バレンタイン2020-楽巫星忍-

ミチザネサマ    

「わざわざ俺のようなものにまで下さるとは……感謝申し上げる。俺からはこれだ」

風呂敷に包まれた小さな箱をミチザネは渡した。
独神の鼻腔にふわりと香るのは梅のにおいだ。

「今は見なくていい。後でいい。なんなら明日以降で構わん」
「……これって、もしかして文?」
「ほう。さすがのお前でも察しがついたか。誉めてやる」

ミチザネは口こそ悪いが、文の中ではいつも美しい言葉が綴られている。
言葉だけじゃない。言葉を読むまでのことも考えて、ひとつひとつに手をかける。
今日のこの文箱からわざわざ梅が香るようにしたという事は、きっと開けるときにも何か仕掛けをしているに違いない。

「仕事じゃないんだ。余裕のある時に開けろ。いいな」
「はい。判りましたよ。そのようにさせて頂きます」

独神はふと、本殿に咲き誇る梅の木に目をやった。

「……もう、梅に関する物を見るとあなたばかりが頭に浮かぶわね」

と言うと、ミチザネは難しい顔をしていた。

「それはどういう意味でおっしゃっているのか。──いや、貴様の事だ、特に意味はないのだろうな」

大きな溜息を吐いた。

「勝手に納得して、勝手に溜息を吐くって、なんだか酷くないかしら」
「質の悪さは貴様の方が何倍も上だがな」

やれやれと、ミチザネは呆れて去って行った。

ダイダラボッチ    

「なんか、毎年当たって砕けてるような気もすんだけどよ」

そう言って、身体に不釣り合いな小さな箱を独神の手にそっと乗せた。

「ありがとう。私からもこれ」

独神の手よりも大きい箱をダイダラボッチへ渡した。
ダイダラボッチの手は容易く箱を掴む。

「……ありがとな。ぼっちちゃん。
 まあ、さっきのはいつもの礼っつーか。あんま深く考えんなよ。
 いや、考えられないのもムカつくけどよ」
「感謝しております。……どう? お菓子作り大変だった?」
「そりゃ大変に決まってんだろ。
 まず珍しい材料の取り合いで一戦だろ。
 台所の争奪戦でまず一戦だろ。
 包装の色々で一戦……」
「随分戦っているのねえ……」
「当然だろ。ぼっちちゃんの為だからな。
 普段共闘する奴らとボコボコにやりあうのは、なかなか大変だけどよ」
「へー……比喩でなく、本当の戦いなのね。武器は使ったの?」
「戦いなんだからそりゃそうだろ。……あ」

単純な誘導に、ダイダラボッチは見事に嵌った。

「……ま、大きな怪我がないなら良いけれど」
「悪ぃ……」

表向きは「平和なばれんたいん」なのだ。
実際は英傑同士で熾烈な争いがあろうとも。

「まあとにかくオレが勝ちまくって出来たもんなんだからな! ありがたく食えよ! いいな!」

大声で捲し立てるとダイダラボッチは走っていってしまった。
だがくるりと走って戻ってくると、袖から取り出した手紙を押し付け、また走って行ってしまった。
独神はその手紙をその場で開いて目を通してみる。

「料理が美味い奴が多いから自信はねえけど。
 でも、ぼっちちゃんへの気持ちはいっぱい詰めてんだからな。
 オレの身長よりデカいんだからな。
 本当はもっと構いたいし、構ってもらいてえけど! 我慢してるんだからな!
 言いたいことは、血代固に全部詰めたからな! 判ったな!!」

と、大声で捲し立てていそうな手紙には、そう書いていた。

オノノコマチ    

大丈夫。去年も贈ったのだから。それと同じよ。同じ。
いいえ、同じでは駄目よ。
飽きられてしまうわ。
何か驚かせるような事をしないと。

でも、なにを?
ここには二百人以上の英傑がいて、みんな主(あるじ)さまを想っているのよ?
私よりも数年前から想っている方だって……。
愛の大きさは、年数によらないと歌ったこともあるけれど、実際はどうなのかしら。
私は私より前から主様を想っている人よりも、強く主さまを想っているって、自信をもって言えるかしら。
どうなのかしら。心配になる。
ああ、主さまがいけないのよ。

主さまへの贈り物……。
私の気持ちが寸分違わず届くようなものを考えないと。
というと、和歌が一番得意なのだけれど……これは最後の手段。
和歌はもう何度か送っているし、全ての気持ちが伝わった事はなかったし、今回は別の方法を使いたい。
でも、別の方法とは言っても、何をしたら……。

「あ、ここにいた。オノノコマチ、血代固どうぞ」
「あら、主さま。ふふ、まだ今日は十三日よ。うっかりしているのね」
「今日は十四日よ」
「……?」
「ねえ! オモイカネ! 今日って十四日だよね!!」

「そうです」と返ってくる。
ほらね、と言いたげに主さまが私を見れば見るほど、私の背筋はさぁあっと冷え切っていくのだ。

「…………うそ、でしょ……」

悩みすぎて当日になっていたなんて。

「あなたも渡す相手がいたのね……気の毒に。
 ……確かにばれんたいんは今日だけれど、明日でもまだ良いんじゃないかしら。
 何もしないよりは気持ちが落ち着くと思うわ」

でもそれってただの贈り物。
ばれんたいんの贈り物だから、特別な意味が付与されるのに。

「……主様がその立場ならどうお思いになるかしら?」
「私は忘れた側であっても、もらう側だとしても今日も明日も変わらないかな。
 こういうのって気持ちが一番大事でしょ? 忘れてた事をを伝えれば、ばれんたいんの意味にちゃんとなるわ」
「へ、へえ……。そうなのね……。あの、私、今から歌合(うたあわせ)があるので失礼するわね。
 血代固はありがたく頂くわ」

主さまの答えを聞く前に、全速力で炊事場へ向かった。

モリランマル    

「存じております。ちなみにノウヒメ様に教えて差し上げたのもわたくしです」

本殿に来て初めてのばれんたいんだからと、説明する気でいたのだが、流石オダノブナガの傍仕え。耳が早い。
お陰で血代固を渡すのもすんなりといく。

「甘味を贈り合うという文化、とても興味深いと思います」
「そうね。この大義名分のお陰で、普段は言えない事が言いやすくて、良いと思うわ」

本殿にも天邪鬼な英傑は多いが、この日に限っては素直に伝えてくれる確率がそこそこ高い。
私としても血代固をあげる名目で話しかけやすく、英傑同士で気を遣っているようで、それぞれの子と一対一で向き合う事が出来るのも魅力的だ。

「心の内を素直に伝える……とは、いささか面映ゆい心地です。
 ですが、このモリランマル、誠心誠意尽くしてばれんたいんを遂行しましょう」

モリランマルは私に居直り、頭を一度下げた。

「ノブナガ様一筋で生きてきたわたくしが、別の方を認める日が来るとは到底思ってもみませんでした。
 わたくしたちは、ノブナガ様の意思一つで、敵にも味方にもなります。
 ですが、出来れば……。わたくしは貴方とは戦わずに済めば良いと思っております。
 いつ終わるかわからぬ関係ではございますが、最後のその時まで……宜しくお願い致します。
 ここにいる間、貴方の事はノブナガ様に匹敵するくらい、真摯にお仕えしていきます」

最後にもう一度深々とお辞儀をした。

「これが、わたくしの気持ちです。独神様は、わたくしのことをどう思っておられますか?」

ヒミコ    

「こ、これがち、ちよこ……なるもの…………」

初めてのばれんたいんを体験する英傑其の三のヒミコは、初めて見る血代固に身体をわなわなと振るわせた。

「な、なんじゃ。ここの英傑はみな貰うと言うのか!? イザナミ様も!?」

精霊たちも含めた会議が、独神の眼前で行われる。
ひそひそ話が終わると、ヒミコは咳ばらいをして胸を張ってみせた。

「邪馬台国の王として、貢ぎ物には相応の礼を返す」

大きな勾玉のついた弓を独神の前に掲げた。

「共に、国を守ろうぞ。独神さま!
 わらわの国は滅んでしまったが、そなたの守りたいものはまだ死んではおらぬ。
 八百万界が滅びれば、邪馬台国復興も叶わぬのだからな。しっかりしてくれねば困る!
 そなたは偶に頼りにならんが安心せい。このわらわが付いておるのだからな!
 それにイザナミ様もいらっしゃる。
 良いか、冥府六傑がそなたの下に集いて力を貸しておるのじゃ。
 神代八傑よりも役立ってやるから、覚悟すると良い!」

ゲンシン    

「実は以前算術と菓子との親和性に気づいてから、時々作っていたんだ。
 いつかまた、主君に食べてもらおうと思ってね」

照れた笑いを浮かべてゲンシンは言った。

「材料を調節しながらの試行錯誤は向いていたんだが、僕はあまり菓子に対しての発想が無くてね……。
 目を見張るようなものは出来なかった。
 だが、僕が研究した中で一番主君の口に合うように調整したものだ。
 どうか食べてみて欲しい」

独神はその場で包みを開いて、ゲンシンの力作を口にした。

「……」
「どうだろう……?」
「こ、これ以上ない糖杏菓(まかろん)だと思う……。これって、もうお店が出来る味じゃないの?」
「良かった。口に合ったようで」
「……。私の為に作ってくれたのは嬉しいんだけれど、この味の良さを誰かに広めたい……」

がしっ。
独神はゲンシンの両肩を掴んだ。

「ねえ、みんなに食べさせてあげたいから、また作ってくれないかしら。
 ぜっっったい、みんな美味しいって言うと思うの」
「ふふ。僕が菓子で誰かを喜ばせるなんて、今まで考えたことが無かった。
 少し考えてみるよ。前向きにね。
 でも、この糖杏菓は主君のだから、主君だけで食べてくれないか」
「ええ、それは勿論よ! 
 すっごく美味しいから、きっとすぐになくなってしまうわ。美味しいから何個でも食べられちゃうもの」
「良かった……。主君が笑顔になってくれて」

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