん!」
「思わず手が出そうだ」

 ナバリが素振りよろしく爪を立てて手振っている。

「神様仏様ハンゾウ様お願い致します」

 手を身体の横に付けて、頭を下げる。
 ハンゾウには溜息をつかれた。

「忍如きに気安く頭を下げるな。俺の格まで下がるだろうが」
「じゃあ、付き合ってくれるのね!!」
あるじの願いだ。仕方あるまい」

 茶室に案内して、ハンゾウにお客さん役をやってもらう。
 ハンゾウが正座して待っている。
 いざ、最後まで通してやってみると────。

「え。綺麗じゃん……」

 ハンゾウの所作は完璧だ。
 前回のむちゃくちゃやってたのが嘘みたい。

「当然だ。外見だけ変装したとて中身がなければ意味がない」

 さすが忍者。

「リキュウに変装してやってもいいぞ」

 思わず頬が熱くなる。

「それはいいよ。ほら本番で緊張感なくなっても困るし……」

 目の前に利休様がいたらと思うと、手が震える。
 しごかれている時は気にならないが、二人きりになるとそれなりに緊張する。
 真面目な空気で一対一になると、多分心臓がもたない。
 無表情の忍を相手にするのが丁度良い。

「そうか」

 一瞬、ハンゾウが変な顔をした。
 見間違いかな。

「……なあ。何故俺なんだ。茶に詳しい英傑が判らないことが理由ならば連れて来てやる」
「え。いや。ハンゾウに頼みたかったんだけど……」

 怪訝そうな顔をしてこっちを見ている。

「だって程よい緊張感があるでしょ。それにダメな時はダメってちゃんと言ってくれるから」

 ハンゾウはふっと鼻で息を吐いた。

「俺は甘やかさないぞ」
「上等。……でも多少手心はくわえてよね」
「今更遅い。覚悟しろ」

 それから何度も練習した。
 ハンゾウは本当に容赦なくて、少しでもミスをすると指摘してくる。
 けど何度だって付き合ってくれた。
 ナバリもお昼寝せずにじっと座って。
 疲れて全員休憩をしていると、ハンゾウが目を瞑って座っていた。
 膝の上ではナバリが座って寝ている。

「忍って隙を見せない生き物なんじゃなかったの?」

 そっとブランケットをかける。
 二人とも気持ちよさそうだ。

「……。さて、もう一回やるかぁ」

 新しい湯をもらいに厨の方へ行く。
 背後で、ハンゾウとナバリが目を開けた。

「……隙などあるわけがないだろう」

 ハンゾウがナバリを撫でる。
 私はそれを知らない。


 そして迎えたお茶会当日。
 私は判らなかったけど、八百万界の偉い人や凄い人が来てくれたらしい。
 それを知らされて緊張で手が震えたけれど、利休様が隣で見守ってくれた。
 ハンゾウとの特訓のおかげもあって、大きなミスはなく無事に終えることができた。
 お客様たちも、笑顔で帰っていった。
 くつろげたようで、私も嬉しい。

「独神殿、見事だった」

 利休様も満足そうに微笑んでいる。

「ありがとうございます」

 お茶会で出した茶や茶器、お菓子は全て利休様が用意したものだ。
 会場づくりもそう。
 細部まで行き届いた美への探求がお客様に心からの安らぎを与えたのだ。
 私はまだまだ。
 でも、自信はついた!

「独神殿は、もう十分に茶を点てられる」

 利休様が静かに言った。

「私の指導は、ここまでだ」
「え」

 心臓がぎゅっとなる。

「独神殿には為すべきことが多い。私がこれ以上、貴殿の時間を奪うわけにはいかない」
「で、でも……」

 もっと、一緒にいたい。
 そう言いかけて、飲み込んだ。

「あの、利休様」
「はい」
「お伽番に、なってください」

 利休様が目を見開く。

「お伽番……か」
「はい。利休様の知識は素晴らしいです。私の傍で、助言をいただきたいんです」

 本当は、ただ近くにいてほしいだけなのに。
 利休様は少し考えて、頷いた。

「……判った。微力ながら、お仕えしよう」

 っぃやったぁ!
 早速他の人にお伽番の交代を伝えなきゃ。
 廊下を走っていると、ハンゾウとすれ違った。
 地面をフッツーに歩いているなんて珍し。







「独神殿の所作がずいぶんよくなった。……貴殿なのだろう」
「ああ。俺が仕込んだ」

 リキュウが目を細めた。

「……言葉には気を配った方が良いぞ。忍殿」
「貴様も。侘びと寂びを重んじるならば、その感情は不要なんじゃないか? "醜い"ぞ」

それ以上は何も言わず、お互いに歩き去った。







 数日後。
 今度は独神のシゴトを頑張ることになったんだけど……。

「リキュウさん、この商人との交渉を……」
「利など俗なもの。茶一服で語り合えばよい」
「いや、そういう話じゃなくて」

 会議中、庭の花に気を取られているかと思えば。

「リキュウ殿、会議中です」
「ああ、失礼。しかし、あの花の咲き方は見事だと思わないか」
「……」

 政治判断に悩んでいると。

「性根の美しい者を選べばよい」
「そういう話じゃない!」

 ハンゾウが遠くで呆れた顔をしている。
 うーん。
 このひと、政治には向いてないな……うん。

「お伽番、チェンジで!」

 利休様とは茶室で、ね?

リクエスト作品。
『元茶道部であることを隠してた独神がリキュウに見破られて急に弟子入りすることになってしごかれるラブコメ』
『それで独神がハンゾウに無理やり練習に付き合わせるドタバタ話』

というオーダーから出来たのがこちら。
オーダーの時点で面白いから即書けた。
個人的に面白いと思っているのは、ハンゾウが「茶ぁまだかよ」って言ってるところ。


こぼれ話。

センノリキュウが、利休様と呼ばれているのは、まだ独神は千利休として見ているから。
『センノリキュウ』としては、まだ見ていない。

現実の千利休は商人の家に産まれており、商人としての才能もあったとか。
なのでこの話はフィクションとしてお楽しみください。
「利休にたずねよ」という本がとても良いので読んで下さい。何度でも言います。

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