バレンタイン2020-楽巫星忍-

フクスケ    

「はい、毎日良い子のアルジには血代固あげるで」

小さい血代固を独神に渡した。

「はろうぃんみたいにな、チョコ配ったらおもろいかなって思うたんよ。
 ほら、子供って甘いものすきやん? 大人もやけど。
 辛い時にな、舌の上でとろける甘いお菓子食べると、ごっつ幸せになれるやろ?
 アルジもな、にーっこりして、毎日幸せに暮らすんやで。いや、暮らせるようにしたるで!」

にこにこと笑顔を浮かべるフクスケに、独神も自分の血代固を渡した。

「あっら……。ほんまに? めっちゃ嬉しいわあ……。
 ふふ、うちの事幸せにしてくれるんは、やっぱアルジやな。血代固もやけど、アルジが一番!」

と、見ている者を幸せにするような、曇りのない輝く笑顔がそこにある。

「アルジもみんなにチョコ配るん頑張りや。
 きっと、アルジにあまーいチョコもろたら、みんなもれなく笑顔になれるで!
 アルジは本殿の太陽やからな! ほんまもんの太陽神にも負けてへんで!」

サルトビサスケ    

「頭、今日の見回りに行って来る。がその前に一つ忠告が」
「はい、血代固」

真剣なサルトビサスケに、呑気な声と血代固が贈られた。

「おい、かし……感謝する」

小言をぐっと飲み込み、サルトビサスケは礼を言った。

「……貰っておいてなんだが、忠告と言うのはこの事だ。
 今日はどいつもこいつも浮かれきっている。
 頭から貰いたくて仕方がないのだろうが、任務に身が入らない奴らには困ったものだ」
「楽しみにしてくれていると聞くと、私は悪い気はしないのだけれどね。
 でも、あなたの言い分は最もよ。心配してくれてありがとう」
「今日は頭自身もしっかり警戒しろ。
 浮ついた奴らが普段の警護を怠っている可能性が高い。いいな」
「はい。判りました」

独神は甘い匂いのする大きな袋をよっこいしょと持ち上げた。

「……頭、この贈物は頭の好意をじっくり噛みしめながら頂こう。
 これからも頭の身は必ず守り抜く。今日は、戦いの事はしばし忘れて笑顔で過ごしてくれ」

目を逸らして言うサルトビサスケに、独神は一番の笑顔を見せた。

モモチタンバ    

「あ、しまった……。用事頼んじゃってた……」

多分今日は帰ってこない。

「どうしよう。改めて渡すのも良いけれど、いつ会えるかよく判らないのよね……」

帰還がいつになっても届くようにと、部屋に置いておく事に決めた。
殺風景な部屋なので、独神の血代固には必ず気づくだろう。忍なのだから猶更。
面と向かって渡せない代わりに、手紙に気持ちをしたためた。
それを血代固の下に置いておけば完成だ。

「なるほど、手紙か」
「ぎゃああああああ!!???」

思ってもみなかった部屋主の声に独神は大きく飛び上がった。

「い、いたのなら早く声かけてよ!!」

置いたばかりの手紙を破ろうと引き抜くと、するりと奪われる。

「だめ! 返して!」
「俺宛てなのだろう? 何を慌てる必要がある」
「そうだけど、本人がいるなら直接言うわ。返して」
「主(あるじ)殿の声で聞かせてもらおうか」

手紙を懐に入れながらモモチタンバは言った。

「紙に残っていると恥ずかしいでしょ! 手紙は返して! 内容をそのまま読み上げるから!」
「ならば、俺から奪ってみせろ」
「出来る訳ないでしょ!」

と言いつつも、挑戦はする。
避けられる事を覚悟してモモチタンバに飛びついてみると、何故か相手は一切動かず、そのままぶつかってしまった。

「ごめんなさい。痛い?」
「それより取らないのか?」
「あ、……では失礼して……」

服の合わせに手を入れていると、己がいかに危ない事をしているかに気づいた。
独神の手が逆戻りし、モモチタンバからも離れる。

「……や、やっぱりいい」
「もう指が触れる位置だったではないか」
「とにかくいいのよ!」

自分の行いを思い出すと、羞恥心に顔が染まっていく。

「その血代固あげるわ! いつもありがと! これからもよろしく! ね! ばいばい!」

大きな足音を立てて走り去っていく独神に、モモチタンバはほんの僅かに笑った。

「主殿は面白いお方だな。……ああ、必ず手に入れなければなるまい」

チヨメ    

「頭領さん頭領さん、チヨメさん特製血代固はいかがかしら?」
「勿論頂きます! ありがとう」
「味や見た目を拘ったのは当然だけど、これからも主様が健康で災いが降りかかりませんようにって加持を行ったのよ」
「なにからなにまでありがとうございます。あとこれ、私から」
「まあ、嬉しい。ありがとう。頭領さん」

二人は血代固の交換を楽しみ、独神は次の英傑の下へと行った。
それを笑顔で見送っていたチヨメが、誰もいない場所へ声をかける。

「──で、何よサスケ。アタシを監視して何のつもり」

するとサルトビサスケが目の前に現れる。

「仮にも甲賀忍である貴様が頭に余計な事をしないか見ていただけだ」
「してないでしょ。他の子だって血代固は渡しているわ。おかしくないでしょ」
「献上物にとやかく言うつもりは毛頭ない。懸念しているのは、忍の貴様が妙な事を言わないかどうかだ」
「聞いてたんでしょ。ただの解説よ」
「ああ、貴様が忍の本分を忘れていない事は確認できた」

と、不遜な態度で終始いたサルトビサスケはその場を去った。
チヨメは溜息をつく。

「……勢いで告白せずに済んだのは、サスケのお陰かもしれないわね。
 でもアタシだって忍よ。サスケがアタシの監視を解いた今が、狙い目だわ。
 頭領さんに、改めて気持ちを伝えに行かないと。……忍は出し抜いてこそなんだから」

チヨメは独神の後を追った。

ワヅラヒノウシ    

「血代固から想像を広げて作った服だ。受け取って下さい!!」

まさか廊下の真ん中で土下座されるとは思わず、独神は泡を食った。

「え!? ありがとう!? ……じゃあ、せっかく頂いたから着てみようか。うん、ちょっと待っててくれる?」
「えええ!?!? ななな、なら、俺も行く。いや! 一緒に部屋に入るわけじゃねえから!! そこは大丈夫だから!!」

自分よりも慌てふためいた者を見たからか、独神は笑いながら落ち着きを取り戻した。

「判ってるわ。執務室側で待っててね」

言われた通り、二人は執務室までは共にいたが、その後はワヅラヒノウシだけが独神の自室の扉前でちょこんと座って待っている。

「突然服なんて、煩わしいって思ってんじゃねえかな。なのになんで。今日忙しいはずなのに。あああ、なんで俺はこんな煩わしい事しか出来ないんだ。なんで俺はワヅラヒノウシなんだよ、くそっイザナギめ」
「こっちに全部聞こえているわよ。それと、イザナギへのとばっちりは流石に可哀そうだと思うわ」
「え!? 聞こえ、俺の独り言なのに、なんで聞いてるんだ!? 煩わしいから嫌でも耳に入るってか!?」
「落ち着きなさいな……。今、結んでいる最中なの……」
「あ。それなんだけど、結び方大丈夫か? 斜めに組み合わせて結ぶもので」
「ああ、なるほど……判ったわ。こういう事ね」

何度か服の着方について扉越しに説明を受け、独神は無事一人で着る事が出来た。
ワヅラヒノウシの前に姿を見せ、その場でくるりと回って見せると、ぽつり「綺麗だ」との呟きが落ちた。

「裳裾? 洋袴? ……なんだっけ、もっと伸びた音の」
「スカアト、だな」
「そうそれ。……私普段袴ばかりだから新鮮ね。これ足は出しているのに、皆みたいに肌は見せない作りなのね」
「ああ、出しても良いけど、やっぱり(主(ぬし)の素足を他人に見せるなんて)良くないからな」
「スカアトって、裾がひらひらしていてとても可愛いわね。ありがと」
「こ、こちらこそ……。血代固ありがとうございました……」

独神の為だけに作った服を抵抗なく着てもらえて、それも今自分だけがその姿を見ている事に感無量だった。
甘い血代固のような可憐さを持たせた服は、戦を指揮する独神とは大きくかけ離れている。
動けば揺れるスカアトの裾は自由で、平和を愛する独神そのものだ。
こうやって、自由に服装を選べる時を独神に贈れるように、英傑として、ワヅラヒノウシは努力を惜しまない。

「折角着たけれど、ごめん、脱ぐね? 今日はまだ汚れる予定があるの」
「あ、ああ。そう……そっか」

寂しい。本音はそうだ。
だが、今日は英傑全員が独神の占領をしないと約束しているからこそ、こうやって二人きりの時間が持てた。
そうでなければ自分の目の前で服を着てくれる事だってなかっただろう。だからしょうがない。

「(今度二人の時間が取れたら……。もっと色んな服を着てもらいたいな)」

サトリ    

「元気? 主(あるじ)ちゃん。今日は大変だね~」

にこにこ顔でサトリが近づいた。

「えっと……。何が視えても黙っていてね」
「勿論だよー。今日はすっっごいからね。私も主ちゃんから血代固貰ったら、本殿からは離れるつもり」
「お疲れ様です。お手数をおかけします」

他人の心が見えるサトリは、今日のような祭りは楽しさよりも、苦しさが勝る。
誰かを好く事、誰かを手にしたいと思う事は綺麗な感情ばかりじゃない。
特に独神は特定の者を選ばない為、この感情に終わりがない。
期待して、落ち込んで、また期待して、また落ち込んで。

「そうやってみんなに配るから良いって子もいれば、みんなだから嫌な子もいる。
 ねえ、どっちだと思う? アタシは、みんな、でいいと思っている? それとも、ひとり、が望みだと思う?」
「……それ、私が答えた後、ちゃんと教えてくれるの?」
「おしえなーい。サトリの心は秘密でーす」

けらけらと茶化すと、独神も曖昧ながら笑った。

「主ちゃんって、未だにアタシを嫌がらないね。サトリなのに。全部丸見えなんだよ?」
「そりゃ困る事だってあるよ。例えば、今、とか」
「なーんて事を言っても、主ちゃんの心は本当に嫌がってないんだよね」
「筒抜けって判っていれば平気よ。隠し事が出来ないなら隠す事を止めちゃえばいいだけだしね」
「そんな風に割り切られるとアタシの方が怖くなるよ。
 普通はそうやって割り切れないのに。そんなことされちゃったら、……困る。
 ……キミ以外、考えられないって勘違いしちゃう」

サトリは独神に抱き着いた。

「好きだよ。主ちゃん。……大好き。
 だから、……誰の事も本気にならないで…………」

オロチマル    

「いた!!」

髪に葉をつけながら、独神は木の上のオロチマルを指さした。
オロチマルは音もなく地上に降り立つ。

「あの。はぁ。これ。はぁ…………ちょ、ちょっと待って……」

独神は胸を押さえて大きい呼吸を繰り返して息を整える。

「よし。……これ、ばれんたいんの血代固。あなた分と蛇の分。
 あ、蛇は血代固じゃなくて魚なんだけれど食べるかしら? 虫は季節柄捕まえられなかったの。ごめんね」
「そ、そーいえば? そんな日だったような? 俺はしんねーけど、しらねーけどな!」

挙動不審になりながらも受け取り、蛇の方は早速中身の魚に食らいついていた。

「ばれんたいんが今日だなんて知りもしねえけど、でも偶然持ってたからな。頭領にやるよ。じゃあな!」

丁寧に包装された袋。それもオロチが選らばなさそうな可愛らしい春色の包装だ。
それを独神に押し付けて、木から木へ飛び移っていく、のだが。

「あーーー! そうじゃねえよ!!」

大声をあげて戻ってきた。

「頭領! す……。すきやきはすきか?」
「ええ。美味しいわね……?」
「だ、な。……じゃ、じゃあな!!! 任務に戻っから!!!!」

小首をかしげる独神を置いて、遠くへと行ってしまった。
そんなオロチマルは絶賛後悔中であった。

「去年なら言えたのに……。なんか俺どんどん言えなくなっちまってる。
 好きだ、なんて。たったこんだけなのに。……今日中にもう一回挑戦しねえと」

ガシャドクロ    

「違う! 血代固じゃない! それは私!! 私だから!!!」

出会って早々食べられかけるが、おにぎりを渡して難を逃れる。

「す、すまない……」
「大丈夫よ。……理性が残ってて助かったわ」

そう言うと、ガシャドクロはしゅんと肩を落とした。

「すまない。独神サマから貰えると信じて、今日は出来るだけ食べないようにしていた。
 ……空腹の時が一番美味いからな。
 独神様の血代固を一番美味しく食べるなら、それがオレに出来る唯一の事だと。
 だが、それで独神サマに迷惑をかけては意味がない。本当にすまなかった」
「いいのいいの。気にしないで」

出来るだけ元気よく言った独神であるが、ガシャドクロはまだ申し訳なさそうに背を丸めている。
続けて補完した。

「あなただって、別に本当に私を食べたいと思っているわけではないんだろうし。大丈夫よ!」
「……」
「……そ、その沈黙は何?」
「いや。食べてみたいとは思わない……と言えば嘘になる」

じー……と、独神を見ながらガシャドクロは言った。

「食べてはみたい。大切な独神サマはさぞ美味いに違いない。
 けれど、それでは一時の空腹を満たすだけだ。
 オレは、独神様といると空腹が少し和らぐ。
 餓者を慰める事ばかり考えているオレが唯一、オレ自身の事を思って願ったのは独神サマだけだ。
 大切な独神サマはこの世で最も美味いだろうが、食べるわけけにはいかない。
 オレの血肉となって共に生きるのではなく、隣にいて欲しいからだ」

そう言って、ガシャドクロは包装ごと血代固を食べた。

サラカゾエ    

「サラカゾエ……。ど、どうしてここに?」

それは炊事場隣にある大量の食器を保管する倉庫であった。

「お皿があると落ち着くので……。それに勇気が貰えるんです」

サラカゾエは薄い四角の箱を独神に差し出した。

「ばれんたいんの血代固です。受け取って頂けますか?」

独神は頷いてその奇妙な薄い箱を受け取った。

「あの。まず、その箱を開けて欲しいんです……その……お願いします」

言われた通りに開けると、中には茶色の円盤……いや、皿型の血代固が入っていた。

「お、お皿……? 型があるわけじゃないでしょう? え、どうやって作ったの?」
「削りました。血代固の塊を」
「凄い……ありがとう。でもこんな大作私が貰って良いの……?」
「勿論です。だって、主(あるじ)様を想って作ったお皿ですもの。だから、まだ未完成なんです」

しげしげと眺めていた独神であったが急に思い立ち、渡すはずだった血代固を開封して、皿の上に乗せた。

「こういう事ね!」
「はい! 主様なら判って頂けると思っておりました。
 これでこの血代固は完成です」

サラカゾエの皿型血代固の上に、独神が作ったくっきー生地で作った皿が乗る。

「……一緒に食べて頂けますか?」
「ええ。あなたが望むなら」

ツチグモ    

「……判っている。ばれんたいんとかいうやつだろ。ちゃんと覚えている」
「良かった。探しても見つからないからどこかへ行ってしまったかと思ったのよ」
「別に。今日がどんな日だろうと悪霊野放しするわけにいかねえだろ。
 ……ま、落ち着かなかったってのもあるがな」
「待ってくれてたの?」
「あ? どう答えりゃ満足なんだよ」
「ごめんごめん」

軽く謝ると、用意していた血代固を渡した。

「主(ぬし)には驚かされてばかりだな。俺なんかに渡すなんて気が触れてんのかと思うぞ」
「大丈夫。ちゃんと去年より更に甘くないようにしたわ」
「そういう問題じゃねえ…。まあありがたく貰うが……ありがとな」

満足そうにする独神の姿を、ツチグモは太陽を見るように目を細めた。

「良い機会だから主には言いたい事をぶつけてやるつもりだったが、どうにも言葉にならねえよ。
 それに他の奴らに色々言われてんだろ。俺が言ったところで、どうでもいい事だ」
「ツチグモから聞きたい」
「断る」
「えー」

口を尖らせる独神の茶化した態度が癪に障ったのか、糸を出してぐるぐると巻いた。

「クソッ! 我慢してやってんのに!」

と、怒鳴って身動きの取れなくなった独神に凄んだ。

「おい主。さっさと俺のもんになるか、俺をものにするか選べ」
「ん……。……ん……それは……ちょっと」
「うだうだ抜かしやがって」

ぴっと、糸で独神の指の腹を薄く切った。

「……不安そうな顔をするな。余計に煽られる」
「調子に乗り過ぎました。ごめんなさい」
「謝るくらいなら最初からするな。……チッ、またやっちまった」

ツチグモが手を上げると糸が緩んだ。

「主は俺の獲物なんだから、他の奴に狩られたり捕まったりすんなよ。
 ……既に他の妖どもの匂いがべったりで、苛々するが」

妖の匂いについては全くのその通りであり、独神は黙っていた。

「それが主と言えば、そうなんだがな。
 ……だからって、そこで明らかに安堵したって顔されるのは不快極まりないんだが?」
「っ……ごめんなさい」
「……はぁ。これだからな。
 ったく、俺なんかに構うより、さっさと他のヤツの所へ行ってこい。
 普段澄ました面した奴らが漏れなくそわそわしてて笑えてくるぞ」

ゴエモン    

「ゴエモン!!」

ゴエモンは声のする方へと素早く身体を向けた。
屋根の上には、仁王立ちする独神が。

「あなたを八百万界一の大泥棒と敬して、あなたに勝負を申し込むわ!
 あなたの心、この独神が譲り受けます!」
「おう! このゴエモン様の心、奪えるもんなら奪ってみろってんだ!」

とうっ、と飛び降りる独神をゴエモンはしっかりと抱き留めた。

「い、……息止まった」
「はっはっはっ! オレ様が受けてやんなきゃ今頃頸椎ボッキリよ。オレ様もちぃと肝を冷やしたぜ」
「……よし、じゃあ一瞬でもあなたの心を引き寄せた私の勝ちね」
「下手な屁理屈だねぇ。いいや、構わねぇぜ。元々オレ様の心はとーっくに、オマエに盗まれちまったからな」
「はい、今年の血代固です」
「毎年あんがとよ、お頭」

ゴエモンはその場に独神を下ろし、羽織の裏をなにやらごそごそと探る。

「オレ様もお頭に渡すもんあんだよ。ぎらっぎらに輝く黄金がな」

ほい、と渡されたのは小判。だが、あまり硬くないし、重さもない。

「ははっ。それで血代固なんだとよ。どうだ? 可愛らしいもんだろ。オレ様にお誂え向きってな」
「ほんとだ。ありがとう」
「泥棒のオレ様は買収なんてもんは好かねえが、これでお頭を笑顔が買えりゃ万々歳よ」

独神は貰ったばかりの小判を爪で引っ掻いてみると、包装が剥けて茶色い血代固が現れた。

「あっ、血代固だわ」

ぱくりと、横から大きな口が齧りついた。

「あ!!」
「へへっ。泥棒は盗るのが仕事なんでな!」

シラヌイ    

「主(ぬし)様。こ、これ!」

震える手で差し出された血代固を独神はそっと受け取った。

「ありがとう。私からも。はい、どうぞ」

貰った血代固を仕舞い、独神は袋から青い飾り紐のついた包みを渡した。

「わぁ……。ありがとう主様!」
「どういたしまして。……話は変わるんだけれど、今日は見回り当番だったよね。何もなかった?」
「な、ないよ! 全然!」

ふいに話題が変わり、シラヌイはついていけず、どもりながら答えた。

「……あ、でもね。町のみんなも贈り物してて、すごく幸せそうだったよ」
「そっか。うん、それは……良かった」

独神は嬉しそうに笑った。それを見たシラヌイはつられて笑みを浮かべた。

「八百万界もどんどん変わっていくんだね。悪い事ばかりじゃないんだね」
「そうだよ。これからどんどん変わっていくから。もっと安心できる生活を送れるように」
「主様は凄いな。私も頑張るね」
「頼りにしています。それじゃ、私はそろそろ行くね」

小さく手を上げ、背を向ける。
と、その背に向かってシラヌイが抱き着いた。

「ごめんなさい。今日はいい子でいるつもりだったの。でも、……やっぱり我慢できない」

白魚の様に白く透き通るような指がじわりと独神を捉えた。

「主様……大好きです」

と言って、そっと離れた。
独神が振り返ってみるとシラヌイは顔中真っ赤になっていた。

「主様今日は忙しいから。引き留めちゃ駄目って……。
 でも、それならせめて、主様が好きな事を伝えるくらいならいい、よね……?」

フウマコタロウ    

「独神ちゃん、ありがとー!」

フウマコタロウは大げさなくらいに喜んだ。

「ねえねえ、血代固以外にも僕に渡さなきゃならないものなあい?」
「え。……ごめんなさい。思いつかない。何か約束していたかしら?」
「ううん。約束はしてないけどー……。ほら、例えば、伊賀衆を焼き討ちにしろって命令書とか?」
「そんなのないわよ……」
「え~、つまんな~い」

大事な要件を忘れていた、という訳ではなく、独神は胸を撫で下ろした。

「今は数が必要だろうけどさ、そのうち忍なんてそんないらなくなるでしょ?
 だったらさ、風魔を独神ちゃんの専属にしちゃわない?」
「考えていません。商売上あなたの主張は判るけれど、私は流派での契約は行っていないし、する気もないの」
「けち~。よくばりんぼ~。こんなに忍大集結なんて普通ないよ? ここ流派混ざり過ぎだよ?」

大抵の場合契約は一つの流派とするものである。
別の流派が同じ主に仕えると、互いの手の内を見られる事になる為非常に好まれない。
ごった煮状態の本殿が異常なのである。

「忍の皆様にはお世話になっております。感謝しております」
「皆様、じゃなくてさあ……。
 ……まあ、いいけど? 僕が一番武功を上げれば良いだけの話だし」

甲賀は個人契約だが、伊賀と風魔は流派の頭が仕えている為にその下に属する下忍まで丸っと本殿に仕えている状態である。
その為下忍同士の小競り合いが発生している事を、独神は知る由もない。

「独神ちゃんは僕の特別だから、それはそれで良いんだけど。
 ……でも時折思うんだ。
 僕が……僕だけが、独神ちゃんの特別になれたらいいのにって」

少しだけ独神は目を開いた。
すると、フウマコタロウはいたずらっぽく笑う。

「どう? どきっとした? ははっ、冗談なんだから本気にしないでよ。ね?」
「突然驚いたわよ……」
「なら、だーいせーいこー! 独神ちゃんのそのぽかんとした、ぽやっとした顔好きなんだよね~」
「はいはい……。じゃあ、そろそろ私は行くわね」
「いってらっしゃ~い」

屈託のない笑顔で見送り、フウマコタロウは呟く。

「なーんて。忍は嘘吐きなんだけどね」

サイゾウ    

「へへっ。ありがとな、お頭」
「どういたしまして」

作った方としては、こうやって素直に喜んでもらえる事が嬉しい。
自分が好きで渡した物ではあるが、その笑顔を見ていると勝手ながら報われたような気がするのだ。

「すげー食べたいンだけどさ、任務あるから甘い匂いはちょっとな……。
 任務終わったら食べるから! 感想はそれまで待ってくれよな!」
「いいわよ。気にしなくて。痛む前に食べてくれれば」

サイゾウには調査を頼んでいた。邪魔をしないよう退散しよう。
「じゃあ」と口を開けようとすると、その前にサイゾウが言った。

「なあ、お頭。俺は忍としてじゃなく、お頭だけのサイゾウになりたいって、ちゃんと覚えてるか?」

覚えている。かなり前の話だ。
あの時の私は何も言わなかった。
どこまで深読みをすればいいのだろうかと考えていたら、話は終わってしまったのだ。

「偶には言っておかねえと、お頭はすーぐ忘れちまうからな。
 でもそう何度もは言わねえよ。驚いてくれなくなっちまう」

人の好意を曖昧に曖昧に濁して逃げ続けていると知っていて尚、サイゾウは極々偶に気持ちをはっきりさせてくる。

「つって、難しく考えなくていいぜ。俺は今ンとこは満足してるし?
 ……あ、けど、お頭はどうだ?
 ほら、最近また忍増えたしよ……俺に不満ねえかなって」

増えた忍というのは、ヒデヨシの事だ。

「何でも言ってくれよ! お頭の為ならもっと強くなるし、役に立って見せるからな!」
「不満なんてないわ。沢山お世話になってる。あなたこそ、私に不満ない? こき使い過ぎ、とかね」
「お頭に不満なんて……あ、あったあった」

聞いていてなんだが、不満があると言われて胸を刺されるような痛みに襲われる。
辛いけれど、聞いてみて良かった。出来るだけ不満は解消していきたい。

「お頭、俺の事、頑張ってるなーって思うか?」
「思ってるよ。勿論じゃない」
「じゃあ、撫でてくれよ」

予想外の要求に、耳を疑った。
しかも照れるでもなく、言い淀むでもなく、あっさりと言われるので冗談かと思う。
けれど、フウマコタロウとは違って、サイゾウは冗談や嘘は言わない。
だからきっと、これは、本当の要求なのだろう。

「じゃあ、その……失礼します」

私よりも背の高い相手に向かって懸命に手を伸ばして頭を撫でた。
他の英傑相手に普段からしている事だが、サイゾウ相手だと少し気恥ずかしい。

「……へえ、お頭って赤くなるとそんな顔すんだな」

猛烈に顔が熱くなったので、思わず手を引っ込めた。
ついつっけんどんに返してしまう。

「なに。あなたに言われる事なんて無いから、ちょっと慣れてないだけよ」
「そっか。じゃあ、偶にはご褒美にやってもらうとすっか」
「え」

いや、でも、やっていれば慣れて恥ずかしくなくなる、かも。

「俺は、お頭のそういう顔も良いと思うぜ。可愛くて」
「サイゾウ!?」
「ははっ。慌てるお頭も可愛いな」

玩具にされてるなと思うのだが、サイゾウがそれで満足なら、今日くらい自由にされよう。

ヒデヨシ    

「見て下され! 拙者のありとあらゆる手を使い用意した血代固でござるよ!」

豪奢な布に包まれた重箱程の大きさの物を独神に渡した。

「お、おっきい……。ありがとう」
「ランマル殿や、ノウヒメ殿に負けてはおられませぬからな!」
「これ。豪華ではないけれど、いつもの感謝を込めて」

ヒデヨシの物よりも小ぶりな袋を差し出した。

「有難き幸せ……。いやはや、嬉しいですな!
 こうして独神殿に直接頂くことができるなど感激の嵐でござるよ!」
「そんなに喜んでもらえると私も嬉しいわ。あなたにあげるのは初めてだしね」
「初めてと言えば、ノブナガ様に詰め寄られておりましたな」

一転、独神が渋い顔をした。

「え、ええ、まあ…………。血代固あげただけなのだけれど、自分だけじゃない事が気に入らなかったそうで……」
「なるほど。それで血代固を食べさせる運びとなったのでござるな」
「全部見てたのね。……そうよ、そうですよ。
 嫌とか、悪いわけじゃないのだけれど、結構緊張したわ。
 素直じゃない人なのは判ってきたけれど、私はまだあの人の事ちゃんと判っていないから」
「独神殿はお優しいのですな。中立の約定すら蹴る相手にも」
「まあね。それとこれとは別だもの」

政治面では現在対立中のオダノブナガであるが、個人的な関係はそれなりに良好だ。
独神がノウヒメとオダノブナガ二人を連れて町を歩いている所も、目撃されている。

「ところで独神殿、お願いがあるのですが……聞いては頂けないでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「拙者にも食べさせて下され」
「……。い、いいよ」

一瞬面食らったが、独神は了承した。

「あ、包みは拙者に開けさせて下され。折角独神殿が包んで下さったものですからな」

ヒデヨシは貰ったばかりの包装を嬉しそうに開けて、独神に差し出した。
独神はその中の血代固を一つ摘まむと、控えめに開けたヒデヨシの口の中へ押し込む。
そっと指が離れる時、熱い舌がぺろりと舐めとった。

「っ!!?」
「おっと、これは失敬。拙者としたことが、つい血代固と間違えてしまいましたぞ」
「びっくりした……」
「お手をどうぞ。お拭きいたします故」
「そこまではしなくて良いけれど……まあ、折角なので……」

ヒデヨシは独神の手を握り、指先を丁寧に拭き上げた。

「独神殿は次の英傑にお渡しですかな?」
「ええ。あともう少しなの」
「いってらっしゃいませ。きっと他の英傑も心待ちにしていることにござりましょう」
「いってくるわ。じゃあね」

二人は軽く手を振り合って別れた。
ヒデヨシは先程の血代固を一つ摘まんで、口に放り込んだ。
味は同じでも、先程の方が美味しかった。独神の味がした。

「ノブナガ様もここまではしていらっしゃらないようでしたからな。
 ……いや、"できない"でござったか」

声には出さず静かに笑った。

ハットリハンゾウ    

「忍が主(あるじ)から報酬以外を貰い慣れる……というのも、おかしな話だ」

独神から渡された小さな包みをしげしげと見た。

「主からの賜り物はありがたく頂戴する」

ひょいと、ナバリの尻尾に包みが絡まり、どこへだか埋もれていった。

「さて、俺が主に返せるものは忍としての能力だけだ。
 一時慰めても仕方あるまい? 主の本当の望みを叶えてやる」

不敵な笑みを浮かべてそう言った。

「あなたらしいわね。あなた自身、何か望みはある?」
「……ないわけではないが。今日の貴様はそういった要望を多く聞いているだろ。
 俺のものまで抱える必要はない。
 だが、どうしても聞きたいと言うのなら……そうだな」

少しだけ考える素振りを見せ、小さく笑った。

「今のままでいい。主に仕えて戦場を飛び回る今が、俺にとって一番……生涯で一番幸福な時だろう。
 ……おい。なんだその顔は」

独神は「なんでもない」と首を振った。

「ここで油を売る暇があるのか? まだ配り終えてないのだろう。日が暮れる前に終わらせてしまえ」

半ば追い立てて、独神を次の英傑のところへと行かせた。
ハンゾウが何人めか判らないが、英傑の数から考えるとまだまだだろう。
こんな馬鹿げた事を人数分やろうとする独神には呆れを通り越して感心する。
兵の士気を高めるためにやるには非効率的で、本人がただやりたいからやっているのだろう。
戦に向かないとんだ平和主義である。

「……そんな主を俺の未来に引き込む事は、果たして主にとって望ましい事なのだろうか。
 いや、望ましいわけがない…………」

ロキ    

独神の足は棒のようになっていた。
朝からずっと英傑を探して歩き回っているのだ。
大抵の英傑は本殿付近にいて、独神が見つけやすいように配慮をしてくれていた。
中には本殿に住んでいない者や、今日が何の日か知らない者もおり、彼らは普段通りの生活を送っていたので、見つけるのは時間を弄した。

「(ぜぇええっったい、ロキは知ってる。判ってて隠れているか、私から逃げてる)」

あとはロキだけなのだ。
ロキに配れば全ての英傑に配り終えた事になり無事任務完了となるのだが。

「(戦えない私が一人で歩き回れる範囲は限られている。
 それも判っているロキならば、行動範囲ぎりぎりにいるはず。
 つまり一番遠くて、一番疲れる……敷地の外周)」

ぜーぜーと荒い息を吐き、切れそうな喉の痛みに耐えながら探しているが目的情報すらない。
とっくに日は沈み、空気は冷え切っている。
今日中に見つけられるか怪しいと、夕食すら抜いているというのに。
袂に入った一袋の血代固が非常に良い匂いがする。誘惑される。

「(我慢……我慢……。歩き続けていれば見つかるはずだから)」

とは言え、相手はロキなのだ。悪神ロキ。邪神ロキ。
聞くとアスガルズでもかなり派手にやっているそうで……。

「(一番望ましくない展開は、そもそもロキが付近にはいない展開。
 これが悪戯ではなく、本当に忘れているだけの場合とか……)」

空腹のせいで、悪い方にばかり考えてしまう。
だが決して足は止めず、動かし続ける。
身を切るような寒さの中独神は無事外周を一周し、座り込んだ。

「ロキー。もう私の心が帰りたがってる。このまま出てこないなら、諦めるからねー」

三角に立てた足の間に頭を埋めた。

「……しゃあねえな。この辺で勘弁してやるよ」

上から降り立ったロキが笑いを押さえながら現れた。

「……もしかしてついてきてた?」
「ははっ。ゴシュジンはばかだぜ。これが英傑ならおれに気づけたってのによ」
「……あ、そう」

怒る気力は勿論なく、軽く聞き流す。

「けどゴシュジンの事だ、必死こいて探すと思ったぜ! まさかここまでとはな」
「も、もう15日……なんですけど…………」
「14日の後半から、ゴシュジンは慌てただろ? 見つかんねえなって。
 しかも相手はおれだ。後に回せば回す程大変だって気づいてたろ?
 他の奴に会ってる間もおれのことが気になって仕方なかったんじゃねえか? ははっ!」

全くもってその通り。
他の英傑に会っている時もふとロキの事を考えてしまった。

「……なんで、こんなこと。
 ロキだって私を追いかけるなんて大変でしょうに……」
「んなの、別にいいだろ。それに、どうせゴシュジンはゴシュジンだからな。
 何も変わらないなら、ゴシュジンの時間を他の奴らより奪ってやる」

時間を奪いたい。
なんて、他の子もそんな事を言っていたような。
思い出すのも疲れた。

「疲れてんな、って当然か。
 なあおれがおぶってやろうか? それとも抱き上げてやろうか?
 どっちでもいいけど。悪神のおれを使役するなら対価はもらうぜ?
 例えばそうだな……このまま……ゴシュジンとアス…………いや、なんでもねえ!」
「……今、一瞬寝ちゃった」
「ここで寝ようとすんなよ。ほら、おぶってやっから。
 これだけでも他の奴らにマウントとれんだろ」

ロキは無事、独神との時間を全英傑で一番奪った。
部屋に連れていき、独神を布団に寝かしつけ、十分自分が一番だという実感も得られた。
それが原因か、独神からの血代固を貰い忘れた。
二百以上いる英傑の中で唯一、血代固を貰えなかったのだ。

送信中です

×

※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!
1 2 3 4