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ビャッコ
西の要の地──。
ビャッコの雄々しくも美しい白銀の毛が風に流れていく。
「先生? どうしてここに」
「は、はは……。よ、ようじ……です。ちょっとした」
いつもは引き締まった顔も、口を半開きにしてだらりと崩れている。
膝に手をやり息を整えている独神を見て、ビャッコは焦った。
「まさか悪霊か? どこから攻めてきたのだ!」
「いません」
少し汗ばむ肌を手拭いで押さえ、背負ってきた荷物の中から、白い包みを取り出した。
「今日、ばれんたいんでー。お菓子の日。忘れちゃった?」
ビャッコはしばらく思案し、あっと声を上げた。
「そうじゃった。すまぬ、ばれんたいんは覚えておったのだが、今日であったとは……」
「気にしないで。それだけ西方の守りに毎日務めてくれているって事なんだから」
と言って、独神は躊躇いなく地面に座った。
「……ちょっと休憩」
「先生! 座るならせめて草の所にでも」
にゃ、とビャッコは閃いた。
独神をひょいと持ち上げ、自分が地に座り、その膝の上に独神を乗せた。
「先生にここまで歩かせてしまった詫びじゃ。息が整うまで休むと良かろう」
「ありがとう。……お言葉に甘えるわ」
ビャッコの引き締まった身体に、背中を預けた。
深く深く、息を吸って、息を吐く。
「……ねぇ、ここにハクリュウ以外の英傑って来た?」
「いいや、いなかったのう」
「そっか……」
独神は頭を抱えた。
カグツチ
本殿近くの鍛冶場にて、カグツチは鍛冶の仕事をしていた。
鉄は熱いうちに打てというのは言葉通りで、独神は作業が一段落するまで鍛冶場の外で息を潜めて待っていた。
「待たせたな。もう大丈夫だぞ、主(ぬし)」
汗だくのカグツチは手拭いで顔から首から腕まで全部を拭った。
独神が荷物の中から血代固を探している間、カグツチは隣の小屋へ赴き、
手には赤い大輪の花を描かれた手拭いで包んだ箱を持ってきた。
「主とこうやって菓子の交換するのももう四回目だな。
普段料理しねえオレでさえ血代固作りに慣れちまった」
独神が贈ったのは乾餅(くっきー)や、西洋松露(とりゅふ)、粉杏菓(まかろん)等の血代固菓子の詰め合わせ。
一方、カグツチが独神に渡したものは、血代固の岌希(けーき)である。
数人で食べられる程大きい。
「毎年毎年オマエに渡すチョコが大きくなってるって知ってるか? なんでだと思う?」
「そうなの? ……んー、判らないわ。どうして?」
「オレの主への愛が毎年毎年デッケーもんになってるからなんだぜ」
呆気にとられた独神を見て、ししっ、とカグツチは笑った。
「来年はどのくらいデケェもんになると思う?
もしかしたら、八百万界が沈んじまうくらいかもしれねぇよ。うひゃひゃっ!」
「それは……私たち潰れちゃうわね」
「そんなの片っ端から食や良いんだよ。オレと主と、……困ったら他の奴らに頼んでみるとかな!
ガシャドクロに腹いっぱい食わせてやれるぜ」
想像したのか、独神はそうかもねと言って微笑んだ。
「主。オレは、今日も来年も、オマエの事大好きだからな」
「……。うん、ありがとう」
「オマエがオレを好きじゃなかったとしても、オレはもうオマエを好きな事が止めらんねぇ。
だから、気なんて遣うなよ! オレが勝手にやってるだけだからな!」
オオワタツミ
「タマヨリヒメの補助をしていたのだが、気付けば二人でうんうん唸りながら作っていてな。合作となった。
味についてはあの子のお墨付きだ。どうか受け取ってもらえないだろうか」
と言って、オオワタツミは輝くように美しい布で作られた巾着ごと渡した。
指先が触れただけで判る。これはタマヨリヒメ製の生地だ。
「ありがとう。私からも、血代固。どうぞ」
差し出した血代固をオオワタツミは両手で受け取った。
「感謝する。儂にまで頂けるとはな。タマヨリヒメには渡したか」
「うん。昼前には渡せたわ」
「……では、タマヨリヒメの方の血代固は既に召し上がってしまったか?」
「いいえ。タマヨリヒメが駄目って言うからまだ開けてもいないの? 何だったの?」
「やれやれ、あの子は其方に言わなんだのか。困った子だ」
困ったようには見えない柔和な笑みを浮かべながら言った。
「実はな、タマヨリヒメと儂の血代固は繋がっておる。だから、召し上がる際には二つ並べて欲しいのだ」
「あ、そうだったのね。判った。食べる時は二つ同時に頂くわ」
「ああ、そうしてくれ。……独神様がどんな顔をしてくれるか今から楽しみだ」
エンエンラ
「やあ、主(ぬし)。探したよ。はいこれ」
エンエンラに渡されたものは甘い匂いのする包みだった。
「ありがとう。私からはこれ」
独神は和紙で包装した小箱を渡した。
白い和紙には長い繊維が入っていてまるで雲の様な模様になっていた。
「どういたしまして。それとありがとう。今年も主から頂けるとほっとするよ」
「また一年経ったわね。……って、先月のお年玉の時も言ったっけ」
「良いんじゃないかな。毎月私たちが出会った喜びを噛みしめる事は」
エンエンラは独神に手を差し出した。
「少し来てくれないかな。大丈夫、すぐ終わるから」
独神は躊躇いなく手を掴むと、エンエンラに連れられて歩いていく。
汁が冷めない距離を歩かされ、ぴたりと止まる。
目の前には木が一本。
「……まさか、これ、登るって……事? 私も?」
「大丈夫だよ。私がついてる」
背が高い木ではあったが、又が多くて確かに登りやすい。
途中エンエンラに押し上げてもらい、引っ張り上げてもらいながら、二人は木の上で並んで腰を落ち着けた。
「今日は他の村や町でも血代固を贈り合っているそうだよ。
普段はみんな悪霊に怯えるばかりだから、少しでも気が休まると良いんだけどね」
八百万界に「ばれんたいん」という習慣はない。
本殿で始めた三年前の二月十四日が最初だ。そこから習慣化し、周辺の町でも行うようになった。
「こんな平和が当たり前にしていかないとね。
それに、私もまだまだ主に血代固をあげるつもりだから、ってね」
「……私も、毎年袋を抱えて配っていたいものね」
ふうん、とエンエンラは何か言いたげな様子ではあったが、それ以上は何も言わなかった。
ナリカマ
「ナリカマ……?」
木の陰から飛び出ている金属製の円盤に独神は話しかけた。
すると釜がぴょんと跳ね、姿を現した。
「なんだいぬしさま」
薄い微笑みを浮かべて平静を装うナリカマを、独神は上から下まで眺めた。
「ううん、なんでもないわ。じゃあね」
「ちょっと! ……待ってみないかい?」
手を突き出したナリカマは早口で言う。
「私に何か用じゃあないかい? そうだよね? あるよね?
あるはずだよ。よーく思い出してごらん」
独神はじーっと見る。
「……ないわ」
「あるよ! 例えばほら、ほら、あれとか……あれだよ。
そんなことも忘れるなんてぬしさまはちょっと疲れすぎじゃないかい」
目に見えてあたふたするナリカマに、とうとう独神は堪えきれずに噴き出した。
「はい血代固どうぞ」
差し出された物を見て、ナリカマの動きが止まる。
「はぁ……。ぬしさまも人が悪い」
「ふふ。だって、偶には私の方が脅かしてみたいと思って」
「やれやれ……これも日ごろの行いが良すぎるせいかな」
ナリカマは贈り物を受け取った。
「ありがとう、ぬしさま」
「そういえば木の陰で何してたの……? 今日寒いのに」
「……こっちは気もそぞろで占えないくらいだというのに……。いや、なんでもないよ。
それよりぬしさまに一つ占いをしてあげよう。なあに、血代固のお礼さ」
ナリカマは、カーンと、自身の釜を叩いた。
「うん。今日のぬしさまの運勢は……大吉だね。幸せな日になるよ。そして、沢山の者を幸せにする」
「さっすが。あなたの占いは百発百中ね」
「ほらほら、いったいった。時間は有限だ。他の者の所へ行って来ると良い」
追い立てるように手を振り、独神がいなくなるまで見送る。
「……一つ気がかりなものが見えたけれど、言わなくても大丈夫そうかな」
ハクリュウ
「ありがとうございます! 主(あるじ)サマ」
血代固を渡すとハクリュウは満面の笑みで喜んだ。
「お礼にワタシが空の旅へお連れしたいのですが、今日はお忙しいですね……」
「ごめんね」
「いえいえ。主サマは皆さまにお渡ししていますからね。
こればかりはワタシもお手伝いできませんので、応援しています。
きっとみなさん、ワタシと同じく楽しみにしていますよ」
「ありがとう。それじゃ行って来るね」
「あ、待って下さい」
はしっと独神の両手を握った。水晶のような瞳が輝く。
「大好きです。ハクリュウは、アナタのことが大好きですよ」
ぽかんとしていた独神であったが、時間差で頬が薄紅に染まっていく。
「ありがとう……。私も好きよ」
「大好きではないですか?」
「だ、ダイスキです」
「……嬉しいです。アナタという主に仕える事が出来て、ハクリュウは幸せ者です」
エンマダイオウ
「なぜ私に贈り物を? 独神様に何かお贈りした記憶がないのですが……」
「今日はね。ばれんたいんでー……って去年あったの覚えてない?」
「そういえば……。なるほど、もう一年前になりますか」
顎に手を当てて、考え込んでいる。
「それならば一度裁きの手を止め、身を清めるべきでした」
「い、いえ、そこまでしなくとも」
「いいえ。穢れのない完璧な状態で頂きたいのです」
大層なことを考えているエンマダイオウに、
小さな血代固を贈るだけなのが申し訳なくなってきた独神。
「……じゃあ、ちょっと出直してくるわ。それなら準備の時間が出来るでしょう?」
身を翻すと長い裾がくいと引かれる。
「……それも……嫌です」
真面目に悩んでいる様子のエンマダイオウを見て、子供のようだと独神は笑った。
「なら、どうしましょうか?」
「……今受け取ります。独神様に二度の手間をとらせるのも許しがたいですが、
独神様からの贈り物を早く手にしたいと胸がはやるので」
結論を出したエンマダイオウに独神は血代固を渡した。
「ありがとうございます。独神様」
恭しく礼を述べて頭を下げた。
「……大切にします。私の理想が叶うその日に頂きますね」
「いえ、近日中に食べてください」
「何故ですか。そういう決まりでもあるのですか」
「え。……いや、決まりではなくて、お腹壊したら悲しい、でしょう?」
「なるほど独神様を悲しませるわけにはいきませんね。ならば今日中に頂きます」
己の血代固で病人が出ずに済んだことに安堵した。
「後日お礼の品をお渡しします。楽しみにしていて下さい」
「ええ。ありがとう、楽しみにしているわ」
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