バレンタイン2020-剣鬼侍天-

ミシャグジサマ    

独神が嬉々として血代固を渡そうとしたところ。

「待って! 言わんとって!」

言われた通り口を閉ざし、血代固を差し出す事も中断すると、ミシャグジから血代固を押し付けられた。

「……。な、なんか言いや!」
「え、言わないでって言ったじゃん」
「もうええの! 今はええの!」
「あ、ありがとうござい、マス。あとこちら、私からの血代固でございます」

おずおずと渡すとミシャグジは受け取ってくれた。

「おおきに。って、なんかこれちょっと多すぎひん?」
「ミシャグジならいっぱい食べると思って」
「なんそれ! うちかてな! うちかてな! ……知っとった? 最近減量したんよ」
「嘘!? え、ごめん……」
「っはぁああ。自分で言うなんて恰好悪すぎるわー」
「申し訳ない。減量に気付かず、いっぱい贈っちゃって……。何か予定でもあったろうに」
「……ん? なんか勘違いしとらん?
 うちが減量したんはな……その……主(あるじ)様に……ってなんでもないわ!
 あほ! 主様の鈍感!」
「え、ご、ごめんなさい??」
「罰として、この血代固は全部残さず食べたるからな! 感想も言うからな! お礼もするからな! 覚悟しとき!」
「はーい。待ってます」

袋いっぱいの血代固を抱えてミシャグジは走っていった。

イッシンタスケ    

「っ……!!!」
「ははっ、声も出ねえってか!」

イッシンタスケが独神に贈ったもの。
それは、飴細工だった。
精巧な作りの鯉が水面から飛び出してきたかのような姿で煌めいている。

「綺麗……今にも動き出しそう……凄い……綺麗……」
「なっ、そんな素直に褒められるとなんか痒くなっちまうな」

イッシンタスケはがしがしと頭を掻いた。

「食べるのが勿体ないけれど……ちゃんと食べるわね!」
「おう。もしまた欲しけりゃいくらでも作ってやるよ。
 オレ様なかなか上手いからな。……ホウオウの無茶ぶりで上手くなっちまったつーか」
「ホウオウ?」
「あ、いや、それは良いんだ。とにかく、上様も何でも言ってくれよ!
 花でも金魚でも犬でも鳥でも、龍でもなんでも作れるからな」

独神は暫く思案した後、心願成就に昇り龍を頼んだ。
イッシンタスケは快く引き受けてくれたが、やや顔が引きつっているように見えた。

マサカドサマ    

事前に聞いていた通り、マサカドは自室にいた。

「俺としては奴らに見せつけても良かったのだが、貴様が落ち着かぬと思ってな」

二人は向かい合って腰を下ろした。
武器が多く並ぶ部屋の小机の上にある、手のひらに乗る大きさの木製の箱が異彩を放っていた。

「これ、血代固です。どうぞ」
「有難く頂戴する。そしてこちらが俺からの贈り物だ。受け取れ」

木箱が独神の両手に乗せられた。

「折角だから同時に開封してはみぬか?」
「ええ。じゃあ……」

二人は同時に開封した。
マサカドが開いた包みからは、血代固の焼菓子(まふぃん)が顔を出す。

「また可愛らしいものを作られる。仮にもこのマサカドは国盗りで多くの兵を率いた英傑ぞ。
 ……貴様はそんな過去の事、どうでもいいのだろうが」

独神が開いた箱からは、鉱石を用いた装飾品が収められていた。

「綺麗な鉱石の耳飾りね。青緑色かしら?」
「くくっ。今はそうだな」
「今は?」
「まあ、そのまま待たれよ」

マサカドは腰を上げ、部屋を黒い布で閉め切ると、二人の脇にある小机の上に蝋燭を灯した。

「この揺らめく炎にそれをかざせ」
「……あ! さっきと違う。赤のような紫のような……。
 光の違いで色が変わる鉱石なんて初めてよ! 綺麗……」
「お気に召したようで光栄だ。では、少し借りるぞ」

独神から耳飾りを取ると、独神の耳に飾りを付けた。
髪を耳にかけながら独神はマサカドに尋ねた。

「……どう? 耳元でも綺麗に輝いてる?」
「ああ。心配せずとも実に美しく輝いているぞ。……将軍がな」

きょとんとした独神は、じわじわと変な笑いを浮かべた。
鉱石に感化されたのか、薄暗い中で薄紅色に耳が染まっている。

「このまま想いのまま将軍を愛でてやるのも良いが……。博愛の貴様は他の奴の所へ行くのだろう」
「……あはは、ご名答」
「フン。ふざけた事を。
 まあ良い。今の将軍に己の目的以外に目を向ける余裕はないからな」

マサカドは独神の耳から耳飾りを外した。

「これは、今度二人で都を歩く時にでも着けろ。
 本殿だと余計な事をする下らん者が多いからな。
 この事は俺と将軍だけの秘密だ」

ササキコジロウ    

本殿の中でも特に日当たりの良い場所で、ササキコジロウは己の剣技を磨いていた。
独神が姿を見せると、刀を鞘に収めた。

「ここで鍛錬なんて珍しいわね。あなたいつも隠れてするのに」
「たまには、な」
「あ、これ。今年の血代固。前回の反省を生かして小さな焼菓子(まふぃん)にしたわよ。
 これなら一口で済むから手軽でしょ。……ただ、その分数が増えたから、それを面倒がられると困るわね……」
「主(あるじ)がくれるものを面倒がらないさ。多分な」
「……やっぱり、一個にした方が良かった?」
「冗談だ。ありがとう、主」

お礼の言葉と共に、独神に小さな薄紅梅色の包みを差し出した。

「ほら。……その……菓子だ、手作りのな」
「ありがとう!……わざわざ、手作りしてくれたの?」
「主には伝えたい想いが沢山ある。……今日はそれを菓子に乗せて渡すのだろう。
 だったら面倒であってもやってやるさ。主に少しでも伝えるためにな」

独神がもう一度礼を言って微笑むと、ササキコジロウはそっと目を逸らした。

「いかんな。主を見ていると。……今日という日のせいで、つい主従以外の情が漏れてくる」

そう言って独神の腕を引くと、腕の中へと閉じ込めた。

「……無防備な姿を見せないでくれ。止まらなくなる」

耳元で囁かれた熱っぽい言葉に、独神は思わずササキコジロウを押し返して距離を取った。
すると、拒否されたササキコジロウは満足そうに笑うのだ。

「今日はそれくらい警戒するくらいが丁度良い。……俺以外には尚更、な」

オダノブナガ    

「なんだこれは」

血代固を渡すや否や、いぶかしげな表情で独神を見た。

「感謝の気持ちです。……今日がばれんたいんという記念日である事はご存じですか」
「当然だ。……して、独神殿は儂だけに渡したという事か」
「いえ。ここの皆全員です」

たちまちオダノブナガの眉間の皺が増えた。

「……何故(なにゆえ)。儂だけで良いではないか」
「私は全ての英傑に感謝しているのです。だから全員分なんですが……?」
「貴様への貢献度で言えば儂が一番であろう。……なら、儂を特別に扱うのは至極当然の事。
 貴様、上に立つくせ何も判っておらぬのだな」
「その理論ですと、そもそもあなたと私は対等の立場であり、主従関係は一切ありません。
 主が臣下の為にする行為……加えて貢献度で贈呈が決まるという事であれば、
 そもそもあなた様は当てはまらない事になりますが、よろしいですか?」
「カッカッカ! ……貴様は儂に対しては下らん理屈を捏ねまくる。
 そんなものはどうでもいい、儂だけに寄こせば丸う収まる話だ」
「いえ。皆です」

一切退かない独神に、オダノブナガは刀の柄に手をかけた。

「儂のいう事が聞けぬか……。ならばその血代固とやらの袋もろとも切り捨ててくれようぞ」
「それは困りますね。では、早々に立ち去りましょう。失礼します」

会釈をして踵を返し、さっさと歩いていってしまう。
「おい。待て」と、オダノブナガが制止の声を上げるが一切の無視を貫き通す。
オダノブナガは大股歩きで独神を追いかけていく。

「貴様……察しが悪すぎるぞ。ランマルに教わるがよい」
「察しが悪い教え子だとモリランマルが可哀そうですので、辞退します」
「優秀な傍仕えだ。どんな者であろうと教育する」
「……別の提案なのですが。血代固の件は譲らないとして、代わりのご要望は御座いますか?」
「本殿を明け渡せ……。と言っても動かぬのだろう。であるならば、……。
 貴様が持ってきたこれを責任もって儂に食わせろ」

独神は足を止め、オダノブナガへ居直った。

「い、良いですけれど、何処で」
「ここで良い。貴様が開けてその手で儂に食わせよ」

一度渡した血代固が独神の下に戻った。
独神は包みを丁寧に開けて、一口大の血代固を摘まみ上げると、オダノブナガの口へと運んだ。

「……ふむ。よく言えば素朴、悪く言えば面白みがない」
「それは失礼しました。では、残りは私が持ち帰りますので」
「儂がいつ下げろと言った」
「では、どうぞ残りもお召し上がり下さい」

簡単に包みなおし、オダノブナガへ差し出したが、直立不動で動こうともしない。

「何をしている。最後まで貴様の手で寄こせ」

ヨリトモ    

「今日はばれんたいんだろう。勿論忘れていないよ」

どどさどさ。
ヨリトモが開けた風呂敷から、溢れんばかりの菓子が転がった。

「主君には何が良いだろうと思っていてね。
 迷った末に色々と買ってみたんだが、……どうだろうか」
「沢山ありがとう。休憩中に頂くわね」

この量では独神一人で食べきるには半月はかかるだろう。

「私からはこれ」
「主の手作り、か。ありがたく頂戴するよ」

独神から渡された包みを両手で恭しく受け取った。

「……実は、私も手作り血代固を渡そうと思ったんだ。
 しかし、失敗が多くてね。それも周りが心配するものだから申し訳なくて、今回は買った物を渡す事にしたんだ。
 けれどこうやって主君の血代固を手にしてみると、こんなに嬉しい気持ちになるのならば、やはり手作りのものを渡したかったよ」
「なら、来年もう一度頑張ってみましょう?」
「……そうか。主君は来年も私といてくれるつもりなんだね」
「勿論よ。……って本当はもっと早く悪霊討伐を完了しないと駄目なんだけれどね」

と、独神は申し訳なさげに苦笑した。
主君の言葉に引っかかりを覚えたヨリトモは、一つ尋ねてみる事にした。

「ところで主君、悪霊を全て倒したら、ここを畳むつもりでいるのかい」
「まだ未定よ。今後どうなるかなんて今の段階では判らないもの」

じゃあねと言って、独神は次の血代固を渡しにその場を後にした。
ヨリトモは受け取った可愛らしい包みを指で突きながら思うのだ。

「(本当に未定なら、私との未来に悪霊の有無は無関係だと思うがな。
 主君は悩んでおられるのか、それとも、一人で決めてしまうおつもりか……)」

ヤシャ    

「……そんなとこで見てねぇで声をかけりゃいいだろ」

ぴょこんと木の陰から独神が顔を出した。

「邪魔しちゃ悪いかなって」

刀を収めながらヤシャが近づいてくる。

「俺がアンタを、いつ無下に扱った」

ヤシャは呆れて溜息をついた。

「で、用はなんだ」
「これ。……ばれんたいんの血代固」

独神が差し出したのは天色の紐で縛った包み。
ヤシャはそれをじっと見てから受け取った。
薄い汗がにじんだ指で結紐を弾く。

「ありがとな。……何でこの色なんだ」
「それはあなたの瞳の色から。それと、あなたが宙を駆けて戦う時はいつもその色が一緒だから。
 ……って、事なんだけれど、好きじゃなかったかしら?」
「いや。特に好みはねぇ」
「そっか、嫌いでないなら良かった」

そして、二人の会話はぴたりと止まった。
沈黙に堪らず独神がそわそわと身体のあちこちが動き出すと、盛大な溜息が静寂を破った。

「ったく、アンタは。いつもの図々しさはどうした?」
「だって怒っているみたいだったから。何かしたかと思い起こしてて……」
「全然怒ってねぇ。けど、落ち着かねぇんだよ。
 大体アンタは俺にだけ渡してるわけじゃねぇ。去年同様全員平等に配り歩いてんだろ。
 だから俺が何を思ったって意味なんてねぇ。
 ……それでも、アンタから貰えることを心待ちにしちまうし、実際にアンタから貰えて嬉しく思う。
 ……なんて俺は情けないと思うか?」

独神は首を振った。

「ご、ごめんなさい。喜んでいただけたのならば、幸いです……」
「なんだそれ。……貰ったもんは修行の後にでも食わせてもらう。ありがとな」

仏頂面が少し崩れたところで、独神も緊張が解けたのかゆるく笑った。
次の英傑の所へ行くからと言って、手を振り背を向けた。

「なあ、独神サマ」

ヤシャが呼び止めた。

「俺はこの先も待つつもりだ。アンタが一人だけに渡す、その時をな」

イイナオトラ    

「独神さん! 待ってたよ!」

素振りをしていたイイナオトラは、独神を見つけるとすぐに手を止めた。
修練場の端に置いていた手荷物から華やかな包みを取り出し、独神と血代固の交換をした。

「可愛い! あなたが選ぶ物ってどれも趣味が良いわよね」
「そ、そうかな!? でも、気に入ってもらえて嬉しいよ」

包みはどこで買ったのか、買うまでは至らなかったがどのお店が良かったなど、
二人は街で見かけた"可愛いもの"について、話が弾む。

「そういえば、友人や仲間同士で血代固を贈り合う事を友血代固と言うそうだね」
「そうらしいわ。最初の頃はそんな名前なかったのにね」
「それを聞いた時、堂々と君と贈り合えるなんて素晴らしい、と思ったんだ。
 でも、実際に貰うと、少し物悲しいね。あ、君に文句があるとかそうじゃないよ!!」

イイナオトラは独神から貰った血代固をきゅっと握りしめた。

「……友達であって仲間、なんだよね」

小さな声で漏らした言葉に、独神は明後日の方に視線をずらした。

「偶に思うんだ。僕が井伊谷の領主に戻った時、君が傍にいてくれたらと」
「ナオトラ……」
「こんな事を言って困らせてしまうのは判っているよ。君には叶えるべき願いがある。僕もそうだ」

凛々しい女領主は白手袋を脱ぎ、右手を差し出した。

「今は、共に切磋琢磨する仲間として、独神の人柄と思想に惚れた英傑として、僕を認めてくれるかい?」
「……勿論。こちらこそ、あなたの事頼りにしているわ。一緒に最期まで頑張りましょう」

硬い手と柔らかい手が堅く手を握り合った。

「ありがとう。独神さん。……君に会えた事が、僕の一番の喜びだよ」

トール    

「あ、主(あるじ)さん!?」

トールは本殿から少し歩いた所にある海で釣りをしていた。

「こ、ここだったのね……」

頬と鼻を赤らめながら、独神は大きく息をついた。
肩が上下に揺れている。

「すまない。考え事をしていたら日が傾き始めてしまったんだ」
「いいのいいの。カラステングが少し運んでくれたから」

背負っていた風呂敷を解き、中から金糸雀色の包みを取り出した。

「これ、ばれんたいんの血代固」

トールは驚いたように小さく声を上げた。

「あ、いや、貰えるとは思っていたんだが……。
 やっぱり、実際にこうやって渡されると、凄く嬉しいな。
 主さん。ありがとう」
「どういたしまして。そういえば、考え事なんてどうしたの? 困りごとなら聞くわよ?」

独神にちらりと目を向けると、トールは小さく頷いて言った。

「考えてたんだ。俺が主さんにしてやれることは何だろうって。
 悪霊を倒す以外にも何かないかと思ったんだが……。
 例えば俺のミョルニルに触らせてあげるとかな。
 でもやっぱり俺の相棒は、いくら主さんにでも触れさせられない。それだけ大事だからな。
 だから代わりに俺になら、いくらでも触って良いぞ」

大歓迎だと言わんばかりに両腕を広げると、独神は軽く噴き出した。
口元を手で隠し、くすくすと笑う。

「……お、笑ってるな? 俺だって馬鹿な事を言ってる自覚はあるぞ。
 でも、そう言うと主さんは俺に手を伸ばしてくれるだろう?」

雷神は眩い笑顔を煌めかせた。

「戦神の俺なら、主さんを強引にさらう事だって出来る。けど、そうじゃない。主さんから来て欲しいんだ」

ちょいちょいと、指が独神を誘った。花が蝶を誘うように。
独神はふわりとトールに近づき手を繋いだ。両手を。
正確に言うと、二人は取っ組み合いの体勢となった。

「トール。私はあなたたち全員が好きだから、本気のお誘いだけは受けられないわ」
「だよな。折角のバレンタインデーも主さんはいつも通り頑なで困ったもんだ」

わざとらしく溜息を吐いてみせると、その瞬間両手を突き出し独神を浜に押し倒した。

「雷神であり戦神の俺相手に、取っ組み合いじゃ勝てないぜ、主さん」
「……ははっ、こーさんです」

トールは砂だらけになった独神の手を引き、立たせてやった。

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