全英傑小話-侍-【降臨】

トール    

「おいおい、冗談きついぜ」
 
 つい先日、一大決心をしたトールは独神に、告白を飛び越え、結婚を申し込んだ。
 
「い、いいよ……」
 
 若干腰が引けてはいたが、色良い返事を貰った。
 
「頼む。アスガルズ界を一目見てくれないか。俺の世界をどうしても見てもらいたいんだ」
 
 独神は頷いてくれたが、他の英傑達は反対した。
 故郷を見せたい気持ちは理解できるが、独神に何かあっては八百万界の大きな損害であり、下手をすれば均衡が崩れ戦争が起きてしまう。
 安穏とした日々を維持する為に、独神は八百万界の外へ行かないで欲しい。
 これは建前である。
 本音を言うとトールと結ばれた独神が別の界に行ってしまえば、もう二度と八百万界には戻らないのではないかという疑念であった。
 トールと独神は何度も英傑達を対話をし、どうか自分たちの幸せを優先させて欲しいと頭を下げた。
 特に独神が自身の自由を懇願したことが英傑達の心を動かした。
 十分にひとのために働いた独神を、自分たちの都合で引き留めてはならない。
 そして今日が渡航日であったのだが。
 
「あはは。台風だって。ツイてないね」
「勘弁してほしいぞ」
 
 二人は子供のように、この日を楽しみにしていた。
 興奮しすぎて寝不足のトールは欠伸を一つした。
 
「じゃあもう一日だけ八百万界を楽しもうよ」
「そうするか。じゃあ、昨日最後の晩餐で悩んだ拉麺食べるか!」
「うん。……拉麺って八百万界のものというより、大陸のものだけどね。それでも良いなら」
 
 ずるずると音をたてる食べ方も上手になった。
 最初はすすることが難しく何度もむせていたトールも今ではうどんも蕎麦も難なくすすれる。
 
「あ、じゃあついでに部屋の掃除していい? 間に合わないからいっかって適当にしたとこあるんだ」
「ああ、いいぞ。俺も付き合うよ」
「ありがと」
 
 二人は独神の自室へ行った。
 
「これ、どこ掃除するんだ?」
 
 部屋の中には家具類は全くなく、すっかり空き部屋になっていた。
 ここに人目を忍んで通っていたことが懐かしく、少し寂しさを覚えた。
 
「ここ。板の間に塵や埃があるでしょ。それなりに綺麗だけど気がかりで」
 
 そんなところ誰も気にしないだろう。少なくともトールはそうだがわざわざ否定しない。
 
「判った。狭い隙間だからな……小さな箒がどこかにあったな」
「クツツラのところ。私は楊枝でも使おうかな……」
 
 二人は互いに掃除道具を探しに行った。
 途中、英傑達には、
 
「おまえらなにやってんだ?」
「主様は律儀だなあ……」
「なんなら明日以降も掃除を続けてて構わないわよ」
 
 親愛が込められた揶揄いを受けた。
 二人は一人一人としっかり向き合い、目を見て話をした。
 二人が部屋で合流した時には昼前になっていた。
 
「掃除は良いんだが、その後どうする? 何かしたいことでもあるか?」
「じゃあトールの部屋の掃除」
「げ。……あ、いや、判った」
 
 部屋が完璧に仕上げられた後、トールの部屋に向かうと、
 
「う゛……」
 
 独神は一歩後ずさった。
 
「いや! ちゃんと家具は運んでるし、拭き掃除もしたんだぞ!」
「……この焦げ跡は?」
「ミョルニルは判りませんって言ってるみたいだな」
「嘘を吐く子は金槌の代わりにしちゃうからね」
 
 言った通り、焦げた床板を取り換えるのにミョルニルは釘を打つのに使われた。
 昔は重いと言って持ち上げることすら出来なかった独神が、巧みに雷の槌を操っている。
 持てないのが悔しいと言って鍛錬する姿に、変な奴だなと興味がわいたのを覚えている。
 
「……トール、変わったよね」
「ん?」
「ミョルニルに触るだけで怒ってたのに。今じゃ金槌にしても何も言わないんだもん」
あるじ)さんだって。……八百万界は良いのか?」
 
 釘を打つ音だけが部屋に響く。
 
「それ以上に、トールが産まれた世界を見たい」
 
 床は無事直った。
 
「トールだって見てもらいたいんじゃないの?」
「そりゃそうだけど…………もし、俺が心変わりして、八百万界に返したくないって言ったらどうするんだ?」
「その時は、アスガルズで結婚するよ」
 
 ミョルニルを返還した。
 
「私はトールがいてくれればどっちの世界でも良いよ。……寂しい時もあるだろうけど、一緒に楽しく過ごしていれば気にならなくなるんじゃない?」
 
 トールは福笑いをされたように表情をぎくしゃくと動かした。
 
あるじ)さん。俺、……。判らないけど……」
「気を遣ってくれてたんでしょ。良いんだよ。二人の事なんだから二人で決めよ。近いうちに夫婦になるんでしょ?」
 
 手を繋ぐことを遠慮しなくても良い。
 もうこそこそ会ってキスをしなくて良くなる。
 部屋でする時に声を噛み殺すこともない。
 激情を押し殺した声で囁かれる「すき」も二度とないかもしれない。
 
「……なあ」
 
 トールは独神を抱き寄せた。
 お互いの顔を見つめ、唇を合わせた。
 
「こんな時にその……だ、駄目かな?」
 
 眉尻を下げて窺うと、独神は耳元で囁いた。
 
「困る」
 
 そう言って体重をかけていく。
 トールはしっかりと抱き留めて背中を撫でる。
 何度も繰り返すと、独神は次第に熱っぽい吐息を漏らす。
 もぞもぞと動いて、トールの服を皺がつくくらいに握る。
 独神の帯にトールの指がかかった時だった。
 
「待った!」
 
 トールは独神を放して立ち上がるとミョルニルが隠れるように上着をかけた。
 それに小さく頭を下げる。
 
「よし! これでいいぞ」
「はは。そういうとこ変わらないね」
 
 一度は弛緩した空気だったが、トールの目は寧ろ強さを帯びていた。
 独神も全てを委ねようと身体の力を抜いて、トールの腕の中に収まった。
 耳を舐めながら、着物越しに膨らみを撫、
 
「掃除手伝、」
 
 襖が開くのと同時に入ってきた英傑は、三人の時を止めた。
 
「あ!!! 今、いやらしいことしようとしてたな!!!」
 
 すぐさま独神はトールを突き飛ばして明後日の方を見ている。
 トールはよいしょとミョルニルを拾い上げた。
 
「悪いな。ちょーっと寝ててもらうぞ」
 
 ミョルニルを掲げたトールの雷が、部屋目掛けて落ちてきた。

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