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午後 弐
散歩をしていた独神は英傑に頼まれて洗濯物を取り込んでいた。二百人以上の英傑による洗濯物の取り込みは大仕事だ。
「ふぅ、これで最後……」
独神が最後の布を取り込み、額の汗を拭ったとき、庭の小道から足音が聞こえてきた。
「やあ~っと見つけたわ。ここにいたの?」
振り返ると、アシュラが立っていた。優美な姿で佇む彼の存在感に、独神は思わず足を止めた。
「アシュラ、どうしたの? 何か用?」
アシュラは周囲をきょろきょろと見回してから、ため息をついた。少し緊張が解けたような表情を見せる。
「たまたま通りかかっただけ。それよりその量の洗濯物、アンタ一人で大変だったでしょう? なんで誰かに手伝わせないのよ?」
きっと一人でやっていることを聞きつけて手伝いにきてくれたのだろう。こうして自分を気にかけてくれる優しさが、独神の心に温かさを広げる。
「みんなは戦いで大変なんだから生活面でくらい支えさせてよ。それにもう終わったから大丈夫」
「そう……」
アシュラは少しがっかりした表情を見せたが、すぐに取り繕った。その様子が何とも愛らしい。
「終わってるなら仕方ないわね」
アシュラは籠に入った布をじっと見つめた。
「かなり量があったでしょうに。主ちゃんは何でも上手くこなすわね」
感心するアシュラに独神は首を振った。
「でもアシュラは戦いが上手いじゃない」
「それはそうよ! アタシはね、戦いなら誰にも負けない自信があるもの」
アシュラは誇らしげに胸を張った。しかしすぐに少し恥ずかしそうな表情になり、視線を落とす。
「でも……こういう普通のことは、アンタには敵わないわ」
そのとき、突然の強風が吹き抜け、籠の中の浴衣が宙に舞い上がった。色鮮やかな青地に白い模様。独神の物だった。
「あっ! 私の!」
独神が慌てて手を伸ばしたが、浴衣は既に手の届かないところまで風に運ばれていた。池の方へ飛んでいく浴衣を見て独神は慌てて追いかけた。
「任せて!」
アシュラは信じられない速さで浴衣に飛びついた。まるで瞬間移動したかのよう。しかし勢いあまって、アシュラ自身が池へと転落しそうになった。
「アシュラ!」
独神は反射的にアシュラの腰帯をつかんだ。予想以上の重さに独神は踏ん張りながらも、必死にアシュラを引き寄せる。体幹の良いアシュラは爪先の筋力で地面へと戻ってきた。
「ちょっと! 危ないじゃない!」
浴衣を抱えながらアシュラは少し怒った顔で言った。
「アンタまで落ちたらどうするつもりだったの?」
「でも、アシュラが危なかったから……」
その言葉を聞いて、アシュラの表情が変わった。心配から困惑、そして何か言いたげな複雑な表情へと。
池の水が少しだけ着物の裾を濡らしている。
「……アタシは大丈夫よ。こんなの、何でもないんだから」
そう言いながらも、アシュラはほんのりと頬を赤くした。
「この浴衣、きれいね。主ちゃんに良く似合うわ」
アシュラは浴衣を丁寧に畳みながら独神に渡した。
「ありがと。アシュラがいなかったら、今頃鯉に突かれてたよ」
独神の正直な感謝の言葉に、アシュラは笑い声をあげながら視線を泳がせた。そして小さな声でつぶやいた。
「大事なものなのは判るけど、無茶は駄目よ。もし主ちゃんが落ちたりなんかしたら、アタシが……心配、するじゃない」
「ごめんね」
独神が謝るとアシュラはますます落ち着かない様子になった。
「あ。違うの。アタシはただ」
言葉を途切れさせたアシュラは物干し台に向かって歩き始めた。濡れた着物の裾が庭の小道に静かな痕跡を残していく。そして大量の洗濯物が入った籠を四つ抱えた。
「これ。重いからアタシが運んでおくわ。主ちゃんは自分のお仕事に戻って。皆、主ちゃんを待ってるわよ!」
「え。いや、いいよ。一緒に行、」
「ダ~メ! 絶対ダメ! 主ちゃんが帰ってこないって皆が困ってたのよ。それとも…アタシじゃ、信用できない?」
独神は申し訳なさそうに目を逸らした。
「確かにそろそろ戻らないとだけど。……じゃあ、悪いけど後はよろしくね」
と、独神は早足で駆けていった。一度振り返って手を振っている。
手を振り返した後のアシュラは頬に手をやり大きく溜息をついた。
(アタシを必死に守ろうとするなんて。主ちゃんったら。……困るわ、本気になっちゃう)
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