自本殿のようす(2026/2/16~2/25)




2月16日

平生より大きな賑わいを見せる堺が今朝は大陸から貨物が届くとあって、いつも以上にひとで溢れかえっていた。
 セイリュウもその中のひとりだ。非番を利用して訪れたはいいが、人混みに翻弄されて半ば溺れかけている。

 波止場には荷を下ろす人足の怒号、品定めをする商人の声、懐かしい大陸訛りの言葉が飛び交っていた。積み荷からは香辛料の匂いが立ち上り、潮風に混ざって鼻腔を刺激する。

(この中には……入れそうにないな)

 覚束ないながらも必死に背伸びをして、開封されていく積み荷をキョロキョロと覗き込む。

(……あれかもしれない!)

 セイリュウは荷車の後を追った。
 店に着いてすぐ、赤字で大注目と書かれた棚に並べられていく。道を歩いていた客たちも物珍しさに集まってきた。
 しかし、書かれた値札に誰もが目を剥き、財布から手を離し、品々を目に焼き付けるだけに変わっていった。
 そんな中、セイリュウは迷わず漆塗りの小箱を一つ手に取った。

「お目が高い。さっき届いたばかりの品や」

 あらゆる角度から見た後、すっと棚に戻した。
 すると店主が手を差し出す。

「貴重な貴重な大陸産は触り心地もええやろう? ほな千界貨で」

 セイリュウはうっ、となりながらも大人しく支払った。
 失礼したと頭を下げ、次の店へ。
 二軒目では螺鈿細工の箱。綺麗だが目当てのものではない。三軒目――

「さっきから、じーっと見とるけど、いったい何探してるんや」
「いや……その…………」

 問われても説明のしようがなかった。
 『宝石箱』としか聞かされておらず、それがどんな細工か、どれくらいの大きさで、何色なのか、何一つ判っていない。
 唯一の手がかりは『堺に届けた』という、あまりに心もとない言葉だけだった。

 日が傾き始めても、市の熱気は衰えない。むしろ夕刻の買い物客が混じり、喧騒は増すばかりだ。店じまいの時刻が迫る中、本日最後の一軒へと足を踏み入れた。

「大陸から宝石箱は届いているか?」
「ああ、それなら」

 店主が奥から三つ出してきた。だがどれも違う。セイリュウは息をついた。

「……すまない。思っていたものとは違ったようだ」

 冷やかしなら出て行けと追い出され、セイリュウは夕陽で赤く染まった肩を落とし、宿へと向かった。

(どこにあるんだ)

 荷物が隅に置かれた広い部屋に座り込んだ。
 何気なく障子を開ければ、日が落ちても賑やかな堺の町が眼下に広がっていた。
 灯りが一つ、また一つと灯る。笑い声があちこちから届いた。
 本殿に負けないくらい活気のある町だ。
 セイリュウは静かに障子を閉め、寝床に横になって天井を見上げた。

(もう一日ある…………)

 全ての店を回ったわけではない。品を棚に出していない店もあるだろう。望みはある。
 セイリュウは目を閉じた。
 明日は早く、市へ出よう。


2月17日


 ヒデヨシが堺に着いたのは、夜明けとともにといっても過言ではない頃合いだった。

「拙者、ヒデヨシと申す。独神様の使いで参った」

 商人は目を丸くした。

「独神様の? こんな朝はよから精が出ますな」
「大陸の船が着いたと聞いてな。良い品があれば独神様にお納めしたい」

 実際には、独神に頼まれたわけではない。だが、珍しい品を献上すれば喜ばれるだろう。
 いや、喜ぶかどうかは判らないが、少なくとも、役に立つ者だと思われる。
 本当は昨日訪れるつもりだったが、討伐が長引き一日遅れてしまったのだ。
 だが売れると思った極上の品ほどすぐには店頭に出さないもの。狙い目はまだ奥で眠っているとみた。

「ああ、昨日届いたばかりや。まだ全部は出しきっとらんけどな」

 店の奥からいくつかの小箱が運ばれてきた。
 どれもこれもが見事な品だと一目見て判るものであったが、とりわけその中の一つに目が吸い寄せられた。
 翡翠色の石が中央に埋め込まれた、手のひらほどの箱。細工も見事だ。

「これは……?」
「ええもんでっしゃろ。八百万界ではここまでのもんはなかなかないで」

 そうであっても値が張るが、独神への献上品と考えれば惜しくはない。

「これをいただこう。…………いや即決で払うのだからそこにある置物でももらおうか」
「置き……全く見る目がありますなぁ。良いでしょう! おまけにつけとくで」

 指差したのは、隅に転がっていた瑪瑙めのうの小さな置物だ。
 手のひらに乗せると、石特有の冷たさと確かな重量感がある。
 それなりの値打ち物だろう。どこかで売れば小銭稼ぎにはなる。
 ヒデヨシは満足げにそれを懐へ放り込み、本命の宝石箱を受け取った。
 見た目に反してずしりと重い。中に何か入っているのだろうか。

「中気になるやろ。開けてもええで」
「いや、独神様の前で開けさせていただく」

 商人は頷いた。

(これなら、きっと……)

 気品に溢れる微笑みを絶やさない主を思い起こす。
 あの方は、こういう物に興味を示すだろうか。判らない。
 だが、わざわざ赴いて選んだ品だと知れば、少しは――ヒデヨシは首を振った。

(いかんいかん。その顔は本番に見ればよし)

 独神への贈り物は入手した。無論これで終わりとはいかない。
 先ほどから金の匂いに当てられてうずうずしているのだ。大陸の珍品を揃えれば自分を軽んじる者たちに力の差を思い知らせることができるだろう。
 なにより高い物は良い物。珍しい物もまた良い物だ。ヒデヨシの商売人としての血が騒ぎ出した。

「おお! これは見事な(高そうな)壺! 拙者が買いますぞ!!」


2月18日


 毎年、本殿の池に鴨がやってくる。
 数ヶ月の同居人を歓迎する者が多いが、クツツラは今朝も苦い顔でそれを睨みつけていた。

(また散らかる)

 白い羽根が一枚、灰色の石畳に落ちている。
 宙を舞ってまた一枚。
 ふわりふわり。
 鴨たちは悠々と池を泳ぎ、時折ぶるりと身を震わせる。そのたびに羽根が放たれた。
 クツツラは傍で箒を振るが、鴨は一向に去る気配がない。
 鴨たちもここは安全だと理解しきっていて、多少威嚇したところで逃げていかないのだ。
 箒で池の水面をバシャっと叩くと、羽を広げて少し離れるが、すぐに戻ってくる。
 石畳を掃き終えた頃には、最初の場所がまた汚れていた。

(……きりがない)

 苛立ちを募らせていると、縁側にセイリュウが腰を下ろすのが見えた。
 東方の見張り台を離れているのは珍しい。
 鴨を眺めているのか、ただ庭を見ているのか判然としない。
 声をかける気にもなれず、クツツラは再び箒を動かした。
 庭中を掃除し、本殿の廊下を掃除し、夕方に池を見ると、また羽が散らばっていた。

(まただ)

 クツツラは雑巾を握りしめた。

「ただいま戻りましたぞ!」

 元気な声が本殿に響く。振り返らずとも判る。いつも騒がしいヒデヨシだ。

「クツツラ殿! 今日も清掃とは精が出ますな!」
「まあね」

 短く返した。

「おや、少々ご機嫌が斜めなご様子。何かありましたかな?」

 クツツラは鴨を指さした。

「何度綺麗にしても汚されるんだ」
「なるほどなるほど。では、こういうのはどうでしょう」

 ヒデヨシはにやりと笑って人差し指を立てた。

「食べてしまうというのは」

 クツツラがみるみるうちに目を見開いた。

「……いいね」
「決まりましたな! 拙者、カモ料理には少々うるさいですぞ。では荷物を置いてすぐに戻りますゆえ、クツツラ殿は独神殿に声をかけてきてくだされ!」

 クツツラが頷くと、ヒデヨシは脇に抱えた小箱を抱え直して飛んで行った。


2月19日


 大陸の友人からの贈り物は、とうとう見つけられなかった。
 最初から本殿宛てに出してくれれば届く可能性もあっただろうに。
 だが友人は大陸でも名の知れた神。その神の所有物だと知れれば、欲に駆られた者が奪い合い、暴動が起きかねない……というのが向こうの言い分だった。
 嘘ではないだろう。ただ、あの男のことだ。セイリュウが堺の町をうろうろする姿を遠い大陸から想像して、あの大声で腹を抱えて笑っているに違いない。

「あんなにかわいいのに食べようだなんて信じられない」
「主様が止めてくれなかったら危なかったよ」

 廊下を歩く際に漏れ聞こえたのは昨日の鴨の話だろう。
 当の彼らは、相も変わらず池を優雅に泳いでいた。

 今日からは再び東の守護に就く。不在中の報告と今後の指示を仰ぐために、独神の部屋を訪ねた。
 部屋の前まで来ると、先客にヒデヨシがいるのが見えた。一旦入室を控えて様子をうかがう。
 討伐のことなら良いが、個人的な話であるならば、時を改めるのが礼儀だ。

「これは堺で見つけた渡来ものですぞ」

 ヒデヨシの声が聞こえる。何かを差し出したようだ。

「わあ……綺麗ね」

 独神がうっとりとした声をあげた。

「翡翠の細工はなかなか見ないわよね。さすが大陸の品だわ」

 翡翠。
 その言葉に心臓が跳ねた。

「そうでござろう。中はまだ拙者も見ておらぬ故、隣で拝見しても?」
「勿論。あなたが見つけたものだもの。気になるわよね」

(まさか、あの箱か――――)

「先生!!!」

 堪えられずに部屋へ踏み込むと、独神がちょうど、蓋を開けた瞬間だった。
 ヒデヨシが苦々しく顔を歪めたようにも見えたが、構ってはいられない。
 箱の中の宝玉が淡く光り、懐かしい声が流れ出した。

『やあ、セイリュウ。久しいな』

 独神とヒデヨシが驚いて顔を上げる。

『話を聞いて驚いたぞ。まさかおまえさんに――ぷ、ぷふふ、ガハハハハハ』

 やはり笑っている。しかし懐かしさに浸る余裕は微塵もない。
 この後何を語られるか、想像するだけで血の気が引く。
 セイリュウは反射的に宝玉を掴み取った。

『誠実なのはおまえさんの美徳だが、いかんせん面白みがない。時にはあっと驚くような失態でもすればど――』

 ――――ガシャンッ!
 砕け散る音。
 破片が床板に飛び散り、光の粒が宙を舞って転がった。
 セイリュウの荒い息だけが残る。

「ヒデヨシ殿すまない! あとで弁済する! 先生も、邪魔してすまなかった!」

 そう言い捨て、セイリュウはその場を去った。
 独神はヒデヨシを見た。

「……悩みでもあるのかしら?」

 独神の呟きに、ヒデヨシは「およよよよ」と大袈裟によろけて床に座り込んだ。

「せっかく独神殿にと選んだというのに。まさかセイリュウ殿が壊してしまうとは……。しかし、何やら訳がおありのご様子。ここは、拙者も責めますまい」

 ヒデヨシはちらりと、申し訳なさそうに立ち尽くす独神を見やった。

(訳あり大いに結構。セイリュウ殿に恩を売り、独神殿に泣きつく絶好の機会……これを逃す手はありませぬな!)

 独神は眉尻を下げて、少し考え込んだ。

「そうよね……せっかく選んでくれたのにね。とても残念だわ」
「拙者も残念でなりませぬ。大陸の品々から独神殿にこそふさわしいものをと厳選したのでありますが。……そうだ! 折角ですから、他の品々も見ていただけませぬか? 拙者としても、先ほどの一件で少々ケチがついてしまいましたからな。今度こそ気持ちよく贈り物を受け取って頂くため、もう一度やり直したいのですが、よろしいですかな?」
「えっ。……でもそれだとあなたに悪いわよ」

 独神が心底申し訳なさそうにするので、ヒデヨシは更に前のめりになった。

「いいえ! 是非拙者の部屋に来て頂いて、独神殿がお気に召す物を差し上げたいのです!」
「う、う……ん。うん。そうね、判ったわ。あなたが納得いくまでお付き合いする」
「ありがたき幸せ。さあさあ、今すぐ参りましょう。何が飛び出してくるか判りませんからな」

 独神は一見警戒心がないように見えて、己に好意を寄せる英傑の部屋には滅多に入らない。そんな独神を自室に誘い込めた。ただの贈り物以上の成果に、ヒデヨシの頭の中ではパチパチとそろばんの音が響いていた。

「何かお気に召すものはありますかな?」

 大陸に関係なく、価値のありそうなものをこれ見よがしにずらりと並べる。
 圧倒されている独神のようすにヒデヨシは鼻が高い。独神の伴侶として恥ずかしくない財力があることを暗に示しておく。

 きょろきょろと見ていた独神は、ふと、床の隅に転がしていた小さな塊を拾い上げた。

「ああっ! 遠慮なさらずともそんな店の隅にあったようなものではなく、もっと豪華な……。こちらの反物などはいかがですかな!?」

 しかし独神は店の隅に転がされていたあの置物を凝視していた。

「…………こんなに可愛いのに」

 頬を上げて嬉しそうにしているが、気を遣っているだけなのか判断がつかない。
 だが――――。

(可憐な独神殿が見られた…………くぅ、感動ですぞ!)

 ヒデヨシはひとつ咳払いをして居住まいを正した。

「真にお気に召したということであれば、そちらを差し上げます。受け取って頂けますかな?」
「ええ。丁度文鎮が欲しいと思っていたの」
「ぶ」
「あっ。誰かが私を呼んでいるみたい。慌ただしくて申し訳ないけれど戻るわね。さっきの宝石箱と宝玉はセイリュウに渡してもいいかしら。その分の代金は私が支払うから」
「え、ええまあ。それは全然構いませぬが……タダで結構ですぞ」
「ありがとう。文鎮は毎日使わせてもらうわね!」

 慌ただしく出て行く独神をほどほどに見送り、ヒデヨシはぽつり呟いた。

「…………文鎮? あれが?」

 どう見ても奇妙な置物でしかない。本人が満足ならそれで良いのだが、独神の感覚は、やはりどこか浮世離れしていると思わざるを得なかった。

(得手不得手は誰にでもありますからな。……ま、独神殿のそういうところも、嫌いではありませぬが!)


2月20日


 夜、どれだけ完璧に片付けたとしても、朝には山のような書簡が溢れ、床には物でいっぱいの柳行李が無造作に置かれている。
 独神は毎朝、淡々とそれらを処理していく。
 悪霊の動向、山や村に現れる境界の裂け目、壊された町の修繕――八百万界の平和を追い求める独神の仕事は尽きることがない。
 休憩に外を眺めると、鴨が一列に整列していた。こちらを見て首を傾げる。
 独神が手を振ると、鴨は満足そうに池へと戻っていった。

 そしてすぐさま、討伐部隊の報告を受ける。

「東海道にいた悪霊ですが、潜伏していた者たちも全て斬りましたよ。完璧な成果です」
「オモダルありがとう。街道には常に英傑を置いているのに、どうしてこれほど増えるのかしらね」
「見落としがあるのでしょう、どこかに。調査はお任せを。全てを明らかにしないと気持ち悪いですからね」
「じゃあお願い。人手が必要なら誰でも連れて行って。街道の警備は最優先だから」
「承知しました」

 英傑たちは優秀だ。独神は彼らの能力を見極め、適材適所に配置するだけでいい。
 なにものにも属さぬ、ただ一人の存在だからこそ、彼らの上に立つことを許された。
 独神はいつも、命を賭して戦う彼らに、自分は何を還元できるのかと自問し続けている。

 昼過ぎ、ある英傑が執務室を訪ねてきた。

「ぬしさまぁ。ふふ、見てください」

 テッソがいつもとは違う鮮やかな装束を着ていた。

「華服? 今日って何かのお祝いだったかしら」
「ありましたよぉ。ほら。大きな『ぱおん』もらったんです」

 ぱおんとは小麦粉と塩を練って焼いた食物だ。
 テッソはぱおんの中でも、石のように堅く焼いたものが好きだった。

「ガリガリガリガリ」
「美味しい?」
「ガリ。ガリガリ」
「そう、良かった」

 ネズミのように一心不乱に齧り付く様子を、独神は目を細めて眺めた。
 テッソがふとぱおんから口を離す。

「……ぱおんをくれる方のひと、大陸でぱおんの修行へ行くそうです。ぬしさまにも後で挨拶するって言っていた気がします」
「店番の方ね。修行中だから店に自分のぱおんを出してもらえないって言ってたけれど……そう、大陸へ行くの」

 独神は外へ視線を投げた。英傑たちがじゃれ合っている。
 テッソの鮮やかな装束の色が、まだ目の奥に残っていた。
 この本殿には大陸に関係する英傑が何人もいる。
 彼らはここでの生活の中で、ふと、大陸へ帰りたいと思うことがあるだろうか。
 主である独神には言いづらいことだろうが、遠い大陸への想いを募らせる夜もあるのではないか。

「そうよ…………。天灯を飛ばすのはどうかしら」

 大陸の風習で、願いを書いた灯籠を空に放つという。
 故郷の気配を少しでも感じさせてあげたい。彼らの秘めた想いが、少しでも彼の地に届くように。
 善は急げ。二月二十五日に開催しよう。
 早速祭事の準備に向けた指示を書き始めた。


2月21日


 ウジザネは汗を流しながら蹴球の練習に励んでいた。
 元々優雅な蹴鞠を好んでいたのだが、激しく躍動する蹴球と出会い、すっかり虜になってしまった。
 悪霊退治の合間には、本殿の空き地で球を追う。
 壁に当てて跳ね返ってきた球を蹴る。
 何度も何度も。
 だが壁では物足りない。
 ふと視線を上げると、本殿の入り口にそびえる大きな鳥居が目に留まった。

(今までだって大丈夫だったし)

 球を蹴ると、円柱である柱は予想外の所へ跳ね返す。
 それを予測し再度蹴る。
 跳ね返ってきたものをまた蹴る。
 いい調子だ。
 もっと強く、もっと早く、もっと鋭く――

 バキッ。

 乾いた、嫌な音がした。
 柱の根元からみしみしとひびが走っていく。

「……嘘だろ」

 真っ青になったウジザネは咄嗟に柱を抱え込んだ。

「待て待て待て!」

 どうにか倒壊は免れたが、手を離せば最後。
 周囲をうかがうウジザネの背中を冷や汗が伝う。

(やばい、めちゃくちゃ目立つ……)

 誰か通りかからないか。いや、通ってほしい。助けてほしい。でもバレたくない。
 相反する願いを抱えたまま、どれほど経っただろうか。

「ウジザネ? 何やってんの?」

 不思議そうに声をかけてきたのはゴクウだった。ウジザネは必死で笑顔を作った。

「お、おお……鳥居を使った柔軟!」
「ふーん。変わったことするね。あ、俺主ぬしさんに呼ばれてんだ。いいだろ~?」
「どうせ討伐だろ。あるじは忙しいんだから早く行ってこいよ」

 足取りの軽いゴクウを見ても今は羨む余裕などない。大好きな独神こそ、今一番会いたくないひとだ。
 この状況をどう乗り越えるか必死に考えていると、独神の声が聞こえた。

「ロキ。やめなさい」
「少しくらい良いだろ。サボっちまおうぜ」

 ロキが独神にまとわりついて困らせている。様々な英傑から何度注意されても全く懲りない。
 仕事の妨害をし、気安く身体に触れる。
 アスガルズの神のくせに、まるで自分の物のように独神を扱う。

(またあるじを……)

 気づけば足下にあった球を蹴っていた。
 白黒の球は鋭く飛び、ロキの頭に見事命中する。

「痛っ! 何すんだよ!」

 ロキが振り向いた瞬間、目と口が大きく開いた。
 ウジザネはその時ようやく気づいた。
 鳥居を支えていた手が、暇そうにしていることを。

 ゴゴゴゴ…………バキィィィン。

 轟音と共に鳥居は倒れた。
 オノゴロ島が出来た時からある由緒正しき鳥居だと聞いたような聞いていないような。
 今更思い出したところでただの追い打ちだ。ウジザネの顔から血の気が一気に引いた。

「おまえ! おもしれぇじゃん!! おれだってまだ壊してねぇのに!!」

 ロキが大笑いをしているということは当然、独神も倒れる鳥居を目撃した。
 真っ青な顔で伏した鳥居を見ている。
 その視線がかつて鳥居があった空と、地に伏した今の姿を静かに行き来していた。

「……………………」

 ウジザネは震え上がり、身体が自然と土下座の姿勢をとってしまう。

「ご、ごめんなさい!」

 独神は静かに目を閉じ、大きく深く息を吐いた。
 ゆっくりと目を開くと、すたすたとウジザネに近づく。
 ウジザネは額を地面に押しつけた。

「……怪我は?」
「え」
「怪我はないの?」

 ばっと顔を上げ、ウジザネは首を振った。

「な、ないです」
「そう。良かった」

 怒っていない。むしろこちらを心配している様子。
 ウジザネは泣きそうになった。

「ごめん、あるじ……」

 独神はしゃがみ込むとウジザネの頭をそっと撫でた。

「じゃあ、一緒に直してくれる人を探しておいで」
「え」
「誰に協力を仰いでも良いわ。頑張ってね」
「はい……」

 ここで拒否を示すことなどできなかった。未だ笑い続けるロキが憎い。

「いやー、おもしれー!!!」
「ロキ、あなたも手伝ってあげて」
「はぁ? おれ?」
「原因の一端でしょう」
「はっ! 誰がやるかよ、ばーか!」

 ロキは舌を出して逃げ出した。
 ウジザネもまた弾かれたように走り出す。
 一刻も早く鳥居を修繕できる者を探し出さなければならない。

(怒らないのが一番怖いんだって!!)


2月22日


 独神がワヅラヒノウシの部屋を訪ねるのは珍しいことだ。
 繊細な作業の邪魔になってはいけないと、日頃から気を配っていた。

「ワヅラヒノウシ、少しいいかしら」
「……ぬしか。…………ぬし!? え!? なっ!? どうした!?」

 ワヅラヒノウシは持っていた針を、針山ではなく机に刺した。
 ぴんと立った針を、もう一度引き抜いて今度こそ針山に刺す。

「お願いがあるの。二月二十五日に天灯を飛ばすお祭りをするのだけれど、その時に大陸風の服を着たいと思って」
「大陸風?」
「ええ。あなたなら、素敵な服を作ってくれると思ったの」

 ワヅラヒノウシの目が輝いた。

「……マジで? 俺に、ぬしの服を作らせてくれんの?」
「ええ。……と言っても三日後でしょう? だから私の手持ちの服を少しだけ作り替えてくれるだ、」
「最初から作るに決まってんだろ!!! 任せてくれ!!!」

 ワヅラヒノウシは椅子を吹き飛ばしながら立ち上がった。
 鼻息も荒く、独神に詰め寄る。

「完璧な服を作ってやる。だから身体を触らせてくれ!!!」

 独神が一瞬、動きを止めた。

「え」

 身体をかばうような素振りを見て、ワヅラヒノウシは慌てふためいた。

「っあ、ち、違う! 変な意味じゃなくて、採寸だよ採寸! お前の服を作りたいってだけで……ご、誤解すんなよ!」

 独神はこらえきれずにふっと笑った。

「冗談よ。ちゃんと判ってるわ」
「……そ、そうか」

 それにしては表情が強ばっていた気がするが、真実を追究すると傷つくので流しておく。
 ワヅラヒノウシは測定器を取り出した。

「じゃ、じゃあ……腕から測るぞ」

 独神は素直に腕を差し出した。
 指先から肩までの長さを測ろうとするが、測定器を持つ手が震えて目盛りが読み取れない。

「緊張してる?」
「し、してねぇよ! ただ……」

 ワヅラヒノウシは小さく呟いた。

「煩わしくないか?」
「全然」

 独神が笑う。

「あなたが作ってくれる服、今から楽しみなの」

 ワヅラヒノウシは顔を背けた。

「……ったく。期待されると、重圧なんだけど」

 突き放すような言葉とは裏腹に、その口角は上がっていた。

「さっきも言ったけれど完成まで三日でしょう? 完全新作に拘らなくても、既存の衣服に少しだけの装飾を追加とかそういうので良、」
「絶対完成する! だからお前はちゃんと期待してろよな」

 独神は頷いた。

「じゃあ三日後取りに来るから。よろしくね」


2月23日


 どんちゃんどんちゃん。
 本殿は昼間も騒がしいが夜も騒がしい。
 昼間の疲労を癒やしに酒を浴びて馬鹿騒ぎをする者のせいだ。
 静かに過ごすことを好む者たちは「うるさい!」と武器を持って酒宴の中に殴り込みにいくのもしばしば。
 そんな喧騒を縫うようにして、独神は人目を忍んでキリンを空き部屋へと呼び出していた。

「もう一回見てて。とんとんとんのとーーん、と」

 独神は両手を胸の前で合わせ、三歩進みながら天に向かって持ち上げ、最後に大きく手を広げる。

「はい完璧ですよ」
「良かった。ここは天灯を放つところだから一番簡単なのだけれど。問題は最中の舞よ」

 一血卍傑の使い手としか見られないこともある独神だが、優れた巫女としての能力も有する。
 しかしながら此度の祭りは大陸に捧げるもの。
 知識としては知っていても行ったことのない大陸流の所作を、大陸の礼節に通じたキリンに見てもらっているのだ。

「ここはこう……背を反らせるのよね?」
「はい。ですが……もっと……」
「こう?」
「いいえ。こうです」
「んん? こう……?」
「…………失礼ながら、お身体に触れてもよろしいでしょうか?」
「遠慮しないで。きて」

 キリンは独神の背後に回った。

「失礼します」

 独神の細い腰にぴたりと手を添える。そのままゆっくりと誘導する。

「腰の位置をここまで落とします。そして上半身をこちらへ」

 キリンが独神を優しく、だが確かな力で導いていく。その手に吸い付くように独神の身体が動いて曲線を描く。時折、薄く息が漏れた。

「…………こうして天に祈りを捧げる形へ持っていきます」
「だんだん判ってきたわ。本番までになんとか形になりそう」

 手ごたえがあったのか自信を持って頷いた。

「ありがとう、キリン。明後日の夜、特別な時間になるわ」
「楽しみにしています。その夜の主君は誰よりも美しいはずですから」
「ふふ、ちゃんと見ていてね……?」

 ――――と、二人が過ごしているのを見ている者がいた。

 あのキリンが独神の身体に触れるだけでなく、密着している。
 心なしか独神もいつもの凜とした顔つきとは違って、艶を含んだ柔らかな表情をしているような。
 それに「明後日の夜」「特別な時間」「誰よりも美しい」という言葉。
 どう考えても、そういうことにしか思えない。
 ゲンブは無言でその場を離れた。
 部屋に戻り、一人座る。

(…………先生が、キリンさんと)

 言葉にならないものが胸の奥にどろりと渦巻いた。


2月24日


 東の監視塔と北の監視塔。
 その境界に現れた悪霊たちをセイリュウとゲンブは迅速に片付けた。
 四霊獣の二人が見せる息の合った動きに、オノゴロジマは再び静寂を取り戻す。

「さすがの援護だ。おかげで助かったよゲンブ」
「セイリュウだったからです。私も加減することなく射ることができました」

 セイリュウは剣を振るって僅かな血を落とすと鞘へ収めた。

「……こんなことを言うと気を悪くするかもしれないが、調子が悪いのか」

 ぴくりとゲンブの表情が揺らいだ。

「そういうセイリュウこそ。いつもより少し、切れ味が鈍いのでは」

 二人の間に沈黙が落ちる。
 そして同時に息を吐いた。

「誤魔化せないな」
「そのようですね」

 自嘲気味に二人は笑い合った。
 長年共に戦ってきた仲だ。些細な変化も見抜かれてしまう。

「夜、少し時間はあるか」
「ええ、空いていますよ」

 夜。二人はセイリュウの部屋で会った。
 四霊獣で一番若いセイリュウの部屋に集まることが多いので、ゲンブも慣れた様子でくつろぐ。
 酒の入った徳利が二つ、既に空になっていた。

「実は……」

 ゲンブが重々しく口を開いた。

「先生のことだ。どうも……キリンさんと交流があるようで」

 息のかかる距離で親密に触れあっていたとは、独神とキリンの名誉のためにも言わなかった。だが言葉を濁したことで、かえって意味深な重みを見せてしまう。

「キリン!? ならば先生は聞いてしまったのか!?」

 セイリュウの頭には、宝玉から流れ出た友人の声が蘇る。
 あのときは自分が独神に入れ込んでいることを知られまいとして砕いたが、もしもあの友人がキリンと通じ合っていたとしたら。
 そして、宝玉が手に入らなかった保険にキリンに全てを話していたとしたら。
 独神は全てを知っていることになる。

「待ってください。何のことですか」

 慌てたように尋ねてくるゲンブに、セイリュウは目を泳がせた。

「お、俺が…………」

 先生が好きだ――――と、どうして言えるだろう。
 四聖獣相手とはいえ。いや、同じ四聖獣だからこそ言えないことはある。
 セイリュウは言葉を飲み込んだ。

「どういうことです!? セイリュウと先生にもやはり何があるんですか!?」

 ゲンブは混乱の極みにいた。
 キリンは独神を王として認め、霊獣として傍に控えていると思っていた。独神に好意があってもおかしくはないが、だからといって八百万界の平定の目処も立っていない今、不埒な関係を結ぶだろうか。
 清い関係ならば、百歩譲って許せるかもしれない。だが、同じ霊獣として看過できない何かを、昨夜の二人は漂わせていた。
 それが、戦友であるセイリュウまで同じだとなると、矛先は独神へと向かいそうになる。
 まだ一縷の望みはある。セイリュウが一言言えば良いのだ。「違う」と。

「……すまない。俺には言えない」

 セイリュウはふらふらと部屋を出て行ってしまった。背中が普段より小さく見える。
 ゲンブは絶望した顔で後ろ姿を眺め続ける。

(本当に。先生はセイリュウとキリンさんと……?)


2月25日


 薄暮れの空、庭のあちこちに並べられた天灯が柔らかな光を反射する。
 英傑たちが物珍しそうに集まる中、セイリュウとゲンブは少し離れた位置に立っていた。
 お互いに視線を合わせることはない。

「あの二人、なにがあったか知ってる?」

 四霊獣のひとりであるスザクが、ビャッコに小声で耳打ちした。

「むう。ワシにも判らん。セイリュウには聞いたのだが、喧嘩をしておる様子もなし。そそくさと逃げてしまった」
「僕も同じだよ。ゲンブに聞いたら濁されてしまってね。僕と話すことさえも避けているように見えたんだ」
「ワシはもう少し様子を見ようと思うのだがどう思う?」
「ビャッコがそう言うなら僕もそうするよ。先生にもまだ秘密で良いかな」
「ああ。身内のことだ。先生の手を煩わさぬ方がよいじゃろう」

 二人は頷き合い、各々他の英傑の輪へと散っていった。
 盛り上がっていた談笑が少しずつ静かになり始めた。

「皆、集まってくれてありがとう。急なことだったのに手伝ってくれたひとたちもありがとう」

 よく通る声を響かせながら独神が英傑の前に現れた。
 普段の着物ではない。大陸風の、鮮やかな刺繍が施された衣装。深い裂け目から覗く足が目をひく。
 だが下品さは一切ない。胸元はしっかりと布に守られ、裂け目の下には薄い布が重ねられて直接見えないものになっている。

「わあ......」
「主が......」

 英傑たちが各々呟く。普段見慣れた姿との違いに、誰もが目を奪われていた。
 いつも以上に綺麗だと、一様に感動している。
 セイリュウは声も出なかった。
 彼の地で見慣れたはずの装い。それを独神がまとっている。
 本場と全く同じものではないにせよ、小さな装飾の一つが、刺繍の模様が、大陸を想起させる。
 英傑の熱視線に気づいた独神は得意げに衣装を揺らしてみせた。

「ふふ。この衣装素敵でしょう? ワヅラヒノウシに作ってもらったの。こんなに綺麗なものを着られて嬉しいわ」

 独神がくるりと回ると、裾が舞い、刺繍が火の光を受けて煌めいた。

「......やっぱりぬしはすげぇ」

 製作者は満足そうに頷いている。

「今日は大陸の風習を真似て、天灯を空に飛ばします。この本殿には大陸と縁が深い英傑が多いわ。けれど昨今の事情でなかなか大陸へ行くことも叶わない。向こうに大切な人がいる方もいるでしょう。だから今日は、今すぐ会えない人へ想いを届けられたらと思って」

 独神は履き物を脱いだ。
 地面に足を置く。

「私たちの祈りが届くように舞を踊らせていただきます」

 目を閉じた独神が両手を胸の前で合わせる。
 ゆっくりと、三歩進む。
 手を天に向かって持ち上げる。
 最後に、大きく手を広げた。
 袖が翻り、夕暮れの風に乗って舞う。
 腰を落とし、上半身をゆっくりと反らせる。天を仰ぐ形。
 優雅で、美しい。
 誰もが息を呑んで見守っていた。
 大陸をよく知る者たちだけは、この舞が大陸由来のものであると気づき、各々が記憶を蘇らせた。
 演奏のない、静かな舞が終わる。
 独神が頭を下げると、拍手が起こった。

「ありがとう、皆」

 独神が微笑む。

「さあ、天灯に願い事を書きましょう。そして、空に放つの」

 英傑たちが天灯の前に集まり、思い思いに筆を取る。

「何を書こうかな」
「願い事か......」

 セイリュウは天灯を手に取った。

(俺の願いは......)

 先生を護り続けること。
 だが頭に浮かびあがる情景は、大陸で過ごした仲間たちとの何気ない日常の日々。
 空をまっすぐ飛ぶこともできない小龍の時代を思い出す。
 セイリュウは筆を取り、静かに文字を綴る。
 少し離れた場所で、ゲンブも天灯に向かっていた。

あるじ様書いたよ!」

 フウジンは『ウチがさいきょう』と書いた天灯を独神に見せる。
 すると独神は少し笑って火を灯した。

「良いわね、さいきょう」

 火を与えられた天灯は空をふわりふわりと浮かんでいった。
 他の英傑も習って空に飛ばしていく。
 空一面に浮かんだ願いが天灯によって運ばれていった。

『八百万界が平和になりますように』
『オーディンが禿げますように』
『鳥居がこれ以上壊れませんように』
『もっと綺麗な髪が手に入りますように』
『二度と、先生と仲間のことを疑わない。弱い己を律する』

 天灯を知らなかった英傑たちが嬉しそうに見上げ、大陸出身の英傑たちは、懐かしそうに目を細めていた。

「久しぶりだな、こういうの」
「故郷を思い出す」

 本殿の入り口では、少し歪んだままの鳥居が静かに佇んでいた。修復されたばかりで、まだ完璧ではない。だが、力強く立っている。
 天灯の光が、鳥居を照らした。

「綺麗......」

 誰かが呟いた。
 夜空に、星のように光が散らばっていく。

(…………俺は元気にやっている。だから君も、息災で)

 友に向けた想いを乗せた天灯をセイリュウは小さくなるまで見送った。
 天灯が空に昇り切った頃、英傑たちは酒や料理を囲み始めていた。

「いやー、良い祭りだったな!」
「天灯、初めて見たけど綺麗だった」

 賑やかな声が庭に響く。
 少し離れた場所で、ゲンブがスザクとビャッコに何か話しているのが見えた。先ほどまでの硬い表情はなく、穏やかに笑っている。
 セイリュウは離れた場所でひとり、空を見上げた。

「セイリュウ」

 声に振り向くと、独神が立っていた。
 不意を突かれて心臓が跳ねる。

「先生」
「一人で何してるの? 皆のところに行かないの?」
「いや、少し......空が綺麗だったから」

 独神はセイリュウの隣に立った。

「そうね。今日は良い夜だわ」

 しばらく、二人で空を見上げる。
 酒宴の盛り上がりを背中で感じるのに独神はゆったりとくつろいでいる。「主はどこ行ったのー」という声が聞こえているはずなのに動こうとしない。
 隣にいる。それだけのことなのに、指先が冷たくなるほど緊張していた。
 風が吹いて、独神の髪がふわりと揺れる。かすかに大陸の香りがした。
 こんなに近くにいるのに、目を合わせることができない。

「......先生」

 セイリュウが口を開いた。

「あの時の宝玉のこと、本当に申し訳なかった。それに勝手に入ったりしてヒデヨシにも悪いことをした」

 バラバラに砕け散った宝玉を片付けもしなかったことに数日精神を蝕んだ。
 慌てると自分はこんなに駄目になるのかと。

「ああ、あれね。直しておいたわよ」
「......え?」

 あまりにもさらりと言うものだから、目を見開いた。

「直せたのか……?」
「ええ。そんなに難しくなかったわ」

 独神は小さな包みから宝玉を取り出した。
 ひびは入っているが、元の形にはなっている。

「中身は......聞いたのか?」

 セイリュウの声が震えそうになる。

「いいえ。私の前ではこれはただの宝玉でしかないわ」

 独神はセイリュウの手に宝玉を乗せた。
 指先が僅かに手のひらに触れ、それだけで呼吸が浅くなる。

「これ、知り合いの言葉が込められているのでしょう? 今度は一人で聞いて。ごめんね。あなたへの便りを無断で開けてしまって」

 用は済んだと立ち上がる独神を、気づけば呼び止めていた。

「先生、一緒に聞いてくれないか」

 言ってから、自分でも驚いた。
 なぜそんなことを言うのか。恥ずかしい内容が流れてしまうのに。
 それでも、共に聞いてもらいたいと思った。
 まだ独神に会う前の自分のこと。自分が大切に想う友人のこと。
 独神はじっとセイリュウを見て、小さく頷き、その場に腰を下ろした。
 セイリュウは宝玉を軽く握り、身体に巡る神力を通わせる。

『やあ、セイリュウ。久しいな。話を聞いて驚いたぞ。まさかおまえさんに――ぷ、ぷふふ、ガハハハハハ!』

 セイリュウは眉間にしわを寄せた。
 笑われるのは二度目だが、独神が隣にいる今は、より気恥ずかしい。
 そしてこの後はもっと恥ずかしいことになるだろうと身構えた。

『誠実なのはおまえさんの美徳だが、いかんせん面白みがない。時にはあっと驚くような失態でもすればどうだ?』
「え? 『どうだ』…………?」

 続く言葉は『独神』ではなかった。

『その時こそ自分を支える周囲の縁が見えるだろう? …………いいか。役目ばかりに気を取られて感謝を忘れるなよ。おまえさんが仕える独神というお方も、討伐に役に立つセイリュウよりも、周囲の縁を守っていけるセイリュウの方が良いに決まってるさ。……ま、会ったことないがな。ガハハ! 俺が言いたいのはだ、毎日元気でやれよ。役目を果たしたら、こっちでまた会おう』

 宝玉の光が消える。

「…………良い友人ね」

 独神が微笑んだ。
 その笑顔を横目で見て、セイリュウは思った。
 ああ、このひとのことが好きだ。
 戦場で背を預ける信頼とも、四霊獣への同胞の情とも違う。
 微笑まれるだけで充足感に満ちていく。

「このところセイリュウの元気がないように見えたの。それは友人と会うこともままならないからかしらって。だからせめて空を通じて想いを届けられたらと思って、今回天灯を飛ばすことにしたのよ」

 独神が自分を見ていてくれた。それだけでなく、自分のためにこんな大がかりな祭りまで開いてくれた。
 嬉しかった。

「たまたまセイリュウには気づけたけれど、きっと他にも似た想いを抱いている子がいるでしょう。でもここに縛り付けている私には言えないと思うの。だったら想いを空に飛ばせば良いんじゃないかって」

 ……その嬉しさは長く続かない。
 独神が喜ばせたいと思う英傑のうちのひとりでしかないのだ、自分は。
 水面の泡のように膨らんだうぬぼれが、いつも通り弾けて消えていく。
 でも同時に、眩しくてたまらない。胸が軋むほどに。
 全員を愛するこのひとに、自分だけを見ろと望んでいる。
 そういうひとだから好きになったのに。

「今夜の舞は懐かしかった。きっと、他のみんなもそう思ったはずだ。……ありがとう先生、きっかけをくれて。みんなも喜んでるよ」

 独神はにこりと笑んだ。
 嬉しそうにする独神を見て、みんなからの感謝が正解だと思い知る。

「元気になってくれて良かった。あとは……もう一人、元気がないひとがいるのよね」
「ゲンブのことか?」

 独神の視線ですぐに誰だか気づいた。
 向こうでゲンブがほんのり顔を赤くしながら酒を飲んでいる。その横顔に悩みは見えない。なにか吹っ切れたのかもしれない。

「ゲンブは大丈夫だ。さっき、舞を見てほっとした顔をしていたからな」
「そう? でも心配だから声をかけてくるわね」
「ああ、いってらっしゃい」

 独神は手を振って、英傑たちの輪に帰って行く。
 遠ざかる背中をたっぷり見つめた後、セイリュウはもう一度空を見上げた。

(四霊獣のみんなと先生と。大陸へ行ってみたいな。彼に紹介しないと。彼女が俺の仕える先生だって)

 もう一度友の声を聞こうと、宝玉を再生した。

『おっと、言い忘れた。その独神って子に、次来るときはセイリュウの伴侶として来てくれって言、』

 真っ赤になりながら宝玉を握りしめた。ヒビが入った気がする。

(危ない。聞かせないで正解だった!)

あとがき


去年このシリーズをウォッチに入れてくれるひとがいて、
更新しないのが悪いなぁ、って思ってたのだけれど、ふいに書こうと思い立ったので書いた。

サイトの日記でほぼ毎日連載してた(最終話だけ何日も後だったけど)
英傑たちの日常話書くの面白い。


◇セイリュウ

執筆中に、うぇいぼでメッセージより米津さんの『春雷』を教えて頂いた。
曲がセイリュウっぽいって。
自分も聞いてみて、綺麗で物悲しい曲だな~と感じた。
それを受けて、初稿である日記版とは大きく変更して、春っぽい感じにした。
だから、セイリュウの初恋属性は私が産んだものではないです。
アイディアありがとうございました。


◇ヒデヨシ

日記版とは違い、話を大きく膨らませた。
書いてみて思ったのが、”ヒデヨシ感”が弱いなぁ、と。
やっぱりヒデヨシといえば、抜け目がなくて、がめつくて、身分の低さが見え隠れして、転んでもただじゃ起きない――ってぇのがヒデヨシじゃない???

ヒデヨシの後日談。

独神が気に入った置物は「文鎮」が正解。ヒデヨシが判ってなかった。
独神が正しく文鎮として使っていたところ、それを見たリキュウが「良いですね」「相当な値打ちものでしょう」なんて言ってくれる。
聞いてヒデヨシはびっくり。やっすっちいと思っていたものがそんなに高いなんて。調べたら、今回の仕入れで一番高い品だったそうで。
他の英傑たちも文鎮を見て金銭的な価値を口にするものだから、ヒデヨシは悔しい気持ちでいっぱい。
そこで「価値を判っていたうえで独神様に差し上げたのだ」という体に取り繕うんだけど、リキュウにはしっかり見破られていて、しら~っとした目で見られる始末。

置物の形は亀だったので、ゲンブは密かに嬉しがっている。

ヒデヨシ的には少し残念な結果だったけど、その分セイリュウから迷惑料として、青龍の加護のこもったありがた~い像(六センチくらい)を貰い、しっかり高値で売りさばいた。
儲けた。


ちゃんちゃん。

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