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一大勢力とされる独神たちであるが、八百万界全ての英傑が組しているわけではない。
一血卍傑なる類稀な力を用いても、なかなか運命が交わらぬ者たちがいる。
そのような時はどうするか、どう出会うのか。
至極簡単な話である。縁を辿って直接会えば良いのだ。
「さっき売れた!?」
古物の行商人は早朝の独神の大声に肩を震わせた。
「申し訳御座いません。ですが、買いたいという者が現れたら売って良いとおっしゃっておりましたので……」
「ええ、そうね。早い者勝ちだと、確かに私は言ったわね。だからそこは良いのよ。良いの……」
明らかに肩を落とす姿を見せつけられては、納得しているとは到底思えない。
普通の客ならば、宥めたり突っぱねてしまえばそれで済むが、目の前の者は彼の有名な独神である。
特定の国を持たず、領民も持たないが、悪霊の襲撃で絶滅寸前に追い込まれた八百万界において、
今一番力を持つ者だ。
ここで良い印象を与えておけば、今後贔屓にしてくれたり、有事の際に我が身や富を守ってくれるかもしれない、と考えた商人であったが、最も望みから遠い展開になってしまった。
それならば独神が目を付けていた商品を売らなければ良いという話だが、それもとある事情で出来なかったのだ。
「……差支えないようなら、どんな方が買ったのか、教えていただけないかしら」
「はっ! 今朝茶碗をお買いになったのは、ヒデヨシ様で……あのノブナガ様にお仕えしていると噂の」
声を潜め、含んだ物言いで商人は語ったが、独神はあまりぴんと来ていないようだ。
「ヒデヨシ……。名前は聞いたことがあるわ。最近面白い事をしている方よね」
「お、面白い、ですか? ……いやはや、庶民の私には独神様の感性を理解することは敵わないようで」
世に流れるヒデヨシの噂といえば、子供の間では一晩で城を建てたことが一番有名であり、ごっこ遊びが流行るほどであったが、大人たちの間で囁かれているのは専ら敵対勢力に対する生臭いものばかりだった。
ノブナガは勿論、ヒデヨシにも逆らわぬ方が良いと恐れている中、面白いと言った独神は、やはり雲の上の存在で、同じく恐ろしい存在だと、商人は改めて感じた。
「……あなたの方が"ヒデヨシ"を知っていそうね。どんな方か教えて下さらない?」
「いえいえ、私どもの耳に入るものなんて所詮根も葉もない噂ばかりで、独神様にお伝え出来るようなことなど御座いません。……そういえば、独神様の下にはセンノリキュウ様がいらっしゃるとか?お尋ねするならそちらの方が確実かと思われます」
このままセンノリキュウに意識が向いてくれれば、ヒデヨシに買われた茶碗の事など忘れてくれるだろう、と間違っても自分が咎められることが無いよう商人は必死だった。
折角この乱世で古物商という楽な商売が始められたのだ。権力者の気紛れで罰せられては困る。
「……あら、知り合いだったの。じゃあ帰って聞いてみるわ」
「それがよろしいでしょう。此度は残念な事になり申し訳ございませんでした」
「いえ、すぐに買わなかった私が悪いの。気にしないで」
独神の身体が他所へ向いたのを、胸を撫で下ろしながら見送る。
しかし、独神はもう一度商人を見た。
「ほどほどにしておいた方がいいわ。あなた、目を付けられているみたい」
何のことだと背筋が冷えた商人を他所に、帰路についた独神は二度と振り向かなかった。
商人が荷物に一枚の予告状が紛れ込んでいる事に気付くのは、もう少し後の話。
◇
本殿に戻ってきた独神を待ち構えていたのは、ハットリハンゾウだった。
「主、俺の言いたいこと……判るな?」
幼子に諭すような声色である。怒りを通り過ぎて呆れているのだろう。
独神は素直に謝った。
「勝手に外出してごめんなさい。ほんの少しだけだからと気を抜きました。ごめんなさい」
「はぁ……。毎度毎度馬鹿なのか」
肯定しても、否定しても、その倍の嫌味が返ってくるので、独神は何も言わない。
そう考えている事も目の前の忍には筒抜けで、更に大きな溜息が返ってきた。
「伊賀流の仕置きを用意してやるから、今はこれくらいにしてやろう」
「有難うございます。……今? それに、伊賀流って……」
「よく聞いていたな、偉いぞ」
薄い笑みを残して、ハットリハンゾウは姿を消した。
独神は膝から崩れ落ちた。
欲しいけれど我慢して我慢してようやく購入を決めた茶器はヒデヨシとやらに先を越され、本殿に戻れば御伽番(ハンゾウは"お守り"と言っている)に叱られ、罰まで用意されるという。
あまり良くない一日の始まりである。
しかしここは、気を確かに持ち、良いことに目を向けよう。そうすればきっとここから良い日になるに違いない。
決意を胸に、独神は前を向いた。
朝食時に喧嘩を始めた英傑に突っ込まれて朝食がひっくり返されたり、近隣の民から頂いた物品一覧の紙が見つからず往生したり、今朝抜け出した事を次々と英傑に咎められたり、足を滑らせ墨を全身に被ったり、そういう時に限って風呂で大規模な掃除があって閉鎖していたりと、色々あったような気がするが、概ね普通の日であった。
基本的に部屋に籠って書き物をし、英傑たちの報告を受け、用があればまた英傑に声をかけることを繰り返していると、遠征の報告にセンノリキュウが訪れた。
「失礼する。独神殿、誰一人駆けることなく帰還した事、報告に参った」
頭を下げる角度、姿勢、声の抑揚、他にも戸の開け方から歩の進め方まで、センノリキュウの佇まいは美しい。
自然に独神の背筋も伸びる。
「おかえりなさい。無事で何よりです。上手くいった?」
「無論だ」
瀬戸の海を行き来する船乗りの間で、出航時より積荷が増え、気づくと無くなっているという奇怪な事件があった。
この不可思議な事象は、海戦で亡くなった者が、己の身体を陸に住む家族に運んで欲しくて積荷が増えるのだと噂され、地元住民はあまり口外したがらず、問題としてあがってこなかった。
しかし周辺で悪霊が陣を構え、センノリキュウ達が派遣されたところ、補給経路に海路を使っている疑いがあり、詳しく調べてみると積み荷の謎に行き着き、見事解決に導いた、とのことだ。
「独神殿にこれを。悪霊討伐の礼にと船員から預かった」
鞠ほどの大きさであり、ずしりと重い。
何重にも巻かれた布を丁寧にほどいていくと茶器が姿をあらわした。
今朝欲しいと思っていた物の面影がある。
同一作者だろうか。同時に今朝のやりとりを思い出した。
「お礼状を書かないとね。あなたもここまで運んできてくれてありがとう」
「無事に届けられて胸がすいた。ところで、独神殿はどんな茶器が好みかね」
「特定の産地、製法に拘りはないわ。知識もないし好きになったものが好きなの。しいて言えば、小ぶりな方が好みかしら。私、それほど手が大きいわけでもないから」
「鑑賞用ではなく、実用性を重視しているのだな」
「物は使ってこそ愛着がわくから。ねぇ、話は変わるけれど、ヒデヨシってお知り合い?」
それはまでは心なしか楽しそうに話していたセンノリキュウであったが、名前が出た途端、みるみるうちに眉間に深い皺が刻まれ、独神は身構えた。
センノリキュウは声を荒らげる事は無いが、その分顔に出る。
よく見ていなければ気づかないが、今の変化はあまり察しが良くない者でも判るほどありありと不快感が現れていた。
「ヒデヨシ殿に興味がおありか?」
茶の湯の席を用意する時と同じく、ねっとりと些末なことも見逃さない観察眼が今は、容赦なく独神に纏わりつく。
恐れからの嘘や誤魔化しは悪手。
「欲しかった茶器を買ったのがその人だったの」
「ではまたあの者は金で掠め取ったのだな」
漂う感情とは裏腹に言葉は淡々としたものだった。
「あ、いえ、違うわ。私より早く購入しただけだよ。
「……それなら良いが」
良いという割には、どこか吐き捨てるような言いぶりで、これでは金を積んで奪った方が良かったように聞こえる。
センノリキュウにとってのヒデヨシという人物は、金で全てを思いのままに動かすような人物なのだろうか。
ただ馬が合わないだけで嘘を言う者ではないが、少々冷ややかに言い捨てがちなので鵜呑みには出来ない。
「さて、ヒデヨシ殿についてだが、独神殿は関わる必要のないものだ」
「それは、何かを心配してくれているの?」
「貴殿をけして軽んじているわけでないが、俗物の塊と交わっては悪影響が懸念される。
とはいえ、私程度が独神である貴殿の交際に口を出すのは烏滸がましいのだが」
俗物。
本殿にはセンノリキュウに俗物と称されそうな者は数多くいる。
それでも今まで揉め事を起こしたことはないし、苦情も来ていない。
あっても「いちいち細かい」「息が詰まる」「勧めた酒より茶を飲む」「自分より背が高い」程度である。
そんなセンノリキュウにここまで"怒り"を湧かせ、"見下す"ヒデヨシとは、いったい。
「……まぁ、あれは戦には役立つだろう。それだけだ」
数寄者に似つかわしくない冷徹な視線が印象的だった。初めて見るものだった。
情緒豊かなセンノリキュウから、溢れんばかりの負の想い。
怒りと軽蔑だけではない。言葉では切り取れない多様な想いが部屋中を支配する。
今日はこれ以上深入りしない方がいいが、どう切り上げようか。
と、考えている事も見通されているだろう。
取り繕うか、簡単に謝った方が良いか、思い切って逃げ出した方が良いか。
それほど長くない沈黙の中で、独神は必死に頭を絞っていた。
「……あの」
一旦場を繋ぎ、この一息の間に方針を決めよう。
さて。さて。
「入るぞ。独神様」
黙った二人に見つめられたからだろうか、ダテマサムネは豪傑らしからぬきょとんとした顔を見せた。
両手で支える皿から香ばしい匂いが立ち込める。
センノリキュウは香りに気が向いたようで、独神は胸を撫で下ろした。
「邪魔したか? ヤマオロシが入手したぽろねぎとやらを使って料理してみたんだが」
出直そうとするので、独神はすかさず手で制した。
「大丈夫よ。頂くわ。センノリキュウも一緒にどう?」
「すまないが、遠慮させてもらう」
「遠征帰りだもんね。ゆっくりお休みください」
淀みのない優雅な立ち振る舞いで、センノリキュウが退室すると、しばらくしてダテマサムネは大声で笑った。
「……独神様、俺の声掛けは絶妙な間だったと思わないか?」
筒抜けだったのか。独神はふっと目を逸らして苦笑した。
「気を遣わせたわ。でも、ありがとう」
「なに、見物料のようなものだ。独神様は窮した表情でさえも、色を感じるな、ははっ」
軽口を聞いていると、肩の筋肉も解け少しずつ背中が丸くなっていく。
「とりあえず、頂いてもいいかしら」
「勿論だとも、その為に持ってきたのだからな」
ぽろねぎは聞きなれないが、口にしてみると優しく甘い。
とろっとしていて、普段食べるネギと似ているが、ネギ臭さが少なく違う種類のようだ。
また食べてみたいと思える美味さだ。
「気に入ってもらえたようだな。気になる点はなかったか?」
「全然ない。美味しかったわ。これだとネギ嫌いな子でも食べられそうね」
「ヤマオロシとも話した。匂いに敏感な者でもこれなら嫌がらずに済むのではないかとな」
本殿には皿まで食べる者もいれば、肉が嫌だ、魚が嫌だ、野菜が嫌だ、虫が嫌だと言ったり食の好みはそれぞれだ。
苦しい時や辛い時、食事が誰かの救いに少しでもなればと、料理に精通する者は日々努力を怠らない。
ヤマオロシは一言目にも二言目にもネギだが、その分ネギの生産から新種の仕入れ、調理法、廃棄からの再利用まで真面目に取り組んでいる。
一方でネギが食べられない子供を泣かして、ネギを好きになるまで足繁く通ったなんて話も聞いたことがあるが、真偽は不明だ。
「ご馳走様。小腹も膨れたし、筆を取ろうかしら」
「センノリキュウはいいのか。揉めているようだったが」
「あー……」
先のやり取りは個人に関するものだ。内容を教えるのは気が進まないが、助け舟を出してくれた恩義に報いようと思う。
「知り合いと小耳に挟んだからヒデヨシについて尋ねたの」
「ああ、ならばあの反応も頷ける」
独神としては慎重に言葉を選んだつもりだったが、あまりにもけろりと答えるのでひどく驚いた。
「もしかして、仲が悪いのって周知の事実?」
「さあな。藩主や文化人ならば、知っている者が多いだろうが」
となるとわざわざ話題に出す者は周囲にいない。
そんな中、無知な独神が聞いたのだから、相当な不興を買ったことだろう。
ヒデヨシに対するものばかりと思いこんでいたが、不躾な独神に対しての怒りだったか。
自分という可能性を殆ど考えなかった事が今になって後悔の念に駆られる。
「ヒデヨシとの関係を知らなかった独神様に非があるな。俺に尋ねておけば回避出来たものを」
もっともな言い分にぐうの音も出ない。
英傑一人一人に対して観察を怠った事、つい人の心に踏み入ろうとしてしまう事は反省すべきだ。
そして、センノリキュウには謝罪の場を用意して、今回の事をしっかりと謝らないといけない。
今日は良い日とは言えない日であったが、他人を傷つけてしまったことがひどく心に圧し掛かる。
ダテマサムネがいるにも拘わらず、独神は大きな溜息をついた。
「……口が過ぎた。すまない、ただの嫉妬だ」
「いえ、私が悪かったの。色々と……」
一日が始まったかと思えば終わっている生活の中、定時連絡がある英傑ばかりと話して満足していたと気づいた。
手を貸してくれる英傑たちを蔑ろにしている事実は認めなくてはならない。
「詫びに俺が知るヒデヨシとセンノリキュウについての話をしよう。だから、そんな顔しないでくれ……」
痛いところを突かれて思案していた独神は、ぱちっと現実に戻った。
反省するのは一人、誰もいない自室で行えばいい事である。
「センノリキュウは堺の納屋衆の一員だ。茶の湯を極めつつあったセンノリキュウに、文化修養の為に師事したのがヒデヨシだ」
「……ヒデヨシは目立つ人と聞いていたけれど、そんな面があるのね」
「茶が政治にも深い関わりがある事は独神様も承知だろう。ヒデヨシはセンノリキュウの堺商人としての繋がりや、経済力、そして茶頭としての腕を評価し重用した。センノリキュウの茶会は素晴らしいものでな、俺も茶頭に欲しいくらいだった。侘びた風情は戦乱の世の中に生きる我々を癒した。その場の者など所詮敵でしかないというのに、ひどく心が蕩けた。花一つとっても美しくてな……。センノリキュウは大した男だ」
センノリキュウが催す茶会は本殿でも行われるが、いつもより少しだけ姿勢を正しただけのもので、ただ楽しく話をして菓子や茶を楽しむ場だ。
そんなものでも、センノリキュウは一切力を抜かない。だから判る、政治利用の有用性が。
しかし、独神は一度も頼んだことが無い。センノリキュウはそれを望まないような気がしたからだ。
「それが、いつの頃からかヒデヨシが開催した茶会にセンノリキュウの姿がなくなってな。調べてみれば、センノリキュウは堺を出て茶人として放浪しているし、ヒデヨシとは無関係と言い放つ。道を違えたのは明らかだったが、明確な理由は判らん。原因は茶であるというのが有力筋からの情報だ」
「茶の湯はセンノリキュウにとって一番大切で、絶対に譲れないものだもんね」
「……俺はただ単にセンノリキュウが用済みになっただけかと思ったんだがな」
先程からダテマサムネの仙台藩藩主としての顔が見えるように、センノリキュウも本殿とは違う顔が見え隠れする。
聡明で茶を愛し茶の湯の素晴らしさを説く姿が薄れ、腹の探り合いや裏工作などの策略に絡みつかれて翻弄されているのを想像した。
「茶を囲めば人は皆平等と言ってるような平和な人なんだけどね……。やはり政治利用される事は耐えられなかったということかしら」
「平等と相手の価値観を認めるのは別の話だ。それに一つの道を極める中では、一つ一つの考えを正誤判断していく。相手が自分の信念とは異なる考えを持っていたら? それが放置させてはならん程の己の道にとって重要な事だったら? それを指摘し改めさせようとしても相手が認めなかったら? 指摘を躊躇われるほど低俗な考えを持っていたら? あのセンノリキュウの事だ、冷酷に見下す事だろう」
その姿はありありと思い浮かぶ。
「センノリキュウは美を愛し、美に執着している。いついかなる時も美を追究するが故に、あの男は無遠慮なまでに目利きする。たかが雑談をする時でさえ、やれ服が乱れているだ、色の合わせが悪い、視線の運び方が醜い等と考えているんだろう。独神様なら判るな? でなければ、毎度毎度肩に力が入った応対はすまい」
独神として認めたくはないが、殆ど図星だ。
センノリキュウの審美眼は素晴らしい一方で、どう見られているか気にしだすと息が出来なくなる。
声の掛け方や返答、差し入れの品や順番、特に茶の温度や茶葉の種類、器には大変気を遣う。
過去、気を使い過ぎてセンノリキュウと顔を合わすだけで気が重くなったことがある。
もう今はあまり深く考えず、素のまま話すようにしているし、それで困ったことはない。
誰かに評価されることは独神である以上逃れられないので慣れていたが、気づき過ぎるセンノリキュウの視線はなかなか辛いものがあった。
「センノリキュウは己が信ずる美に従う傲慢な奴だ。それにセンノリキュウの侘びさびは派手好きなヒデヨシの好みとは異なっていてな。価値観の違いによる衝突が考えられる。多分それが許容出来なくなったんじゃないか。お互いに、な」
そういえばセンノリキュウは今朝の茶器の事を話すと、金を積んで掠め取られたのだろうとまず一番に疑っていた。
単純にヒデヨシは資金力があるのだろうと思っていたが、それとは違うのかもしれない。
センノリキュウは商人の出のようだが、彼の言動からは金銭から程遠いところに位置しているように思える。
二人が離れたのは茶の湯だけの問題ではなく、もっと複雑なものなのかもしれない。
「やっぱり、ヒデヨシに会ってみたいわ」
「本殿に連れてくるのか? センノリキュウがどんな反応を見せるかな」
「独神の私は一つの価値観を寄る辺にするわけにはいかないの。……と言っても言い訳でしかないわね。最近色々あって、ノブナガ陣営のこと少しくらいは知っておきたいのよ」
ノブナガについて、最近悪霊討伐の報告の中でちらちらと名を聞くようになった。
そのノブナガに仕えるヒデヨシの勢力が知りたかったが、今日の事でヒデヨシ個人にも興味がわいた。
「ならば、ハットリハンゾウに命じれば良い。あれなら調べているだろう」
伊賀ならば勿論情報は持っているだろう。聞けば教えてくれる。
「あなたからハンゾウの名が出るとは思わなかったわ」
「なに、仮にも奥羽を統一し、鎬を削ってきたからな。四方に間者を走らせ情報は収集し続けている。仙台藩の為にな。しかし、今は独神様にお仕えする身だ。誰の首を討つも、仲間に引き入れるのも、独神様に従おう」
「討ち取るのは……あまり好きじゃないわ」
「独神様は平和主義だな。切り捨て、見ないふりをした方が楽だろうに」
「根気は必要ね。でも、私が今まで共に生きることが出来なかったのは悪霊だけだから」
別の世界である、アスガルズ界出身のロキやトール達とは考えや文化に違いはあるが、同じ屋根の下で暮らせている。
悪霊は、どうして──と、すぐさま考えを打ち切った。
それについての結論は出ていない。出ていないが敵対し、戦わなければならないのだ。
八百万界を守る使命を持つ独神が迷うわけにはいかない。
「あ、ハンゾウと言えば……マサムネ、今から逃げるから私は蔵で探し物をしているって伝えといて!お願ぎぃやあああああああ!!!」
──一足遅かった。
部屋を飛び出した独神は足を滑らせ、身体が庭へ飛び出していった。
それを受け止めたのは、数百匹のナメクジである。
「独神様!?」
自然現象ではまずありえない光景に、ダテマサムネは息をのんだ。
「面白いくらい見事にかかったな、主。そのナメクジはツナデヒメの飼いナメクジだ。傷つけてもいいが、ツナデヒメはどう思うだろうな」
薄目を開けて声のする方を見ると、屋根の上に巨大な猫を抱いた忍がいた。
ツナデヒメのナメクジを借りておいてなにが伊賀流だ。と、抗議する気持ちがあったのは最初だけですぐに戦意が喪失した。
雨の後に現れ、本殿のいたるところを這うナメクジたちが、今は独神の身体に所狭しと蠢き、白い粘液を噴き出していた。
ナメクジ達に攻撃の意思がない事は理解している。ただじゃれているだけなのだ。
「ハンゾウ! 貴様ふざけたことを」
「これは統率者としての自覚がない独神様に灸を据えてやっているのだ。御伽番としてな。手出しは無用」
「しかし、仕置きにしてもこれは……」
ぬるぬるしすぎてもう何がなんだかわからない。
ツナデヒメには悪いが、私はナメクジとは分かり合えないのだ。
ぞぞぞと肌を這う感覚がどうにも苦手で腰が引けてしまう。
判りたい合いたいとは思うが、心と身体が頑なに開こうとしない。
共に生きられなかったのは悪霊だけなんて豪語した自分が恥ずかしい。
言葉が通じる同じ姿の者とも判りあうのが困難なのだから、異なる生物相手は猶更だ。
「泣いているではないか。あーあぁ、服の中までナメクジだらけで」
「主、外出の際は必ず俺を連れていけ。出し抜こうとするな。いいな」
すぐにでもこの状況から逃れたくてうんうんと頷く。
だがきっと、センノリキュウならどんな状況に陥ろうと己の美学を貫くのだろう。
その先に何が待ち受けようとも。
昔のサルベージ。
センノリキュウの本を読んで、感銘を受けてから書いたものなので八百万界のセンノリキュウとはちょっと違うかも。千利休の要素がたっぷり入っている。
美への執着と傲慢。
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