おさけのはなし

「あー酒のみてー」
 
 と、スクナヒコ。
 
「どうした相棒。随分干上がってるみたいだな」
 
 応えたのは相棒こと親友のオオクニヌシ。
 
「丁度いい、奢ってくれねぇ?」
「やめておく。俺の財布が干上がる。だがどうした。酒屋を始めてから酒代が上手く回ってただろう?」
 
 酒造の神であるスクナヒコであるが、自分が産みだす酒だけでは満足できない。
 他人の手によってつくられたものは別の良さがある。
 特に自分の為に手間暇をかけて造られたものは酒の旨味を数倍にも引き上げ極上の喜びを与える。
 神とはいえ、酒は無料ではない。祭事でもなければ人と同じく界貨を支払って入手している。
 そのため自分で造った酒を売り、その金で酒を買っていたのだが。
 
「それが最近売れ行き悪いんだよな」
「なるほどな。帳簿はどうなっている」
「あるわけねぇだろ。呑めりゃ良いんだこっちは」
 
 オオクニヌシは苦笑した。
 
「経営がザルだな」
「ワクだろ」
「酒の話じゃない。金の話だ」
「判ってる」
 
 小さい身体で大きな溜息をついた。
 
「でもよ、腐っても酒造の神だぜ。売れないわけがねぇだろ。こんなありがたい酒、他にないんだぜ」
「自分で言うなと言いたいが、その通りだ」
 
 スクナヒコは薬にも通ずる神故に、その酒には治癒の力が付与されている。
 病気や怪我に悩む者たちが遠路はるばるやってきて買っていくので、店主が努力せずとも飛ぶように売れる。
 少し前まではそうだった。
 
「相棒、なんでだと思う?」
「そういえば、最近酔わないのに酔った気分になる酒が流行っているらしいな。酒に弱い者も呑めるとか」
 
 発祥は定かではないが、酔う成分を一切含まない酒が数年前から市場にぽつぽつと現れた。
 酔わない酒に意味はない、と最初は見向きもされなかったのだが、情勢が変わったのかここ最近は人気が上昇している。
 次の日の仕事に差し支えない。
 酒は飲めないと拒否して空気を壊すこともない。
 いつ敵襲があろうともすぐに戦闘に入れる。
 これらがよく挙げられる利点である。
 
「つっても酔える酒が一番だろ」
「主君だって最近は呑まないだろう。頭が回らなくなると困ると」
「そういや、最近お(かしら)と二人で呑んでねぇな……」
 
 ぼんやりとスクナヒコは物思いに耽っている。
 
「ん。今、二人って言ったか?」
「今更気づいたのか? 相棒が他の奴にかまけてる間に色々とやってんだよ」
 
 にししと笑う。
 
「だが最近はないんだろう」
「そうなんだよな。……まさか他の奴と呑んでんのか」
 
 ちりりと嫉妬が芽生えてきたので、早速次の日に聞いてみた。
 独神は筆を置いて答えた。
 
「最近の夜? えーっと……。うーん……。昨日は疲れたから早く寝たと思う。その前も。その前は夜に悪霊が来たでしょ? ……そんな感じで夜は忙しいことが多いね」
「最後に呑んだのはいつだ?」
「全然覚えてない。最近断ってばかりな気がする。誘いは何度か受けたんだけど」
 
 誰だよと聞きたいところを、ぐっと堪えた。
 
「しょうがねぇな。仕事ならおれが手伝ってやるよ。そうすりゃ」
「気持ちは嬉しいんだけど、一血卍傑だから私じゃないと駄目で。ほら最近悪霊が元気でしょ。人手が欲しくて」
 
 そういえば、最近知らない英傑をよく見かけている。
 
「気遣ってくれてありがと。一段落ついたらまた一緒に呑もうね」
 
 そう言った独神は英傑に呼び出されて慌ただしく駆けて行った。
 夜に限らず、最近の独神は多忙を極めている。
 
「つまんねぇな。こういう時は酒と相場が決まってら」
 
 携帯している酒をぐいと呑んだ。
 自分の酒は美味いは美味いが、何度も飲むと飽きてくる。
 酒は神の格を上げる面もあり、そのためにはひとが神を敬って造ったものであることが大切なのだ。
 
 ふと不安になる。
 もしも八百万界で酒を必要としなくなったら。
 酒造の神であるスクナヒコは大幅に力を失うだろう。
 
「いやいや、薬の神でもあるし」
 
 消えることはない。
 多様な性質を持つスクナヒコは酒造の面を失っても存在し続けるだろう。
 しかしながら、英傑のままでいられるだろうか。
 もっと小さな存在になってしまうのでは。
 
「これ以上背が縮むのは勘弁してくれ!」
 
 スクナヒコのやる気に火がついた。
 今は年末年始。
 人々は必ず酒を呑む。
 そこで自前の酒を売りさばき、人々に酒の存在を思い起こさせるのだ。
 
 まずは市場調査である。オオクニヌシ連れて町へ出かけた。
 
「見る限りみんな普通に飲んでいるな」
「じゃあおれの酒に飽きたってか!?」
 
 まあまあと興奮するスクナヒコを宥め、オオクニヌシは昼から呑んでいる町人に尋ねた。
 
「すまない。君たちが飲んでる酒はどこで買ったんだ?」
「あっちだよ。酔わないのに酔えて良いぞ」
「ありがとう」
 
 礼を言って、さっきのひとに聞こえるか聞こえないかのところでスクナヒコがつっこんだ。
 
「いや意味判んねぇって」
「酔わないのは判るが、何故酔えるのか……。実際に俺たちも現物を呑んでみよう」
「どこまでもこき下ろしてやるからな」
「おいおい。調査なんだから冷静にな」
 
 判っていてもむしゃくしゃするのである。
 酒ではない酒。
 姿かたちは似ていても、異なるものを持て囃す者たちに「判ってない」と嫌味の一つでも言ってやりたい。
 それを抑えているのだから感謝して欲しいくらいだ。
 
 教わった店へ行くと、年末なのもあってか繁盛していた。
 
「まさかあんな紛い物を神棚に置いたりしないよな? な?」
「どうだろう……。とにかく俺たちも買うぞ!」
 
 二人同時に人混みに突っ込んだのだが、小さいスクナヒコは何度も押し戻されて目的の物を見る事も出来ず、オオクニヌシがやっとのことで一本入手した。
 
「流石だぜ相棒!」
「安心するのは呑んでからにしよう」
 
 路地に入り、こそこそと二人は呑み合った。
 首を傾げ合い、
 
「不味くねぇか?」
「まずいとまでは言わないが、それっぽく造られていて違和感が……」
「だろ? 酒のくせに頭がはっきりしてて気持ち悪いだろ」
 
 スクナヒコはもう一度呑んで舌の上で念入りに転がしてみる。
 
「……これ、穀物使ってねぇだろ」
「そうなのか。いや、君が言うならそうなんだろうが……。ここまでよく似せたな」
 
 出来栄えについてオオクニヌシは感心している。
 二人は一旦本殿へ戻った。
 スクナヒコは少し用があると言って、酒瓶を片手に執務室へと足を延ばした。
 こっそり中を覗き込むと、独神が一人でお伽番も傍にはいない。
 今しかない。
 
「よう。お(かしら)。突然だがこれ、呑んでみてくれねぇか?」
「え。ごめん。今はお酒はちょっと」
「そう言わずに呑んでみてくれよ。酔わない酒なんだと」
「うーん……」
 
 渋々ながらもスクナヒコが差し出した猪口を受け取って口に運んだ。
 すぐに「ん」と違和感を口にした。
 
「……これ、お酒の偽物?」
「味は。どうだ?」
「似せにいってるから違和感が凄いのよね。まあ、でも、良いんじゃない? 酔わないなら気兼ねなく呑めるし、気分だけ味わえるしね」
 
 スクナヒコはがっくりと肩を落とした。
 
「どうしたの? 私悪いこと言った?」
「いや。忙しいとこ悪かったな」
 
 酒瓶を置き忘れたまま、スクナヒコは部屋を出た。
 廊下を歩くにも足取りが重くてなかなか前へ進まない。
 
 人々にとって、酒なんてそんなものなのだ。
 穀物を使っていない汁でも、簡単に受け入れてしまう。
 すぐに受け入れられるだけの違和感しかないのは、やはり辛いものがあった。
 
 酒は人と距離を詰める時にも使える有効な手段だ。
 実際、スクナヒコもそういう目的で独神と呑み交わしている。
 独神となら酒なしで会話をするのも勿論良いのだが、酒を口実にしなければ誘えない。
 あからさまな下心を独神に見せてはかっこうがつかないからだ。
 酒を自由に呑めない独神も、酒に模した酒であれば、もっと自分に付き合ってくれるのかもと、そんなことを考えてしまう。
 
 今日もまた、自分の酒を売ってみたが売り上げはほどほどで、早めに店じまいをして、酔わない酒を売る店を遠目で眺めた。
 数刻前に行った時と同様に盛況だった。
 嫉妬よりもどこか物悲しくなる。
 人々が求める理由は理解できるが、自分にとっての酒は嫌な事は忘れられて楽しくなるいつもの酒なのだ。
 偽物の酒ではない。
 けれど、自分も酒の神ならば、新たな価値観を受け入れていくことも必要かもしれない。
 悪霊襲来で生活や文化が大きく変化している八百万界に対応していかなければ、どんどん置いていかれてしまう。
 
 豊作を願い、無病息災を祈る時には、大地の栄養をたっぷり含んだ米を原料にした従来の酒を奉納し、人々はそれを口にすることで厄を祓っている。
 普段呑むものは変わっても、変わらず続いているしきたりもある。
 悲しみに暮れることはない。
 
 自分も酒が苦手な者にも呑めるような物を作ってみるのもいいかもしれない。
 製造の参考にと、もう一度あの店に酒を買いに行った。
 何度も人混みに押し流されながらも、今度は商品に辿り着く事が出来た。
 
「そっちのやつ貰って良いか」
「はい、少々お待ちくださいませ」
 
 店員が用意する間にと、財布の中の小銭を探していた。
 
「これだと崩すしかねえな。悪ぃな、大きなものになるが生憎手持ちがな、」
 
 店員だったものは、黒いものに変化していた。
 大きな鎌をこちらに向けている。
 
「っ、嘘だろ」
 
 間一髪で鎌を避けると、スクナヒコは両手から宝玉を出した。
 
「洪!」
 
 立法型の魔弾が黒い物体──悪霊を燃やした。
 
「おいおい、悪霊が作ったもんだったのかよ。こうしちゃいられねぇ!!!」
 
 スクナヒコは本殿に飛んで戻った。
 
「相棒! あの酒モドキ。ありゃ悪霊が作ったもんだ! 呑んだやつらが危ねぇ!!」
「判った。俺は他の奴らに声をかけて町の方へ行く。スクナヒコは!?」
「お(かしら)に呑ましちまったんだ!! 何か身体に変化がないか確かめる!」
「主君は頼んだぞ!」
 
 執務室へ行くと、胸を押さえて辛そうにしている独神がいた。
 
「あぁスクナヒコ……おかえり」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ! どうしたんだ!?」
「急に身体がだるくなって……風邪かなあ」
 
 きっとあの酒のせいである。
 こういうのは吐かせるものだが、経口摂取してから時間が経過している為、既に身体に吸収されてしまって意味がない。
 どうする。
 
「そうだ。お(かしら)。おれの造った酒を呑みな」
 
 返事は待たずに呑ませた。
 無理やり口に入れられた独神は何度か咳込んだが、次第に表情を緩ませ落ち着いてきた。
 
「気分はどうだ」
「うん。頭がすっきりしてきた」
「元々酒は厄を祓うもんだからな。悪霊が何入れたか知らねぇが悪いものは全部流しちまうぜ」
「悪霊って?」
 
 事の顛末を簡単に説明した。
 
「じゃあスクナヒコの造ったお酒を配ろう。それで既に呑んだ町の人たちもきっと良くなるよ」
 
 独神の素早い指示により、スクナヒコの酒造から次々と酒が運び出され、町の者たちに振る舞われた。
 町で酒を製造販売していた悪霊もオオクニヌシによって退治され、残された酒も全て破棄された。
 
「つーことで、かんぱーい!!」
 
 悪霊の造ったものをどこで口にしているか判らないと、英傑達全員にスクナヒコの酒が振る舞われた。
 と言うのは半分口実で、年の瀬に酒を浴びながらどんちゃん騒ぎをしたかったのもある。
 
「お。お(かしら)も今日は呑むのか」
「今日くらい独神を休んだって良いでしょ。それにもしも変なのが身体に残ってたら困るから、しっかり払っておかないとね」
 
 そう言いながら一気に酒を飲み干した。
 顔を赤くしながらも笑っている。
 
「お(かしら)もあんまり酒に強くないんだよな」
「そうだけど。今更なあに」
「いや。おれもお(かしら)みたいな奴が呑める酒をマジで造ってみようかと思ってな」
「良いんじゃない? 私はあると嬉しいよ」
「なら、出来たら呑んでくれるか。感想がねぇと出来が判んねぇからな」
「勿論。そういうことならいつでも呼んで」
 
 快い返事を貰って内心ほっとした。
 やはり、飲みの席だからこそ生まれる交流もあり、そういうところから繋がる縁もある。
 仲を深めるきっかけにもなるので酒は必要だ。
 と、酒造の神は思う。
 それにまだまだ独神に本音を伝えるのは難しく、こういう形でしか誘う事が出来ない。
 
「お(かしら)、遊びじゃねぇんだ。ちゃんとお(かしら)とおれだけで呑むんだからな。余計な奴誘うなよ」
「うん、判った。その時は遠慮なく言うから覚悟してなよ」
「見てろ。とびっきりのやつ造ってやるからな」
 
 スクナヒコは心の中でこぶしを握った。
 そうと決まれば本腰を入れて、新しい酒を造りだそう。
 スクナヒコは酒をがぶがぶと呑みながら強く決意した。
 
 
 
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あとがき
 
 ノンアル飲料がものすごい進化を遂げてません?
 前は「うわっ」って言葉が出るくらい偽物感があったのに、今は割と本物に近くありません?
 実際にアルコールが入っていないのに、入っているような気にもなったりして。
 だんだん本物でなくとも満足するようになりました。
 
 CMでもありますが、自分の気分や体質に合ったお酒を選べるのは良いと思います。

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