ある本殿の一日

正午


「俺様だけで十分だぜ!」

 ────と、主君には言ったけれども。
 村に到着したタワラトウタの目に飛び込んできたのは、家々を踏み潰しながら暴れ回る巨大な大百足だった。赤黒い体節から無数の足が生え、鋭い牙で人々を襲っている。

「こいつは……あの時の大百足ほどじゃねえけど」

 過去に龍神の依頼で退治した大百足の記憶が蘇る。あの時は偶然勝てただけだと本人は言っているが、その武勇伝は八百万界に広く知れ渡り子供たちにも大人気だ。
 逃げ回っていた村人たちがタワラトウタの姿を見つけると、大歓声を上げた。

「タワラトウタ様だ!」
「みんな助かったぞ!」

 タワラトウタは余裕の笑みを見せながら村人たちの前に立ち、二振りの刀を抜いた。その手が僅かに震えていることに、年配の村人が気づいた。

「見ろ、武者震いだ。あの化物を前にして奮い立っておられる」
「なんせ龍神様に認められたお方だ」
「あの悪逆非道のマサカドを下した」

 村人たちは間違ったことはなに一つ言ってない。だが一つ大きな事実が抜け落ちている。

(俺様は、足がいっぱいある生き物が苦手なんだよ!!)

 既に勝った気でいる村人たちに向かって、タワラトウタは龍神の力が込められた刀を見せながら笑い飛ばした。

「久々の大物でワクワクしてるぜ。すぐに退治してやるから離れて見物してな」

 感嘆の声を受けながら、タワラトウタは内心では震えを抑えるのに必死だった。気持ち悪さで足がすくむ思いをぐっと堪え、表向きは堂々と刀を構える。普段の気さくな青年の顔つきが一変し、別人のように鋭い眼差しを向けた。村人たちは彼のその変貌に驚きながらも、希望を見出していた。

「おい、お前さんの相手は俺様だ!」

 大百足の悪霊がゆっくりと振り向き、複眼をタワラトウタに向ける。

「タワラトウタか……噂には聞いていたがな」
「へっ、噂以上にかっこよくて驚いたろ?」

 太刀に気を込めると神の加護が発動し淡く光り輝いた。
 龍神の依頼で戦ったあの時とは違い、今はどこか落ち着いていた。大百足の動きがはっきり見え、牙の軌道も足の動きも、すべてが鮮明に感じられる。主君の名誉のために恥ずかしくない成果を出したい――その思いがタワラトウタの感覚を研ぎ澄ませていた。独神に仕える英傑として、ただの偶然や運に頼るわけにはいかなかった。
 タワラトウタと大百足は互いに相手の動きを窺いながら、一瞬の静寂を共有した。その静寂を破るように、大百足が凄まじい速さで襲いかかる。無数の足が地面を這い、牙がタワラトウタめがけて突き出された。
 だが、タワラトウタの動きはさらに素早かった。
 二刀を交差させ、襲いかかる大百足の牙を受け止める。足元の地面が砕け、くるぶしまで足がめり込むほどの力が加わるが、歯を食いしばって耐え抜いた。

「こんなもんかよ……さっさと本気出しな!」

 力を込めて大百足を弾き飛ばし、その隙に斬りかかる。神の刀が百足の体節を二つに断ち切った。だが、切断された部分から新たな足が生まれ出る。

「チッ、厄介じゃねえの」

 何度切っても増えていく足に、タワラトウタは一瞬だけ背筋がぞわっとした。だが表面上は冷静さを保ち、いつも携帯している小さな布袋を取り出した。

「流石にこいつの力を借りた方が良さそうだな」

 布袋から光り輝く米粒を一握り取り出し、空高く放り投げる。すると米粒が金色に輝き、舞い降りるように大百足へと向かっていった。

「これで!」

 米粒が触れた部分から大百足の体が浄化されていく。大百足が苦しそうに身をよじらせた機械を、タワラトウタは逃さなかった。

「龍神様、力を貸してくれ!」

 両刀に金色の光が宿り、タワラトウタは鮮やかな身のこなしで大百足の体を駆けのぼる。節から節へと足場を選びながら真っ直ぐに登り切り、大百足の頭部、複眼の前に立った。

「空牙!」

 閃光のような速さで両刀が交差する。大百足の頭部を真っ二つに切り裂く鮮やかな一撃だった。
 切断された頭部から霧のような黒い煙が立ち上り、大百足の巨大な体が地面へと崩れ落ちていく。タワラトウタもその衝撃とともに地上へと降り立った。

「ふう……終わったか」

 タワラトウタは刀を鞘に収めた。

「タワラトウタ様! ありがとうございます!」

 村人たちが喜びの声を上げながら集まってくる。
 若い娘たちは熱い視線を送り、子供たちは彼の剣技を真似て飛び跳ねていた。

「いやいや、大したことじゃねえって」

 タワラトウタは照れくさそうに頭を掻く。戦闘中の鋭い眼差しは影を潜め、いつもの陽気な表情に戻っていた。

「村の救世主様だ! 宴を開こう!」

「いやいや、そんな大げさなことしなくていいって」

 村人たちが壊れた家屋からあり物を集めて労おうとするのをやんわりと制す。

「俺様はただ、守りたいものを守っただけだ」

 タワラトウタは本殿の方向を見やった。

「そう言わずにどうか、我が家に立ち寄ってください。娘はあなたの武勇伝が大好きで……」

 娘は視線を泳がせながら、頬を赤らめている。

「悪ぃな。俺様には心に決めた主君がいるんだ」

 飾らない笑顔と共に放たれる真摯な想いに、誰も反論できなかった。

「まだ他の村も助けを求めてるから、宴は遠慮させてもらうぜ。でもありがとな」

 村人に惜しまれながらも本殿に戻った時には正午を過ぎていた。

「主君はどこだ? 報告したいんだが」
「主様なら、かなり前に昼食に行かれましたよ」

 急いで厨房に向かうと、独神は食事を終えたところだった。

「お帰り。丁度良かった。お昼まだでしょ。用意するから待ってて」
「え? 主君、もう食べ終わったんじゃ……」
「あなたのでしょ」

 独神は微笑んだ。

「私に二人前食べさせないの」

 タワラトウタは嬉しそうに顔を輝かせた。

「へへっ、悪い悪い」

 独神が自分のために鍋を温め、自分のために湯気の立つ汁を碗に注ぐ姿を見て、タワラトウタは内心得意げに喜んだ。他の英傑たちが見たら羨ましがるだろうなと思うと、優越感が心の中で膨らんでいく。全ての料理を並べると、二人は向かい合って座った。

「で、どうだった? 百足型の悪霊っていうのは」
「あんなの楽勝楽勝! ちょっと刀振っただけで終わったぜ」

 実際はヒヤリとする場面もあったが、そんなことは口にしなかった。独神に情けない姿を知られたくなかった。

「村の人たちもあなたのお陰で一安心ね」
「まあな。村の娘たちまで惚れちまってたぜ。俺様って人気者だな!」

 茶目っ気たっぷりに笑うが、すぐに失言と気づいて表情を引き締める。

「でも俺様はずっと主君の元にいるからな。他の奴には付いてかねえよ」

 真っ直ぐな言葉に、独神は嬉しいような、けれど少し困ったように微笑んだ。独神が慌てて布巾を取ろうとした時、タワラトウタは思わず独神の手に自分の手を重ねた。

「主君がいてくれるだけで戦いの疲れも吹き飛ぶんだ」

 その言葉を言いながら、タワラトウタは自分の手が独神の上に置かれていることに今さらながら気づき、急に心臓が早鐘を打つのを感じた。しかし、引っ込めるのが惜しく、あと数秒、その温もりを味わった。いつもの動悸、熱っぽさ、めまいの症状が目まぐるしく襲ってくる。最近風邪をひきやすくて困る。

「なあ、主君。俺様はさ」

 その時、部屋の扉が勢いよく開いた。

「やっぱりここにいたか! オレにも百足退治の話を聞かせろよ!」

 割り込んできたのはミツクニだった。にやりと意味ありげな笑みを浮かべている。

「おま……」

 ミツクニは独神に片目を瞑って見せた。わざと乱入したのだ。以前タワラトウタが同じことをした仕返しに。
 タワラトウタは悔しがりながらもすぐに明るい笑顔を取り戻した。

「しょうがねえな。聞きたいなら聞かせてやるよ! じ~~~~っくりな!」

 独神の前では決して言わない、苦労話も巨大百足の気持ち悪さもねっとりと話してやると心に決めた。

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