元・八百万界の救世主は、今日も影から世界の平和を守っています2-2

 夜も更けた頃、独神は窓辺で物思いに耽っていた。
 離れたところでは、オオタケマルが今日も不機嫌そうに酒を煽っている。

(やってしまったわ……)

 独神はオオタケマルを盗み見た。
 酒の量が増えているが、少しも楽しそうではない。
 オオタケマルは機嫌が良いと、独神に酒を注がせ、独神にも飲ませる。
 だが最近は出来るだけ独神の顔を見ないようにしているようだった。
 不機嫌の原因は、なんとなく察している。
 独神が作り出した仕組み。立っているだけで商人からお金を手に入れるあの仕組み。
 あれが気に入らないらしい。
 独神としては町とオオタケマルの双方が満足できる落としどころだと考えていたのだが。

 商人たちの顔が浮かぶ。
 日々現れる無法者を恐れながらも、生活のために交易路を通らなければならない人々。
 その人々の表情が少しずつ和らいでいた。町に安心感が戻ってきていたことは独神にとってなにより嬉しいことだった。
 しかし一方のオオタケマルの態度は冷たくなるばかり。
 独神の言葉にも生返事か無視ばかり。
 商人ともオオタケマルとも良好な関係を築きたい独神は一つ賭けに出ることにした。

「ねぇ、……少し、お話しても良いかしら」

 肯定も無ければ怒号もない。
 独神はそれでも諦めず落ち着いた口調で語り始めた。

「最近、旅人が減ったそうなの。話を聞いてみたら、先に出立した人が町についてないっていうの。ここって他に道はないから、普通は次の町へ行くとなったら自然と合流できるはずでしょう?」

 オオタケマルの返事はない。しかし、酒を飲む手が僅かに止まったのを見て、独神は話を続けた。

「人が消えたって噂よ。この辺りは私たちが介入したことで、治安が良くなったのにおかしくない?」
「どうせ野垂れ死んだだけだろ」

 投げやりな返事ではあったが、話は聞いてくれている。
 独神は安堵しながら、更に続けた。

「噂を聞いてから交易路を巡回してみたの。黄泉へ向かおうとする魂があれば私も多少気づくだろうから。でもそういう気配はなかった。だから、なにかがあるんじゃないかって思うの」
「なら勝手にやってろ」

 そっけない返事に、独神は自分の説明が悪かったのだと悟った。
 眉根を下げなら、独神は小さな声で謝罪した。

「そうね。ごめんなさい。余計なことを言ったわ」

 その夜は、そのまま静かに更けていった。二人の間には月明りに照らされた影が分断する。
 翌朝、独神は早めに目を覚ました。昨日の会話は失敗に終わったが、失踪事件を見過ごすわけにはいかない。
 荷物をまとめ、一人で調査に向かおうとすると襖の前でオオタケマルに止められた。

「勝手に行ってんじゃねェ」

 思いがけない声に、独神は足を止める。
 オオタケマルは欠伸をしながらゆっくりと身支度を整えていく。
 その姿に独神は戸惑いを覚えながらも、微笑を浮かべてその準備を待った。
 二人が外に出ると、町は既に大忙しで、客の呼び込みや荷運びの者達が積み荷を運んでいる。
 活気ある町の中で、独神はオオタケマルの背中を見ながら歩く。
 近づきすぎれば蹴られ、離れすぎれば怒鳴られる。絶妙な距離を保ちながら、独神は言葉を選んだ。

「私もある程度は当たりをつけているの。消えたのは死んだからじゃない、さらわれているの。売り物なのか生贄なのか、用途は判らないけれど」
「それが手前てめえ)に何の関係がある。知り合いでもさらわれたかァ?」

 オオタケマルの口調にはせせら笑いが混じっていたが、独神はきっぱりと言い返した。

「あなたにだって関係あるわ。ひとを売り物にするってことは、何千界貨、何万界貨にもなる。私たちの商売なんて比べ物にならないわ。この事件を解決すれば、その金をそっくりそのまま頂けるってことよ。なんなら組織ごと、ね」

 金の話をすればオオタケマルは興味を示すはず。
 思惑どおりは、オオタケマルは少し考える素振りを見せている。
 もう一押しであるが、ここは敢えて少し引いてみせる。

「でも用心棒に強い人が雇われているかもしれないし、私一人で解決した方が安全かもしれないわね」
「行くぞ」

 予想通りの反応に独神は内心で安堵の息をつく。
 しかしそれを表に出さないようにしながら、おずおずと声をあげた。

「あ、あの」
「なんだ」
「ありがとう。一緒に来てくれて」
「余計な口を挟むんじゃねェ」

 オオタケマルは素っ気なく言う。しかし、先ほどまでの不機嫌さは薄れていた。
 独神はオオタケマルに見られないよう、こっそりと微笑んだ。
 人々に遠巻きにされても構わず、交易路を堂々と歩くオオタケマルが突然口を開く。

「この交易路は新しく出来たもんだ。事情持ちは専ら旧街道を使う。そこが人を襲うのに絶好の場所だ」
「え?」
「ひとを商品にするなら闇市じゃねェと商売にならねェ。だとすりゃ、場所も大体見当がつく」

 独神は戸惑いを隠せない様子で、オオタケマルの横顔を見つめた。

「こういうことにも詳しいの?」
「まァ、それなりにはな」

 オオタケマルは特に何も付け加えなかったが、独神には察しがついた。
 お宝好きで強奪まで辞さない彼のことだ。闇市についても相応の知識があって不思議はない。

「じゃあ案内してもらえると心強いわ」

 オオタケマルは何も言わなかったが、その歩調は少し緩やかになった。
 しばらく歩いた後、オオタケマルは唐突に忠告した。

「気ィつけろよ。人買いってのは、人の価値を見抜くことに特化してる連中だ」

 独神は黙って頷いたが、オオタケマルはまだ何か言いたげにじっと彼女を見つめている。

「……え。あ、もしかして私のこと?」
「それ以外ねェだろ。手前てめえ)のことは連中の方が市場価値ってのを良く判ってるだろうよ」

 独神は何度か頷いた。改めて指摘されればそうかと思うが、自分に大きな価値があるという自覚はない。
 交易路を歩きながら、独神はオオタケマルの言葉を反芻していた。
 確かに自分は英傑たちから重宝されていた。
 でも、それは悪霊が跋扈する世だったからだ。平和な世界で独神に商品として価値があるとは。
 考え事に沈んでいた時、突如としてオオタケマルの手に天将の扇が現れ、霊力で作られた虎が独神の前を横切った。

「チッ。邪魔くせェ」

 一拍遅れて、独神は声をあげて驚いた。そして、虎の行く先へと顔を向ける。
 誰もいない。

「なに。ちょっとどうしたの?」
「誰か、俺たちをつけてやがった」
「物騒ね。でも殺さないでくれたの?」
「馬鹿言え。俺に気付かれたとなりゃ、真っ先に親玉に報告に行くだろ。それで何がどう動くか見極めてェだけだ」

 なるほど、と独神は納得する。
 大股で歩いて行くオオタケマルを追いかけながら、一瞬、虎が放たれた先を見た。

(見張りがはいつ? どこから? この件で私たちが動く気になったのはついさっきのことなのに)

 二人は街道から外れ、かつての主要路だった旧街道を歩く。
 人の往来が途絶えた古道は、雑草が生い茂っている。
 さらにその脇道から、鬱蒼とした林の中へと右へ左へ分け入っていく。
 茂みを抜けると、そこにはひらけた空間が広がっていた。
 かつての宿場町の跡だろうか。朽ちかけた建物が点在する中、一際大きな廃屋が目に入る。
 二階建ての建物は、柱こそ傾いているものの、屋根はしっかりとしており、人が住めそうな唯一の建物だった。

「あそこか」

 独神は苔むした壁に手を置いた。
 表面は脆く崩れそうだが、その下に隠された石組みは、指先に冷たく、そして頑丈な感触を返してくる。
 これは偽装だ。

「この壁かなり頑丈よ。朽ちたように見せているだけね。しかもこれ、うっすら結界まであるわ。解くのは簡単だけど、感知されたくないから放っておくわよ」
「行くぞ。今日も取引があるはずだ」
「行くって、で、でも、今日の今日よ!?」
「ひとを売るには場所がいる。ならさっさと売り飛ばしてェはずだ。今日も出品される可能性が高ェ」

 オオタケマルの言葉に、独神は顔を曇らせた。
 さらわれた人々がどんな状態か判らない。最悪の事態を覚悟した。

「判った。それでどうやって入る?」
「それより」

 オオタケマルは独神に布をかぶせた。目の部分を小さく穴をあけながら、首まで覆い隠していく。

「なんなの!?」
手前てめえ)の顔は目を惹きすぎる。なんて、言わねェでも判るだろうが」
「でも化粧や服とかあるじゃない。これじゃ逆に怪しすぎるわよ」
「この程度怪しくもねェよ。どうせ素性を知られたくねぇ奴しかいねェ。手前てめえ)は小手先の変装で曲げられねェくらい別格だから諦めろ」
「……そう」

 本人にその気はないのだろうが、正面切って褒められて独神は口を噤んだ。
 用意が出来ると、オオタケマルは堂々と正面から歩いていった。
 朽ちかけの引き戸が軋む音が、静かな空気を破る。

「ちょ、ちょっと!」

 独神は慌ててその後に着いていく。
 土間から一段上がった所に、確かに人が立っている。
 見張りと思われる男は、オオタケマルを見て一瞬凍り付いた。
 その筋では名の知れた荒くれ者の姿を知らぬ者はいない。
 独神は薄暗い中、男の喉が大きく動くのが分かった。

「お、おオオタケマル様」

 男の声が震える。オオタケマルは男の横を素通りする。

「な、何しに!」

 最後の意地を見せようとしたのか、男は叫ぶ。だがオオタケマルは振り返りもせず答える。

「掘り出しものが見てェだけのただの客だ。文句があんなら相手になるぜ」

 その一言で、男は机の下に潜り込んだ子供のように小さくなった。
 二人が大きな絵が書かれた襖を開くと、地下に広がる大きな空間が現れた。表の廃屋からは想像もつかない広さだ。

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