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夜
本殿ではほぼ毎日酒宴が催されている。討伐後の一杯は最高だといって、毎日様々な面子が飲み明かす。皆勤賞はシュテンドウジだ。討伐がなくとも飲んでいる。
その酒宴も終盤に差し掛かり、眠り始める者も出てきた。シュテンドウジはまだ冴えた様子で酒を飲み、周囲の様子を静かに眺めていた。
その時廊下を歩く足音が聞こえ、障子越しに独神の姿が見えた。シュテンドウジは突然立ち上がると、障子を開いて独神を驚かせた。
「ちょうど花がねェと思ってたんだ」
シュテンドウジは躊躇なく独神の腰に手を回すと、自然な動きで引き寄せた。周囲の英傑たちの目が驚きと羨望の入り混じった色で二人を追う。
「そういうことだから、おれは抜けるぜ。おまえらは酒といっしょにねんねしてな」
シュテンドウジは意味ありげに微笑んだ。
二人が部屋を出て行く背中を見送りながら、英傑の一人が羨ましそうに呟いた。
「八傑だからって調子に乗りやがって……」
「そりゃつえーかもしれねぇけどさ」
別の英傑が諦めたように言った。
「あんなのと主様が夜を過ごすなんて悪夢だ」
「でもあのお頭だからな……。なんもねえだろ」
そう言って納得しつつも酒宴は大いに盛り下がった。
本殿の奥、普段は使われていない個室へと二人は辺りを警戒しながら素早く滑り込んだ。部屋の中央には既に用意された小さな祭壇で蝋燭の薄明かりが揺れていた。
シュテンドウジは戸を閉め、深く「ふう」と息を吐いた。
「悪ぃな」
柔らかな声で言った。
「変な嘘ついちまった」
「大丈夫。気にしないで。大抵お酒で忘れちゃうから」
独神は穏やかに微笑み、部屋の中央へと歩み寄った。シュテンドウジも祭壇の前に座って姿勢を正す。
「今夜は太陽と月が拮抗していて儀式にはうってつけだよ。成功させたいね」
独神は祭壇に置かれた古い巻物を広げ始めた。
────どうやら英傑は魂の質を高めると、大いなる力を得られるらしい。
それを知ったのは二ヵ月ほど前。禁止されている私闘を行った英傑が本殿の庭園に大穴を開けた。その穴から厳重に封印された巻物を発見したのが最初だ。そこには英傑の強化について書かれていた。
内容を聞いたシュテンドウジはこっそり独神に「今より強くなりたい」と伝えてきたので、独神は英傑強化の一人目としてまずシュテンドウジを選んだ。巻物には儀式の方法だけは書かれていたが、細かいことは書かれていなかったので、二人は時間が合う晩に試行錯誤を重ねていた。
「なんとなく掴めてきた気はしてんだ。今日こそ終わらせる」
シュテンドウジはぐっと拳を握った。その目には酒宴の場では決して見せなかった真剣さがあった。
「私も霊力の流し方はなんとなく判ってきた気はしてるんだよね。魂を固める感じ? おにぎりの要領で」
独神は疑問形ながらも一定の自信を含んでいた。
シュテンドウジは器に自らの血を少量落とし、黙って独神に渡した。独神も同様に自身の血を垂らすと器の中の血がうっすらと光を放つ。これから行われるのは、八百万界の力を借り、己の力を最大限まで引き出す古の儀式。二人だけの秘密であり、絆の証でもあった。
部屋の中で二人の影が一つに重なる。
器を挟んで二人はひたすらに力を捏ね回す。まるで粘土をこねるように、気の流れを整え、形を作ろうとする。だが目に見えず手ごたえもないそれを扱うのは、まさに感覚だけが頼りだった。最初の頃はただ唸るだけで一夜を明かし、瞑想と言いながら熟睡し、素振りをし、投げ出し、ふて寝した。
くじけず何度も膝を突き合わせてようやく自身の力の気配を掴めるようになった。己の霊力を感じ、次はお互いの霊力を絡ませる。
今宵、魂の結びつきとは何かが掴めそうな気がした。
独神の霊力を媒介にして、シュテンドウジの内なる力に接続することが正しい道筋ではないかというのが独神の仮設だ。二人分の霊力がシュテンドウジの体内を巡るにつれ、シュテンドウジの瞳が赤く灼熱し始めた。痛みと共に全身から蒸気のようなものが立ち上り、肌の下で何かが動き出す感覚に襲われる。
「これが……おれを超える感覚なのか」
シュテンドウジの意識の奥底では、過去の記憶が走馬灯のように流れていた。鬼として生きた日々、多くの人間との戦い、そして独神との出会い。それらが一つの結晶となって、彼の魂の中心に形を結んでいく。
独神は目を閉じ、両手で印を結びながら唱えていた。
「八百万の大地よ、この者の魂に宿りし力を解き放ちたまえ」
シュテンドウジの身体から立ち上る蒸気が徐々に紫がかった色に変わっていく。シュテンドウジ自身の呼吸も荒くなり、額には汗が浮かんでいた。けれども目を逸らさず、儀式を続ける意志の強さを見せていた。
「……っ!」
突然、シュテンドウジの身体が光に包まれた。独神は一瞬まぶしさに目を細めたが、すぐに集中を取り戻す。光の中で、シュテンドウジの姿が徐々に変化していく様子が見えた。
陽の力を纏い、いつもの着物が変化していく。そして何より、シュテンドウジの周りに漂う気配が一段と鋭利になった。普段は気にならない妖の匂いでむせかえるほどだった。
光が収まると、そこには以前よりも一段と威厳を増したシュテンドウジの姿があった。シュテンドウジは自分の手を見つめ、開いたり閉じたりしながら、身体の中に宿った新たな力を感じていた。
「どうだ? なんか変わったか?」
シュテンドウジは独神に尋ねた。声も少し低く、響くような質感を帯びていた。
「うん……見た目も変わったけど、何より気配が違う」
独神は正直に答えた。
「まるで……山そのものが目の前にあるみたい。今なら魔元帥だって怖くないよ」
シュテンドウジは満足げに頷いた。そして独神に近づくと、その手を自分の手で包み込んだ。独神よりも一回り以上大きな手はごつごつとしていた。
「おまえがいたから強くなれたんだ」
シュテンドウジは独神の顔を見つめながら、いつもより低く、柔らかな声で言った。
「……これからもおれの傍にいてくれるか?」
その言葉には普段の強がりや冗談めかした態度はなく、純粋な感謝と、それ以上の何かが込められていた。
「当然だよ。それに、これからももっと強くなるんでしょ?」
「言うじゃねェか。まぁ期待にはしっかり応えてやるから、まずは祝杯といこうぜ」
二人は互いを見つめ、新たな絆と力の始まりを静かに噛みしめていた。
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