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午前 壱
朝靄の残る敷地に、一台の大きな荷車が音を立てて入ってきた。車輪が砂利道を転がる音に、何人かの英傑たちが顔を上げる。
「お、待ってました!」
荷台を見つけて声をあげた。その言葉に、周囲にいた者たちも活動を止め、荷車の方へと目を向けた。
荷車を引く馬を操っていたのは、褐色の肌をした中年の男だった。豪華な刺繍が施された青い上着に身を包み、腰には様々な小袋や道具が下がっている。界を渡り歩く旅商人だ。
「みなさま、お久しぶりでございます!」
商人は馬を止め、荷車から軽やかに飛び降りた。
「今回も珍しい品を多く仕入れてまいりました。どうぞ見ていってください」
商人は深々と頭を下げると、荷車の覆いを外し始めた。中からは様々な箱や包みが姿を現す。
「皆様からご注文いただいた品々も全て揃っておりますので、順番にお渡しします」
ざわついた空気を感じ取り、あちこちから英傑たちが集まってきた。様々な姿の英傑たちが、思い思いの表情で商人の周りに輪を作る。彼らの中には、注文した品を受け取るのを今か今かと待ちわびている者もいれば、何か珍しいものがないかと物珍しげに覗き込む者もいた。
敷地の入り口付近では、そんな光景を少し離れたところから眺める二人の姿があった。一人は赤茶色の髭を蓄えた男、もう一人は子供くらいの背丈のおかっぱの男だ。
「お互い物入りだな」
赤茶色の髪を後ろに流しながら、アカヒゲが静かな声で言った。
「まったくだぜ。量が多いから最後まで待ってなきゃならねぇ」
小柄な男、スクナヒコは肩をすくめながら答えた。二人は互いに視線を交わすことなく、前方の商人と英傑たちのやり取りを見つめている。
「あんたも何か頼んでいたのか?」
「ああ、ちょっとしたもんだ。アンタは?」
「おれもそんなところだ」
そんな短い会話を交わしながら、二人は順番を待った。周囲の英傑たちが次々と自分の注文品を受け取り、輪が少しずつ小さくなっていく。
商人は一つ一つの品を丁寧に扱い、受け取る者それぞれに使い方や注意点を説明していた。中には珍しい武具もあれば、遠い国から取り寄せた香辛料や薬草もある。彼の商品は質が高く、この地では手に入りにくいものばかりだった。
「アカヒゲ殿、スクナヒコ殿、お二方はまだでしたね」
やがて周囲の人が減り、商人は二人の方を見て声をかけた。アカヒゲとスクナヒコは互いに視線を交わし、同時に商人の方へと歩み寄った。
「ではまず、ご注文いただいていた品といつもの物を」
商人は荷車の奥から新たな箱を取り出し、アカヒゲに外科用刃と薬草を乾燥させるための絹布を、スクナヒコには極小の骨針と調合用の乳鉢を手渡した。二人はそれぞれ品物を確認し、満足げに頷いた。そして薬草のたんまり入った大袋を二人に渡す。
「それと、お二方から承ったご依頼ですが……」
商人はさらに奥から、小さな木箱を取り出した。丁寧に蓋を開けると、中からは淡い緑色に輝く葉を持つ小さな薬草の束が現れた。
「龍骨草、ようやく手に入れることができました。山奥の洞窟の中でしか育たないとても珍しい……」
その言葉が終わらないうちに、二つの手が同時に薬草に伸びた。アカヒゲとスクナヒコが、互いの存在に気づかずに同じ動きをしたのだ。
指先が同時に薬草の束に触れた瞬間、二人は顔を上げた。
「ん?」
アカヒゲは眉をわずかに寄せただけ、声は相変わらず穏やかだが、指先は薬草から離さない。
「は?」
スクナヒコは大きく目を見開き、一瞬だけ険しい表情を浮かべた。しかし彼もまた、薬草から指を離そうとはしなかった。
二人の視線が空中でぶつかり、すぐに横へと躱された。
沈黙が数秒続いた後、アカヒゲが静かな声で言った。
「これは……おれが注文していたもんだ」
スクナヒコは憮然とした表情で腕を組んだ。
「いやいや、おれが頼んでたやつだぜ」
二人は互いを見つめることなく、何かを察したように微妙な間を置いた。商人はその様子を見て、困惑しながらも説明を続けた。
「実は……同じものをお二方からご注文いただいておりまして」
「お、おれは三週間前から頼んでたんだぜ!」
スクナヒコが少し早口で言い、ちらりとアカヒゲの方を見た。
「おれだって声をかけたのは四週間前で……」
アカヒゲは冷静に対応しようとしているが、声にはかすかな動揺が混じっていた。商人は二人を交互に見て、さらに説明を加えた。
「この薬草は本当に珍しく、これだけ集めるのにも苦労いたしました。本来は二人分を提供するつもりでしたが、一人分しかご用意ができず……申し訳御座いません」
「……誰に使うんだ?」
アカヒゲが静かにスクナヒコに尋ねた。その視線はどこか鋭い。
スクナヒコは一瞬ためらったが、すぐに開き直ったように答えた。
「そりゃあ決まってるだろ。お頭だよ」
スクナヒコは少し声を落とし、不意に真剣な表情になった。
「最近、古傷が痛むみたいだからな。顔には出さねぇけど、夜中に眠れねぇ時もあるんだとよ」
アカヒゲはわずかに目を見開き、同じように声を落とした。
「……おれもだ。頭領さんが夜中に廊下を歩く足音で気づいた」
二人の目に同じ心配の色が宿った。
二人の間に再び沈黙が流れる。
静かな攻防の末、アカヒゲが決断したように言った。
「半分ずつでいいな」
スクナヒコは少し考え込んでから、不満げながらも頷いた。
「仕方ねぇな。おれが先にお頭に使っても文句言うなよ」
「好きにするといい。おれは自分のやり方に自信があるからな」
商人は二人の様子を見ながら薬草を二つに分けた。
「お二人に想われて、その方はとても幸せですね」
商人の言葉に、アカヒゲもスクナヒコも何も答えなかった。
アカヒゲは目を閉じ、自分の手のひらに載った薬草を感じながら、ほんの少し口元を緩めた。
スクナヒコは首筋を掻きながら「なに言ってんだよ」と呟いたが、その頬は微かに赤く染まっていた。
二人は互いの視線を避けながらも、どこか同じ場所を見つめているようだった。
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