バレンタイン2020-楽巫星忍-

チョクボロン    

「お、ヌシ様今年もくれんの? ありがとな」

ずしりと重い一升瓶がチョクボロンへ渡された。

「わりぃな。オレだけ酒で」
「気にしないで。作れない分しっかり吟味したから」

実はチョクボロン、甘味が苦手である。
どのくらい苦手かというと、ぐっと我慢してほぼ噛まずに飲み込むくらいだ。

「口当たりがよくて、華やかな香りのものにしたの。少しは血代固っぽいかと思って」
「ヌシ様ぁ~好きぃ~大好きぃ~」

猪口の付喪神は酒瓶を抱いて頬ずりをしている。

「そういや、血代固配りは順調か?」
「まあね。……あ、いや、一人だけ気がかりな子がいるけれど……まあ、大丈夫よ」
「一人だけ! やったじゃん! それだけかよ!」
「え、ええ……。一人ではあるんだけれど」

そう言われれば”たかが一人”なのだが、なんとも微妙な気持ちになる。

「そうだな。なんか手伝ってほしいことあるか?
 血代固配るのは自分でするだろうから、ほらいつもの、机に山積みになってるあれこれとかさ」
「お気遣いどうもありがとう。でも大丈夫!
 今日の為に諸々終わらせてるの。
 だって今日はあなたたちの為だけに使う日なんだから」

仕事仕事と、気づけば自分を一番支えてくれる英傑たちとの交流が減っていく。
小さな平和をいくつも守ってくれているのは英傑なのに。
身を呈して、独神の理想を叶える手助けをしてくれているのに。
だから今日はせめて、本殿の英傑たちにもれなく血代固を渡すのだ。

「そこまで愛されてっと英傑冥利に尽きるね~、てなわけで祝いの酒だ! 今から浴びるぜ!」
「そんなに喜んでくれると、渡した方としてはとっても嬉しいわ」
「嬉しいのはこっちの方だ。アンタが独神で良かったぜ」

ナキサワメ    

どうしましょう。
なんだかだんだん主(あるじ)さまに貰えるか不安になってきました。
涙が今にも出てきそう。でも駄目。
だって、今日はばれんたい。
主さまに渡すなら、陰りの一つもない晴天が相応しいのだから。
ああでも駄目。泣きたくなる。私だけ忘れられていたらどうしよう。

「ここか!?」

突然の声に驚いて見上げてみると、肩で息をしている主さまが立っていらっしゃった。
なんで、主さまが花廊に?
ひっそり泣こうかと、隠れていたのに。
どうして私を見つけて下さったの?
主さまのお姿がどんどん滲んでくる。

「あ、主さまあ……」
「遅くなってごめんね」
「悪いのはこんな隅にいた私です。どうして主さまはここが?」
「空が教えてくれたのよ」

そうだ。泣いてはなかったけど、さっきから落ち込んでばかりだった。
空模様が集中して変化する所に私がいると踏んだのでしょう。

「ご、ごめんなさい。ご迷惑をかけて……」
「全然困ってないわ。はいどうぞ」

主さまがくれたそれは、不安の元凶。
でも今は幸福の源です。嬉しくて涙が出るくらいの。
主さまを疑ってしまった罪悪感も相まって涙がぽろぽろと落ちていく。
すると、主さまは私を引き寄せて、お袖で頭上を覆って下さいました。

「濡れちゃうから、軒下に行きましょう」
「は、はい!?」

突然の出来事に頭が追い付かない。
主さまのの優しさが嬉しくて、嬉しくて、あんなに沢山出てきた涙が引っ込んでいきました
すると当然ながら、あんなに立ち込めていた雲たちが一斉に飛び散って快晴に……。

「ああ……」

もう雨の心配はない。
主さまに連れられる必要もない。
でも主さまは笑って言いました。

「折角だからこのまま軒下まで行きましょう?」

ああ、駄目。
また涙が出ちゃう。

──あなたが大好きなんです、主さま。

ゼアミ    

──世にはふらっしゅもぶなる演出があるそうで

それは、不特定多数の者が通行人を装い、突如踊ったり演奏をして盛り上げるという。
であれば自分も、ふらっしゅもぶを用いて、独神に血代固を送り、血代固を頂き、あわよくば……何か良い返事でも頂きたいところであるが、そこまでは求めない方が無難だろう。
今はまだそういう段階ではない。
今年のばれんたいんで重要な事は、本日のゼアミとのやり取りを独神の記憶に刻み付ける事だ。

ゼアミは一ヵ月以上前から入念に用意をした。
演出内容を考え、協力者の演者に演技指導をし、小道具を買い揃えた。
あとは、殆どの英傑が独神と接触していないまっさらな朝に、自分の演出を叩きつければきっと──。

「ゼアミおはよう! はい、これ」

朝食よりも前に現れた独神はゼアミに血代固を手渡した。

「あ、あの、これは……」
「今日はばれんたいでしょう? 日頃の感謝を込めて血代固を作ったの」

嬉しそうに笑う独神を見ても、背中が冷えていくばかり。
独神から血代固を受け取ってしまったという事は即ち、ゼアミの演出計画が完全に崩壊したということ。
遠くで、今回の協力者が食堂付近で待機しているのが見える。何も知らずに。

「……どうしたの?」
「いえ、血代固有難う御座います。随分お早いですが、という事は、私が一番でしょうか。それだと喜」
「一番ではないわ。最初の子は数刻前に渡しているの」

一番ですらないとは……。額に手を当てたい気分だった。
一番に頂けるくらい独神様に想われているのでは、という自惚れすら抱かせてくれない。

「数刻前というと夜ではありませんか。今日は楽しい日ではありますが、お身体には十分お気を付け下さいね」
「大丈夫大丈夫。色々準備してきたんだもの。今日は予定通りに進めて、全員分漏れなく渡すわよ!」
「ふふ、大変とは思いますが、みなさん心待ちにしておりますから、頑張って下さいね」
「ありがとう。それじゃあね」

独神がいなくなるまで入念に手を振った後、その場にしゃがんだ。

「(な、何故私は……。何の変哲もない場を繋ぐためのただの世間話みたいなつまらない話を……。
 もっとあったでしょう。独神様を楽しませるためにと様々な会話の内容を事前に考えたはずです。
 独神様が感動するような、胸を打つような、ほろりと涙してしまうような、そんな話を。
 舞台で鍛えた臨機応変力も全く生かされず、計画も生かされず……。
 これならば演出に拘らず、素直に心の内をお伝えしておけば……)」

ひたすらに嘆いていると、独神が駆けて戻ってきた。
そして勢いよく頭を下げる。

「ゼアミ! ごめんなさい」
「独神様!? どうかなさいました……?」
「……実は、あなたの計画知ってた。知ってて早く来たの」
「しって、いた? 今日の私が何をするかを、ですか?」
「そうよ! あなた前々から沢山の人にお願いして準備をしていたでしょう?
 その中に悪霊がいたの。それで色々調べたし、調べてもらったの!」

──なるほど。それは合点がいく。

「計画の邪魔をするつもりはなかったし、知らない振りをするつもりだったけれど、
 聞けば聞くほど恥ずかしい企画だったから……。ちょっとな、って……」

言いづらそうにする独神を見て、ゼアミは不思議とほっとした気持ちになっていた。
そもそも、今回の計画は独神の為の事であったが、その本人が嫌がっていたのなら仕方がない。
確かに印象付けようという気が大きすぎて、独神が好むかどうかは蔑ろになっていたように思う。
滑稽な演出家になるよりは、事前に潰されて良かったのかもしれない。
独神が気を遣って無理に喜んだり、笑ったりするのを見ずに済んだのだから。

「本当にごめんなさい! だから、お詫びになんでもするわ!」
「なんでも……ですか?」
「なんでもよ! ……ん、なんでも?」
「おやおや、まさか"独神"に二言はないですよね? 独神様」

次、挽回してみせる。

ノウヒメ    

「これ、ばれんたいんのち」
「私が先よ!!」

独神の発言に被せ、ノウヒメは自身の贈り物をずずずいと出した。

「ありが」
「の、ノブナガ様のとは違うんだからね!
 勘違いしないでよ!
 ノブナガ様は特別製なんだから!!!!!」
「……はい。存じております」

あまりの剣幕にとにもかくにもまずは同意してしまう。

「…………でも、独神様のも、特別製よ」
「さ、左様ですか」
「もう! なにをふざけているの!」

理不尽としか思えないが、独神は黙っていた。

「いい? 私の特別製はこの世に二つよ。
 私の大切な人にだけ、渡すのだから。
 ……ねえ、ちゃんと意味わかっているんでしょうね」
「判っております! 勿論! ありがとうございます!」

すると吊り上がっていた目がふいに落ちて、柔和に笑むのであった。

「……ふふっ、じゃあいいわ。しっかり味わって食べるのよ」

ハシヒメ    

「主(あるじ)様! これを受け取って下さい! さようなら!!!」

血代固を独神に押し付け、自分は全速力で逃げていく。

「待って!! ハシヒメ!!! 私も!!! 私も渡すものがあるの!!!!
 せめて受け取ってから逃げて!!!!!」
「いやです! 追いかけないで下さいまし!!」
「ならせめて血代固だけでも受け取ってよ!!!!」

どちらも決して足が速い方ではない。

「主様が私以外の血代固を受け取っているのなんて見たくなかったんですの!」
「た、確かにチョコを受け取った。でも、今日の私にここまで走らせたのはあなたが初めてよ」
「そんな初めてを嬉しいと思う方なんているはずないじゃありませんか!」

そして二人は体力もそれほどない。

「ぜーぜー」
「ぜーぜー」

細い肩を上下させ、二人は顔を見合わせた。

「休憩、しようか」
「はい。……あ、折角ですから主様の血代固をいただいてもよろしいですか」
「どうぞどうぞ」

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