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「其方らも夜の散歩かな?」
ひょんと現れたのはヌラリヒョンであった。
アマツミカボシは顔を歪ませ、連れ歩いていたアメノワカヒコを帰らせると、胡散臭い妖怪に向き直った。
「白々しい。何の用だ」
「友といる時にすまなかった。少しばかり相談事があったものでな」
「さっさと言え」
「そうかりかりするでないよ。儂が其方に会いに来る理由はそう多くはあるまいて」
鋭く睨んでいたアマツミカボシが眉を吊り上げた。
「……頭をどうするつもりだ」
「ははっ、随分物騒な物言いだが、主をどうもこうもせぬよ。どうするのも、こうするのも……儂らの方だからな」
なかなか本題に入らないヌラリヒョンに舌を打つが、本人はけろりとしている。
「ほれ、儂と其方が同時に新たなる力を手に入れたとのことで、祝いの宴が設けられるであろう? あれのかわりに、主と刺激的な遊びをしてはみぬか? なあに、怪しむ必要はない。アスガルズの神々が作った遊園地なる娯楽の施設らしい」
「だが、貴様の息がかかっていないとは言い切れまい」
ヌラリヒョンはおかしそうに笑った。
「ならアスガルズの者どもに直接聞くと良い。……いや、ロキはまずいな。それ以外は既に交渉済みなのだが」
「ならば、俺の返答など関係ないではないか」
「そうとも言える。だが、決して其方に損をさせようとしている訳ではない。だからこうして誘っている。まあ、受けなければ儂が主と二人きりの逢瀬を楽しみめでたしめでたし、となるだけだ」
「貴様……」
唸るような声をあげるが、遠野の妖怪はその程度で怖気づくたまではない。
「さてどうする? 伸るか反るか。決めるのは其方だぞ────」
◇
「ちょ~~~~~っと待った!!!」
ヒデヨシが身体に似つかわしくない大声でヌラリヒョンを呼び止めた。
「やれやれ……。喧しい小猿じゃの」
猿の後ろでは九尾の狐がふわあっと一つあくびをした。
朝日が眩しいのか目を細めている。
「おやおや。朝から何用か。それに珍しい取り合わせだ。お山の大将はどうした」
「ノブナガ様は其方には関係ござらぬであろう。そう易々と大将の事は教えぬでござるよ」
「まあ、儂も人族の権力争いに興味はない。ではな」
「っと! 逃がしませんぞ。早々に煙に巻こうとするとは、余程これから口にする事は都合が悪いようでござるな」
「はっはっ。そこまで言うのならば申してみよ」
「其方とアマツミカボシ殿が、独神殿と遊園地とやらに行く事でござるよ!!」
ヌラリヒョンがタマモゴゼンに目をやると、じっと見返すので用件は同じようだ。
「儂らだけに限らぬ。其方らも、そして他の英傑たちも訪れる事になっているはずだが」
「確かに行くようにはなっておりますな。……しかし、それは明日の話。本日の試験日は其方ら二人と独神殿のみでござる」
「んふっ、そなたの企みなどわらわにはお見通しなのじゃ。アスガルズの遊戯とやらは、さぞかし新鮮で刺激的であろう。初めて見るものに目を奪われる主殿が容易に想像出来る。ならばそなたらに初々しい主殿を独占させるわけにはいかぬ」
珍しい組み合わせの二人は、隙を見せない立ち方でヌラリヒョンを見据える。
一見丸腰だが、二人とも目に見える得物が無くとも、相手を倒す技を持つ者達。
視覚情報だけでは判断出来ない。
「盛り上がっている所すまぬが、今日の事は儂とアマツミカボシが新たなる力を手に入れた宴の代わりだ。其方ら二人が阻めるものではあるまい。今日の事は主の好意からなるものなのだからな」
反論をさせない為の「独神」の言葉にも、ヒデヨシはひるまなかった。
「其方の言い分は理解出来ますが、いやはやそれにしても、不公平が過ぎるのではござらぬか?」
「何を言うか。其方の時は贅の限りを尽くし、タマモゴゼンの時は……酷い乱痴気騒ぎで……」
思わず顔を歪めた。
タマモゴゼンが所望した妖流の宴はひどく欲望に塗れたものであり、ついヌラリヒョンも妖気の高まりにあてられ羽目を外してしまった事を思い出す。
翌日は二日酔いの英傑達がそこら中に倒れており、本殿の殆どが機能しなかった。
当然理性を保っていた者達からは多分に白い目で見られ、そしてその中には独神も含まれていたことを思うと、後悔の念が湧き上がる。
ヌラリヒョンは軽い二日酔いで済んだが、酒に呑まれて倒れた者どもと同じように思われてしまったのではないかと。
「うふふ。あれは楽しかったぞ。みっともないそなたに主殿が一瞬固まった時には胸がすいた」
「やめてくれ。酒の席の失態なんぞ若造までだと言うのに……」
「よいよい。そなたの無様な姿をもっと主殿には教えてやらぬとな。コンコン」
旧知の仲である妖連中は、牙が抜けた振りをして気取っている今のヌラリヒョンが気に入らないと、機会があれば独神に大昔の情報をどんどん流していく。
やり返したくとも、殆どの者は昔から変わらぬ振る舞いを続けており、独神に彼らの過去を語ったところで何の衝撃もない。
過去の馬鹿騒ぎを知られて困るのはヌラリヒョンだけだ。
「贅の限りとは申すが、あれは拙者の懐からの出資が主ですからな!」
「なんだと……。では其方、自分の宴に自分で金を出していたのか」
「独神殿は固辞しておりましたが、皆様へのおもてなしの意味も込めて、存分に豪華にしたまでのこと」
「下心しか香ってこぬぞ」
妖族のヌラリヒョンとしては、オダノブナガ勢であるヒデヨシに対する感情は中立。
独神や他の英傑達に媚び諂う様子も関心がない。
勿論、必要以上に近づく時には独神の与り知らぬ所でひっそりと事を進めるだけの用意はあるが。
「ならば、ここにエンマダイオウ殿を呼んで参りましょうぞ!」
このままでは埒が明かないと判断したのか、ヒデヨシやタマモゴゼンよりも一足先に頂きへ到達したエンマダイオウを引っ張ってきた。
「宴に統一しているのであれば、それで良いでしょう。例外はありません」
公平無私なエンマダイオウは、きっぱりと言い切った。
「ならばヤシャにも意見を聞いてみようではないか」
エンマダイオウの更に前に限界を超えたヤシャを適当に言いくるめて連れてきた。
「何かと思えば心底下らねぇ……。俺は満足しているし、好きにしろ」
「ヤシャは宴以外に、主とふたりきりで出歩いておるから、さぞかし満足しただろうなあ」
ふたりきりを強めて言うと、ヤシャはきっと睨んだ。
「……何故知っている」
「儂はどこにでも目と耳を持っているのだよ」
「出歩く……。そういえば、私も独神様と二人で行きましたね。なるほど、あれはそういう意味でしたか。それならば宴と物見遊山を遊園地一つにまとめる事に問題はないでしょう」
うんうんと一人で納得するエンマダイオウに続き、タマモゴゼンも思い出したと言う。
「あの時は主殿に相当貢いでもらったのう……。ふふふっ、楽しい買い物じゃった」
しかし、一人だけ、違う反応を見せる者がいる。
「……タマモゴゼン殿も? ……皆も……です、と?」
「おや、ヒデヨシ。どうかしたのか?」
平静を装いながら、内心はにやにやと笑っているヌラリヒョンが聞いた。
「拙者、ちょっと用事を思い出したでござる!! すぐ戻る故しばし待たれよ!」
ヒデヨシが飛んで向かったのは勿論独神のところ。
部屋にいた彼女に、何故自分とは二人で出かけていないのかと聞いてみた。
「許可が下りなかったの」
「誰の!? いえ、ノブナガ様ですな」
「そうそう。何故か駄目だって言われちゃって。怒らせるような事でもしたの?」
「いえ、身に覚えがござらん。……が。別の心当たりがあるでござる(不愉快なのは独神殿と二人だからか。それとも裏切りの懸念か)」
「ふうん? とにかく、あなたとのお出かけは保留ね。駄目でもそのうち、オダノブナガ様にはナイショで行きましょうね」
「っ……ありがとうございまする」
「ごめんなさいね。不安にさせて」
確認を終えたヒデヨシはほくほくとした気持ちで戻ってくる。
「忘れられておったか?」
「そうではござらん! 断じて!」
◇
「~~~!! すっごい! 凄いわね!!」
走り回る独神はまるで子犬のようだ。
「ははっ。そんなに慌てずとも逃げはせぬよ」
第二の障害ロキの大反対を乗り越え、独神と剣士二人は今、遊園地『NYA NYA LAND』に来ている。
今日だけは悪霊退治を休憩し、二人は着流しを纏って今日という日を独神と楽しむつもりだ。
「だってだって! 凄いんだもの! 巨人族という方々が一日で作ったって話じゃない! まだ姿を拝見してないけれど、どんな方たちなのかしら! こんなに素晴らしいものを作れるなんて、お話がしたいし、お礼も言いたいわ!!」
「判った判った。貴様は少し落ち着け」
興奮状態の独神を見るアマツミカボシの視線はとても柔らかい。
心底楽しそうにしている独神に水を差す事無く見守っている。
「……さて、"でーと"の作法としては、まずは手を握ってもらおうか」
ヌラリヒョンから差し出された手を見た独神は、急にそっぽを向いたアマツミカボシの手を強引に握り、もう一方の手でヌラリヒョンの手を取った。
「じゃあ、まずは何処に行きましょうか!」
両手の二人に独神は満面の笑みで言った。
アマツミカボシが、先程ヘイムダルに渡された小冊子を独神に見せてやる。
「うわあ……凄い……なんて……前衛的なげい、じゅつ……?」
「……。おい、ヌラリヒョン、貴様が解読しろ」
「なになに……。ふむふむ。ほうほう。なるほど、全く判らぬ」
小冊子には遊具の説明が書いてあるようなのだが、平仮名ばかりで"てにをは"が完全崩壊している上、説明用の図がまるで子供の絵のようにふにゃふにゃとしており、意味が通じない。
「うーん。これは多分トールかしら。妙に上手なミョルニルが描かれているし」
「……こうして見ると奴が他所の界の神である事を思い知らされるな」
「ははっ。あの者にこのような面があるとは知らなんだ。ならば前情報なしで楽しもうぞ」
三人はぐるりと見渡し、近いところから攻めていくことに決めた。
入口に一番近い遊具は”めりーごーらんど”である。
馬に二人で乗るか、それとも馬車で隣に乗るか。
神と妖の視線が独神の背後でチリチリと燃えていると、
「私、こっちの馬に乗る!」
と言って、独神は早々に馬に跨っていた。
「二人も早く決めてよ。早く動いているところが見たいの!」
笑顔が溢れて止まらない独神に免じてさっさと休戦し、二人もそれぞれの馬を選び跨った。
三人が準備を終えると、"めりーごーらんど"からは優し気な音楽が流れだした。
周囲の景色が煌びやかな街へと変わり、馬たちが夢の世界へと三人を連れ出す。
「これは……幻術か」
「まるで本の中みたい……。アスガルズの街ってこんな感じなのかしら……」
飾りをつけられた石造りの街並みを走り抜け、赤茶の煉瓦造りの巨大な建物が近づいてくる。
普通の建造物ではない事は判るが、三人はそれがいったい何なのか一切の知識がない。
巨大建造物に近づくと大きく膨らんだスカアトに身を包んだ女性達や、燕尾服を着用した正装の男性たちが庭園内で踊り出す。
後ろでは金や銀、重厚な木の楽器達が飛び回り思い思いに己の音を奏でていた。
「これは……圧巻だな」
ヌラリヒョンも思わず感嘆する、絢爛華麗な光景。
三人は声を失い、目と心を奪われる程堪能していると、次第に音楽は小さくなり、辺りの様子も元の遊園地へと戻っていく。
「ドクシンさま。お楽しみいただけましたか?」
女神の微笑を浮かべたフレイヤの声で、一同は現実に引き戻された。
「……凄かった」
「あらあら。それは良かったですわ。お手をどうぞ」
フレイヤは独神をゆっくりと地上に下す。
「ドクシン様のナイト達も楽しめたようですわね。ですが、姫のエスコート、お忘れですわよ」
くすくすと笑うと、二人ははっとした顔を見せた。
「安心しましたわ。ドクシン様が楽しめるのは勿論ですが、英傑の皆様にも楽しんで頂きたいと思っておりましたのよ。お二人がどう感じるかとどきどきしていましたが、今は嬉しくてどきどきしていますわ!」
ヌラリヒョンとアマツミカボシはちらっと顔を見合わせ、それぞれ反対の方を向いてから小さく笑った。
「其方らの界を垣間見たが、八百万界とは違う美しさがあるのだな」
「フン……。まあ、面白いと言ってやっても良い」
「これはね、とても面白かったって事だから。安心して」
「頭!」
フレイヤに見送られ、三人が次に訪れたのは"じぇっとこーすたー"。
先程の"めりーごらんど"とは違い、何やら小さな箱が連なったものが高速で線路を走り回っている。
「なんだか……凄そうね」
乗り場まで階段で上り、乗り方の説明を受けながら剣士の二人はぼそぼそと言い合っていた。
この乗り物は椅子に座った二人が縦に並んでいる作りだ。
乗る者は三人。当然自分の隣には独神を誘いたい。
「まつろわぬ神様は一人の方が楽しめよう」
「貴様のような軽薄な奴に頭の隣をやるものか」
そんな小競り合いを両断したのは独神だ。
「ねえ! ヘイムダルが教えてくれたんだけれど、一番前がいっちばん楽しいんだって! 今日の主役は二人なんだから二人が前に乗って! 私は二人の後ろで一緒に乗るから!」
神々しい笑顔。溢れる善意。
二人は「すまぬな……」「感謝する……」と思ってもない事を言うしかなかった。
「へー! どんどん上に上がっていくのね! ちょっと……怖いかも」
乗り込んだ箱が上昇している間にこんな弱気な事を言う独神が、もしも自分の隣にいたらいくらでも手を握って勇気づけてやるのにと、剣士二人は内心「はあああ」とため息をついている。
「主。大丈夫さ。落ちる時は全員一緒だからな」
「何かがあったとしても、貴様だけは助けてやる」
「おや、儂は助けてくれぬのか?」
「貴様なんぞ自分でどうとでも出来るだ────」
車両は九十度直下、全員が息を呑んだ。
「っきゃああああああああ」
「っ……」
「……」
一番叫んでいる独神は頬を引き上げ満面の笑みである。
歯を食いしばるアマツミカボシは笑いこそしないが、目まぐるしく変わる景色と速度を楽しんでいた。
そして、もう一人は────。
「……ヌラリヒョン大丈夫?」
「軟弱な。……そもそも百鬼夜行で界中を飛び回っているだろう」
地上に戻ったヌラリヒョンは額を押さえたままげっそりとしていた。
「あれは、自分で進行方向を決められるが、こちらは強制だからな……。年寄りにはちと厳しいな。……目が回る」
「膝貸すから、少し休憩しましょう」
園内に所々設置されている長椅子に三人は座った。
一つにアマツミカボシ、もう一つには独神とヌラリヒョン。
「其方らは平気なのだな」
「全然! 楽しかったよ!」
「あの程度で俺が屈すると思っているのか?」
「これが若さか……」
独神の膝の上でヌラリヒョンは天を仰いだ。
「休憩したら元気になりそう? それとも今日はもうやめておこうか?」
「心配無用だ。主の顔を見ていれば直に回復する」
「でも無理は駄目だからね」
独神がヌラリヒョンを見ている間、アマツミカボシは付近の出店を回り、両手に白い氷の菓子"そふとくりーむ"を携えて戻ってきた。
「これでもやる」
「ありがとう。あなたは?」
「いらん。寒い」
もう一つをヌラリヒョンに差し出す。
「普段あれだけ饅頭を食べられるのだから、甘味は平気だろ。この時期に食べるには冷たすぎるが、それで少しは気分が変わるかもしれないぞ」
「すまぬな。礼を言うぞ星神様」
「フン」
独神とヌラリヒョンはぱくぱくとそふとくりーむを食べていく。
冬場であろうとなんのその。
「ハッ、こんなに寒い中よく食えるものだ」
「年がら年中腹を出している其方に言われてもな」
「一口あげる。食べ物は最初の一口が一番美味しいんだから」
アマツミカボシは一口だけ貰い、二人はさっさと完食した。
「寒い時期に冷たい甘味も風情がある。お陰で気分も上々だ。……ありがとう」
「貴様の為ではない。頭のついでだ」
「そういう時は、どういたしましてって言うのよ。知らない?」
「~~っ、知っているに決まっているだろ!」
回復した一行が次に向かったのは”うぉーたーらいど”。
二人乗りという事で、また一緒にさせられると思った二人は、すぐさま管理者と話をし、三人乗りのものに乗れる事になった。
「良かったね。少数だけど、三人のもあって」
「ああそうだな」
「危ない所であった」
独神を真ん中に置き、三人は激しい水の流れに身を任せていく。
そして最後は滝の上から急降下。
大きな水の飛沫を受け、三人はずぶ濡れになった。
「つっ……。あはは、結構濡れちゃったね」
顔から水が滴り落ちていく。
独神の白い衣は肌にべったりと張り付き、その輪郭を日の下に晒した。
二人は同時に羽織で独神を隠した。
「え!? いや大丈夫だって。少々の事だし、あなたたちのが濡れちゃうからいいよ」
「軟弱な貴様に風邪でもひかれて、今日の事にけちがつくのは気に入らんからな。大人しくしていろ」
「儂は誰かおらぬか聞いてみる。二人は日向で待っておれ」
手伝いをしていたカマドの火にあたり、服も身体も乾かしてもらう。
「主様、大丈夫?」
「あったかーい。しあわせー」
「そーんなに褒めてくれちゃうと、私もーっと燃やしちゃうよ!」
「やめろ」
遠くではヌラリヒョンがロキに向かって小言を言っている。
「主が風邪を引いてしまったら、守り抜けなかった儂らの落ち度。ならば責任を果たそう。なに、治るまで看病する。主が元気を取り戻すまで、日夜共にいようではないか。……それが嫌なら、もう少し飛沫を抑えるなり、飛沫がかからぬように何かで覆うなりすべきであろうな。勿論、最初からその予定だったのならそれで構わぬぞ。……悪戯も程々にするがよい」
二人の会話はこちらまでは聞こえない。
アマツミカボシは自分の、独神はヌラリヒョンの羽織を念入りに乾かしていた。
「結構真剣に話しているのね……」
「奴も浮かれているようだからな。平常よりずっと我が出ている」
「隠れてないって?」
「多分な」
濡れた個所を丁寧に確認しているアマツミカボシに、独神は、にこにこ、と、にやにや、と笑った。
「……随分詳しいのね」
「おぞましい勘違いをするな」
「はいはい。じゃあ、あなたはどう? 今日は浮かれていたりするの?」
「さあな」
自身の羽織を着用し、今度はヌラリヒョンの羽織の乾燥を手伝いだした。
「楽しくないと言えば、嘘になる。俺も己の矜持を曲げただけのものは得ている。安心しろ」
「私だけが楽しいわけじゃなくて良かった」
「どうした。頭からはどう見えていた」
「うん? なんだか今日はあなたが遠慮がちだったから。あ、発案が向こうだったから?」
「ハッ。俺がいつあの妖に気兼ねした? するはずがないだろう」
「あなたは普段から誰に対しても気を遣っているじゃない。でも今日の事は気にしなくて良いと思うよ。遠慮させるために誘う程、ヌラリヒョンの性格は悪くないわ。勿論私に今日の事を了承させる為に利用しただけでもなくね」
そんな話をしていると、ヌラリヒョンが戻ってきた。
「待たせてすまぬ。次へ行くとしよう。儂の羽織も乾かしてくれたのか。二人とも感謝するぞ」
次は室内遊戯、"お化け屋敷"へ向かった。
これならば席順でもめる事もなく、服が濡れることも無い。
「お、おい! 頭、そこを持つな。歩けん……っ! 腹を触るな!」
「いつも出しっぱなしにしておるからだぞ」
今日の衣装は着流しであるが、いつもと同じく正面の防御力はめっぽう低い。
「怖い! 無理!」
突然飛び出してくるお化け役であったり、お化けの模型であったり、独神は会う度に絶叫していた。
そしてとうとう近くにいたアマツミカボシに飛びつき、しがみ付いている。
「一旦放せ! おい、貴様も黙って見てないで早く頭を剥がせ」
「ふうむ、何が問題というのか。可愛い主に頼られて良かったではないか。儂だったら存分に堪能するのだがなあ」
「チッ! 頭、引きずっていくが文句は受けないぞ!」
そしてお次は"ふりーふぉーる"。
"じぇっとこーすたー"とは違い、一方向のみなら大丈夫だろう、と、思っていたのだが。
「フハハハ! いいザマだ!」
「っ……。年寄りはもっと大事にするものだぞ」
臓腑がヒュッと浮く感覚が苦手らしく、ヌラリヒョンは渋い顔をしていた。
「何が年寄りか。神の俺から見れば貴様なんぞ赤子も同然」
「いたいけな赤子を甚振るとは……其方、なかなかに鬼畜であるな」
「貴様は赤子ではないだろう!」
「おや、其方が言ったのだぞ」
「まあまあ。ヌラリヒョンも揶揄わないで」
「ははっ。すまぬすまぬ」
今度は平和的なものにしよう。
そう言って選んだのは"こーひーかっぷ"。
沢山の食器がくるりくるりと回る、非常にお伽噺風な世界観である。
「……ねえ、回してみてもいい?」
「ああ、好きなだけ回すと良い。俺も手を貸してやる」
「待て。主は良いが、星神様は……」
「さあて。新たなる俺の力を存分に振るってやってやるから覚悟していろ」
「っ。これ、アマツミカボシ! 容赦を────」
優雅に回るこーひーかっぷ達の中、一つだけが高速回転をしていた。
遊具から降りると、ヌラリヒョンは目も口もぎゅっと閉じていた。
「お得意の軽口が言えなくなって好都合だ」
「……」
「ごめん。途中調子に乗っちゃった」
「……」
「ごめんなさい! お詫びにまた甘い物買ってくるから!」
「ならば途中で見た"くれーぷ"とやらを二人で半分こしてくれるな?」
「しますします! って半分でいいの?」
「勿論。其方と同じものを分け合い、同じものを食らうことに意味があるのだよ」
「半分で良いなら、三等分も変わらないだろう。買いに行くぞ、頭」
「ん? 待て、何故其方までするりと入ってきておるのだ」
「貴様の十八番だろう? 少々真似てやっただけだ」
◇
「すっかり夜も更けてきたわね……」
日が落ちてきた遊園地では、場違いな程ぎらぎらと煌めている。
電気が当たり前ではない八百万界で、この光は刺激が強すぎる。
「最後の一つ。これに乗ったら本殿に帰りましょうか」
独神は同心円状に光が広がる乗り物を指さした。
小さな駕籠が円の周囲に並んで揺られている。
「今日の締めに相応しいと思わない?」
かなり肌寒くなった日没での提案に反対する者はいなかった。
観覧車の駕籠は小さく、三人で乗るには手狭である。
英傑二人と、独神が向かい合って座った。
「……何故貴様と肩を触れさせねばならんのだ」
「どれ、では儂が主の隣に行こうか」
「大人しく座っていろ」
「じゃあ、アマツミカボシが私の隣においで」
「……」
「ほら、ヌラリヒョンよりは肩幅はないし……身体の幅も……ないわよ、ね? 多分」
「……い」
「星神様は儂の隣でよいではないか。英傑同士それも、共に己の高みを極めた身なのだ。今日は二人仲睦まじくいこうではないか。いや、今日も、であるな」
「チッ……」
互いの牽制の末、結局きゅうきゅうに座る二人と、悠々と座る独神とに分かれた。
「今日は一応お祝いだったんだけれど、どうだった? 最後だしここで出来る事なら、なんでもするわよ」
「ふむ、そうだな……。願わくは、主に褒めてもらいたいのだが……な」
「ヌラリヒョンは凄い!!! 前よりずっと強くなってびっくりした! あなたが見えない所で努力しているのも凄いと思ってた! でも努力を結果に繋げることが出来たあなたはもっともっと凄かったね! 私もあなたを手本にして精進していくわ!」
独神は一息で言った。これには思わず二人が共に笑う。
「え、何。褒めるってこういう事でしょ」
「ふふっ、あまりの勢いで爺は少しくすぐったいぞ」
「……ふっ、貴様らしいな」
「なによ……。じゃあ、アマツミカボシは? もーっと褒めてみせましょうか?」
「いや、俺が貴様に望む事などない。望むのは貴様の方だろう。新たに手にした力は今まで以上に貴様の役に立つだろう。時には俺の手を貸してやる」
「頼りにしています。なんでもかんでも頼り切っちゃうわ」
「調子に乗るな」
「どっちよ!?」
そんな軽口を言い合っていると、観覧車の駕籠はてっぺんまであと少し。
「見て。外がとても綺麗」
二人は言われた通りに駕籠の外に目を向けた。
地上に降りてきた星たちが瞬いているように見える。
自然界では有り得ない目を焼くような煌めきに、二人は自然と口から零れた、
「主/頭の方が綺麗だがな」
まさか相手と同時に、しかも同じ言葉を発するとは夢にも思わず、気まずそうに目を逸らした。
「……褒めても何も出ないけれど?」
二人に褒められた独神もまた熱が集まる頬に気づいて窓の外を見た。
煌めく地上に少しずつ近づいていく。この幻想が終わるのも秒読み。
ちりりと胸を締め付ける痛みに手をやり、前に座る二人を盗み見た。
「こ、こっちはみなくていいから外見てよ」
気付かぬうちに視線を集めていて、羞恥心から焦りが生じる。
「せっかくの景色なんだから、あっち見てて」
両手で顔を覆って外を見下ろせば、堪えきれなかった笑い声が二人から聞こえる。
楽しげな様子に独神も自然と頬が緩む。
駕籠が地上に到着すると、二人は一足先に外に出て手を差し出した。
「手を取ると良い」
「手を貸してやる」
独神は二人の手を同時に掴んだ。
昔アップしたやつ。
ヌラリヒョン、めっちゃ好きだと思った。
私の好きなヌラリヒョンがいて、やっぱり好きだなって思った。
すっごく好きだなって。
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