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ヤギュウジュウベエ
二月十四日。
何の日か、もう私は知ってしまっている。
それは剣でも剣術でも、ましてや戦術でもない知識。
この日の為にと、上様に頂いた髪飾りを箱から出した。
髪飾りに似合う自分になる為に、町で着物を眺めた。
血代固作りに役立つ情報を貸本屋で眺めた。
でも、判らなかった。
刀剣を選ぶ時とはまるで違う。
何を手にしても、不安がよぎって元の場所に戻してしまって話にならない。
一人で行う、この重大任務は早くも詰んだ。
だが、本殿生活のお陰で、こんな時にどうすればいいかは判っている。
誰かに聞けばいい。話すのが苦手でも、勇気を出して自分から話しかければ何かしらの助言が得られる。
上様の下に集いし英傑達は、こんな私にも優しく、すぐに求めていた情報が集まった。
「よ、夜中なら……。夜中なら誰とも会わないだろう」
準備は整い、あとは血代固を当日に作るだけとなった私は、炊事場が空く夜中に忍び込む事にした。
上様に贈り物をする英傑は数多く、炊事場は前々日からすし詰め状態であった。
手際の悪い私は、誰もいない時でなければ集中できない。と、考えてこの時間帯を選んだのだ、が、
「げっ、上様!?」
「や、やぎゅ……」
私と上様、どちらも動きを止めた。
「えっと……一緒に台所使う?」
「……!???!?!!!」
何故ここに上様が!?!?!??!!
え!?!?!??!!?
血代固を作るのは予想していたが、何故こんな時間に、私と同じ時に!?!??!?!
贈る相手の前でどうしろというのだ!?
私は上様に監視されながら作るのか!?
酷い手際を全部見られながらか!???
何故だ!!!!! 何故上様!!!!!!
頭がぐるぐると回っていく。
うえさまうえさまうえさまうえさま
「ヤギュウジュウベエ! 答えよ!
五尺の距離、子の方向にササキコジロウが下段の構えでいたら、どう動く!」
「つまり三尺の物干し竿、構えは下段……。下段?
……コジロウ殿が下段に構える事はほぼない。
であれば何を狙って……こちらの動揺を誘っているのは見え見えだが、その先の動き……私の足運びは……」
頭の中でコジロウ殿との打ち合いを考えている間に相当な時間が経ったのか、上様の作業は全て終わっていた。
大きな紙袋に大量の包みが見えた。多分あれが上様の血代固だ。
「お疲れ様。あとごめんね。色々と。
お詫びも兼ねて……まあ、まだ朝とは言い難いけれど、暦上は14日だからね。
血代固をどうぞ。今年最初の出来立てほやほやよ」
花の様な飾りがついた小袋と上様の顔を何度も往復して見てしまう。
「う、うえさま、あの、わわ、わたしは、わたたたたた」
「あ。……えー、じゃあ私は一回寝るわ!
もう邪魔はしないから安心して。
また明日……日が昇ってから会いましょう」
大きな紙袋をいくつも抱えて、上様は素早くこの場から去った。
私しかいなくなった炊事場は、しんとしていてただひたすらに自己嫌悪が襲う。
作業机の上には、上様の血代固が置かれている。
「礼の言葉さえも……言えていない……」
両頬を叩き、気を引き締める。
これから上様の血代固を作って、血代固のお礼と、日ごろの感謝を改めて伝えに行こう。
今日ここまで協力してくれた者や、努力した日々に報いるためにも。
アマツミカボシ
「頭、受け取れ」
アマツミカボシは月のない夜のような濃紺色の和紙に包まれた小さな箱を独神に渡した。
箱からは甘い匂いがする。
「ありがとう。私からも、受け取って下さい」
独神の血代固を受け取ったアマツミカボシは小さく笑った。
「そういえば、火香緒とは八百万界の外の物らしいな。
貴様は珍しい物を好むだろう。ならば、その火香緒とやらがある場所──八百万界の外に行ってみないか?」
思ってもみない申し出に独神は目を見開いた。
「何を間抜け面をしている。世界とは八百万界だけではない。
星が八百万界だけのものではないのと同様に。
大陸も、その先にも同じ星空が続き、瞬いている」
「でも、あなたは……。”アマツミカボシ”としては、それで良いの?」
「確かに、この八百万界の一部を俺が支配した時もあったな。
まだ太陽が腹立たしい程堂々と輝いていない時の事だ。
……あの時はいつでも星たちが輝いては俺たちを見守り、また俺たちも星を見て慰められていた。
だが今は違う。太陽が一日の半分を支配し、人々に光の下で生活する事を強要するようになってから、
この八百万界は──芦原中国(あしはらのなかつくに)は別の世界になった」
大昔、アマツミカボシが東国、火が立つ国(常陸国)を支配していた。
天上でいかめしく輝いていた星の神は、とある出来事より地に堕ちていく。
「そうは言っても、神族のあなたはこの八百万界に何か、特別想う事はないかしら?」
「愚問だな。俺はもうどこにいようともう自由だ。それに」
アマツミカボシの目が真っ直ぐに独神を射抜いた。
「頭のいる場所こそが。俺の……居場所だからな」
柔和な笑みを独神がじっと見ていると、ふいに不満そうに眉根を寄せた。
「何を呆けている。貴様もだぞ」
「私?」
アマツミカボシは小さく頷いた。
「この先何があろうとも、頭の居場所は俺の所にある。……忘れてくれるな」
イザナミ
「独神さま。これは……血代固であったか」
「そうそう。日頃の感謝と愛を込めて」
にこにこと笑う独神に、イザナミは肩を竦めた。
「ワタシはそなたに渡す資格があるのか分からん。
だから、すまぬな。何も用意していないのだ」
「良いの良いの。私が好きでやってる事なんだから」
だから、気を遣わなくていい。
そう言うと、イザナミは困ったように笑い、そしてきりりと目元に力を入れた。
「独神さま。我ら冥府六傑を受け入れてくれて感謝するぞ。
ようやくヒミコが本殿に到着した。
終結した冥府六傑の力、存分に振るわせてもらう。それがワタシからの感謝だ」
「ありがとう。頼りにしているわ。……なんて、今までも頼り過ぎるくらいだったけれどね」
「それでよい。ワタシ達の目的は同じだからな。遠慮は無用」
「ありがたいお言葉に感謝いたします。これからもよろしくね。
……じゃあ、私は次の子の所に行って来るね」
「ああ、いってくるといい」
独神が背を向けて走っていく。
「待ってくれ!」
イザナミは声を張って呼び止めた。
「違うんだ。本当は……。
好きなんだ!
……も。もちろん共に戦う仲間としてな」
「私も大好きだよ」と大声で言った独神は手を振って、次の英傑に話しかけた。
英傑に血代固を送っている様子がイザナミから見えると、溜息を吐かずにはいられなかった。
「訳のわからぬ事を言ってしまった。
独神さまはワタシのものにならぬというのに。
モノにするなら……黄泉へ引き入れなければ。
それと……アレとの関係を清算しなければ。独神さまを、真に選ぶのならば」
フウジン
ライちゃんと作った血代固を、主(あるじ)様に渡した。
「どれか一個は外れだから。気を付けて食べてね」
「え!? ……判った。慎重に食べる」
「残しちゃ駄目だよ。ウチの特製なんだからね!」
「りょ、了解。肝に銘じます」
なーんて、本当は外れなんてない。
こう言っておけば、きっと主様は全部大事に食べてくれる。
血代固はすぐに消えてしまうけれど、
引き当てないようにどきどきしながら。
ゆっくり、じっくり、食べてもらえる。
それはウチのどきどきとは違うけれど、少しでもウチのどきどきを知ってほしい。
「主様! だーいすき。ライちゃんの次……の次くらいに!」
「そんなに上だなんて光栄だわ」
……そこで満足しちゃうあたりが、主様なんだよねえ…………。
オオクニヌシ
「主君。待っていた。さあ俺と来てもらおうか」
オオクニヌシが独神を連れてきたのは、敷地内ではあるが本殿からかなり離れた場所。
日影が多く、一日中涼しい場所に"それ"はあった。
「この一年。試行錯誤を重ねた。そしてこれがその集大成だ」
ででーん。
独神がぽかんと口を開ける程驚いたそれは、なんとお菓子で作られた小屋であった。
「……思えば主君の下に来てから、建築に修理、細々とした道具も作ったし、新たに料理や編み物にも挑戦して、
とにかく物を作り出してばかりだったな」
剣の腕と同様に、製造技術が高かったオオクニヌシは、何かあれば直し、要望があれば作った。
独神の記憶でも討伐を頼んだ事より、修理を頼んだ事の方が多いように思う。
根気があり、負けず嫌いの気があるオオクニヌシは作る事に関してはなんにでも手を出し、
それがとうとう、お菓子の家を作るにまで至ったのだ。
「す、凄いね。よく、思いついたわね……圧巻よ」
「フレイヤにそういう童話がある事を教わってな。これだ、と思ったんだ」
「なるほど……」
しげしげと眺める独神。
小屋のつくりはしっかりしており、住居として使えそうなくらいだ。
だが、全てがお菓子である。扉も、壁も、窓も、全て。
「気に入らなかったか?」
あまりに独神の反応が薄く、心配そうにオオクニヌシが尋ねた。
「め、滅相もありません! そうじゃなくて、……凄くびっくりして……。
まるで夢みたいで……なんだか、現実として受け入れられないというか」
「わかったわかった。じゃあ……この辺をっと」
ぼりっと壁を毟り取ると、独神の口に差し入れた。
「美味しい。乾餅(くっきー)ね。しっとりしていて、ぱくぱく食べられるわね」
「見た目だけでなく味にも拘るのは当然だ。なんぜ主君への贈り物だからな。妥協は一つとしてないぞ」
「本当にあなたって……」
先程とは色違いの壁を毟って口に含むと、また違う味わいが広がった。
「あ、焼き菓子だけれど、くっきーとは違うのね。それに中に乾燥果物が入ってて……。
あ、こっちの壁も違う。血代固入りだわ!」
次々と小屋を崩して口に運んでいく。
一口食べては感嘆し、一口食べては目を細めた。やめられない。手が止まらない。
「ははっ。好きなだけ食べて良いぞ。って全部食べるのは主君の可愛い腹が破裂してしまうな。
テッソやガシャドクロ、ミシャグジ辺りに声をかけるか?
いや、ここまで上手く出来たのなら、もっと沢山の他の奴らにも食わせてやりたいな」
「あなたが良いならそうしましょう。
私が感じたこの夢心地な気持ちを他の子にも味わってもらいたいもの」
「そっか。じゃあ、皆を呼んでやらないとな」
にかっとオオクニヌシは笑った。
「なあ主君、お互い頑張ろうな。八百万界の平和の為に」
「勿論。頼りにしてるわ」
二人は握りこぶしをこつんと合わせた。
マガツヒノカミ
「おはよう、お届け物です」
目を開くとそこには我が君が満面の笑みで覗き込んでいた。
「なっ……」
思わず飛び起きると、我が君はにこにこと楽しそうに笑った。
何故、ここに。
いや、という事はつまり。
我が策……我が数日で練り上げた完璧な策が、失敗に終わったという事を意味する……!!
「……どう? あなたの裏をかけた?」
独神らしからぬ悪い笑みを浮かべた我が君もまた愛しい。
我を想い、我の策を封じてくるとは。
「……完敗だ。我が君。これはありがたく頂こう。折角だ、朝餉でも共に如何だろうか」
「誘いは嬉しいけれど、ごめんね。あともう一人いるから。速攻かけないと駄目な英傑が」
「そんなに厄介な者がいたか。この我に匹敵する狡猾な者が」
「いるわよ。練りに練った事が敗因で……私の耳に入ってしまった人が」
「ははっ、無様な。っと、我が言える立場ではないがな」
「出来れば受けてあげたいけれど、とてつもなく恥ずかしい感じみたいで……。
申し訳ないけれど先に仕掛けさせてもらうの」
誰かは知らぬがとんだ間抜けもいたものだ。
失敗してくれた事は大いに感謝する。
我の策が失敗して、その者の策が成功するなど悔しいからな。
「そろそろ行くわ。じゃあね」
「ああ、慌てず走らず、気を付けて行くのだよ」
「はーい」
朝から元気の良い事だ。我が君は。
「だが詰めが甘い。
……さて予定はあちらが話してくれた。今行けば我が君の自室は主不在。
我のとっておきの策、仕掛けさせてもらうのだよ。
陥れる為でも、死に至らしめる為でもなく、ただ我が君を喜ばす為だけの至上で最高、珠玉の策だ」
イワナガヒメ
今年は、サクヤちゃんとチョコを作る。
こんなことはなかったかもしれない。
渡す相手が変わってから、恋するサクヤちゃんの横顔がそれほど辛いと思わなくなった。
あの人はどんな顔をしてくれるだろう。
あの人は喜んでくれるだろうか。
同じ気持ちをサクヤちゃんと共有できる。
不安な気持ちも、期待も、喜びも。
同じ家に生まれ、同じ場所で育ち、同じ人を好きになり、一方は結ばれ、一方は振られ。
ずっと同じ道を進んでいた私たちは、あの方に選ばれたか否かで、大きく道を違えた。
姉妹の、初めての優劣。
劣った方である自分が心底嫌になった。
仮面をつけて私と言う存在を隠した。
──けれど、独神様に会った。
神でも人でも妖でもない。あの人は誰でもなく八百万界唯一の人だった。
いつも苦言を零されていた剣の腕を認めてくれた。
サクヤちゃんにはないものを私に見出してくれた。
サクヤちゃんになりたい、と思わなくなった。
あの子の可愛くて美しい細腕では、剣は振るえない。
剣がなければ、主様を守れない。
「主(ぬし)様……これ、私の血代固を受け取って下さいまひ!!」
ヌラリヒョン
「血代固の礼がしたい。今宵、其方の部屋に行っても良いだろうか?」
と、恥ずかしげもなく言うのは、遠野を統べる大妖怪ヌラリヒョン。
普段は頼りがいのあるような、ないような老妖は少々扱いが難しい。
「今日はちょっと……。明日以降なら大丈夫よ」
「判っておるはずだぞ。今日以外では意味がないと」
勿論、私も判っている。ヌラリヒョンが何を言いたいのか。
だからこそ、濁して曖昧にするしかない。
相手の本音がはっきりと見えない以上、私には逃げの一手しかないのだ。
「ははっ……。いや、困らせる気はないのだよ。
だが、ただ何もなくすんなりと終わらせる気もない。
今日其方の心を一番奪ったのが儂でなければならぬからな」
結局彼の言動に困っているわけなのだけれど。
こういうのが一番反応に困る。
「ここで其方への想いは囁かぬ。其方がその気になってから、存分に聞かせてしんぜよう」
私は絶対に聞かない。聞いたらきっと戻れない。
「……とは言ったものの、それでは主(ぬし)に逃げられてしまうからな」
彼の手が伸びてきて、私は思わず後ずさった。
多分、ここは、駄目な所。これ以上踏み込んではいけない領域。
すると彼は一瞬消え、気付けば私の肩を掴んでいた。
ヌラリヒョンの力。存在感を自由に操り翻弄する力。
そして彼は、私の耳に顔を寄せ、囁いた。
「共に遠野へ来てくれぬか」
────と。
「ははっ。年甲斐もなく照れるな。さて、自主的に見回りでもしてこようぞ」
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